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訪日外国人「激増」の深層と可能性

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 日本政府観光局(JNTO)の推計によると、昨年1年間に日本を訪れた外国人は1341万人と過去最高を記録した。前年の2013年に初めて1000万人の大台に乗せたばかりで、1年で300万人、率にして29%という驚異的な伸びとなった。

 大挙して外国人が日本に押し寄せているのは、間違いなくアベノミクスの効果だ。大胆な金融緩和によって円安が進んだことで、旅行費用が割安になったアジア諸国で日本観光ブームが起きているのだ。日本政府によるビザ発行要件の緩和や、日本旅行キャンペーンなど、地道な努力が実を結んできたとも言えるが、何よりも円安が利効いているのは間違いないだろう。

 昨年1年間で最も多く日本を訪れたのは台湾からの283万人で、長年トップの座を守ってきた韓国を抜いた。台湾の人口は2300万人余りだから、単純計算すれば8人に1人が日本にやって来たことになる。ブームの凄まじさが分かるというものだ。

 中国からの訪日客数も急増した。尖閣諸島の国有化問題(2012年9月)をきっかけに激減していたが、昨年初から急ピッチで戻りはじめ、月間ベースでは、尖閣が問題化する前のピーク(2012年7月)をすでに超えている。都内などで中国人観光客を多く目にするようになったのを数字は裏打ちしている。このほか、香港、マレーシア、シンガポール、インドネシアといった国も2ケタの伸びを記録、軒並み過去最高となった。

 昨年までトップだった韓国からの訪日客数は、昨年前半は減少傾向にあった。日韓関係の冷え込みが原因だとする見方もあるが、それよりもむしろ、ウォン高による韓国経済の悪化が響いているように見える。もっとも、昨年秋以降、訪日客数は大幅に増加しており、年間の韓国からの訪日客数は12%の増加になった。

日本は「バーゲンセール会場」

 では、アジア人旅行者は何を目当てに日本にやって来るのか。

 大都市の百貨店や郊外のアウトレットに行った人なら分かる通り、買い物である。何しろ中華系の外国人買い物客の人数と、彼らの購入量は凄まじい。とにかく、お目当ての高級ブランド品や宝飾品、化粧品、家電製品などを"大人買い"していくのである。

 中国人に聞いてみると、高級ブランド品などは中国国内で買うよりも日本の方が安いという。中国やシンガポール、香港などは物価上昇が激しく、輸入品価格も上がっている。円安が進めば進んだだけ、日本の方が安くなる。

 しかも、日本の百貨店なら偽物をつかまされる心配はない。正規ルートの真正品しか扱っていないから当然である。香港も値段は安いが、精巧なコピー商品も出回っていて、日本に比べてリスクが高いのだという。

 日本のドラッグストアでは、マスク、紙おむつが人気だそうだ。「PM2.5」など大気汚染の深刻化で、日本の高性能なマスクは中国国内でも人気商品だというが、価格は日本で買う方が圧倒的に安いという。とにかく、値段が安いのが魅力になっているのだ。日本ならではのモノを買うために来るというよりも、価格志向で日本にやって来ている様子なのである。つまり、日本はアジアの「バーゲンセール会場」のような位置づけになっているのだ。

円安による「お買い得感」

 これは、日本円の猛烈な為替変動にも関係がありそうだ。

 安倍晋三首相が2度目の政権に就いた2012年末の円相場は、1ドル=85円前後。それがわずか2年で120円になった。1ドル=100円を下回るような円高で仕入れた輸入品の在庫は、その後、円安になってもすぐには値上げされずに、もとのままの価格で売られていた。売買の回転が早くない高額商品ほど、円高時に仕入れられた日本円建ての小売り価格が続いていた。それを強くなったアジア通貨で買うのだから、安いのは当然である。

 例えば高級輸入時計の場合、業者は円安が進んでもすぐに価格を上げず、価格改定に踏み切ったのは消費税率が引き上げられた去年4月になってから、というところが少なくない。3月は駆け込み需要で高級時計は飛ぶように売れたが、買い手の中にはアジア人が少なくなかったという。まとめて大量に買っていく業者風の客もいたそうだ。日本で安く買って中国国内で転売すれば、相当な利ザヤが稼げるというわけだ。

 実際、輸入物の高級時計や宝飾品店では、3月末にそれまでの在庫がほとんど無くなったと言われるほど売れた。在庫を補充する段階では円安が進んでいたので、仕入れ値を考えると値上げせざるを得なくなったというのが本当のところだという。それでも、さらに円安が進んだため、アジア人旅行者のお買い得感は維持されてきた。

 輸入品でなくても、もともと長年デフレが続いていた日本の物価は、外国人から見れば猛烈に安い。東京の中心でレストランにランチに行き、前菜にメイン料理、それにデザートとコーヒーが付いて2500円といった例は珍しくない。もはやシンガポールや香港の方が高級な嗜好品や食事などの物価は高い。

 東京のホテルのルームチャージは、外国人観光客の急増によりハイペースで上昇していると言われるが、それでも米国などの先進国はおろか、シンガポールや香港などよりもまだかなり安い。デフレによる価格破壊の余韻がまだまだ残っているのである。

 そんな国に強い通貨を持ってやって来れば、こんなに楽しいことはないわけだ。今年の正月、デパートの初売りで福袋を買いに走る客の中に外国人の姿が目立ったのも当然なのである。

日本経済を支える「国内外需」

 安倍内閣は、過去最高の1341万人を記録した訪日外国人数は、まだまだ途中経過に過ぎないと言う。東京オリンピックが開かれる2020年には2000万人、2030年には3000万人にする計画を掲げているのだ。確かにパリを擁するフランスを訪れる外国人は年間8000万人を超え、日本より人口が少ないタイですら2600万人が訪れていると聞けば、あながち3000万人達成も難しい数字ではないように思えてくる。

 JNTOの推定によれば、訪日外国人が日本国内で消費した総額は2兆円を突破したという。昨年10月から政府が旅行者の免税対象を拡充したことも追い風になった。従来は家電製品や宝飾品などが免税対象だったが、それに化粧品や食料品も加わった。これが訪日外国人の消費を喚起しているのは間違いない。

 円安になっても輸出が大きくは伸びない中にあって、海外からやってきた外国人が、日本でモノを大量に買って自国に持って帰ってくれれば、それは形を変えた輸出と言える。輸出を「外需」と言うが、いわば「国内外需」が日本経済を支える大きな要素になってきたのである。

 最近では「インバウンド消費」という言葉も作られた。インバウンドとは、国外から日本国内に入ってくる旅行者という意味だ。

 昨年4月以降、消費税率が5%から8%に引き上げられたため、日本国内の消費は大きく落ち込み、その後の回復も鈍い。そんな中にあって、外国人旅行者による買い物は高額品を中心に消費税が免税されるため、あまり影響が出ていないとも言える。

 アベノミクスによって、2012年に年間836万人だった訪日外国人が13年1036万人、14年1341万人と急ピッチで増えたのは確かだ。だが、これはあくまで円安によって超お買い得な「バーゲン会場」がアジアに出現した結果に過ぎないと見ることもできる。

 今後、円安に進むピッチが鈍化したり円高に振れでもすれば、セールが終わった後の婦人服売り場のように、誰も日本に買い物に来ないということになりかねない。価格だけで外国人を惹きつけているとしたら、1300万人という数字すら砂上の楼閣なのかもしれない。

今がチャンス

 とは言え、きっかけが「バーゲンセール」であれ、日本を訪ねて直接自らの目で見てもらう意味は大きい。それを契機に日本ファンが増えていけば、何度も日本に観光で訪れるリピーターに育っていく可能性は十分にある。もちろん、その一方で、着実にファンを育てていく努力が不可欠なのも間違いない。

 チャンスは日本旅行ブームが盛り上がっている今のうちかもしれない。

 外国人旅行者を惹きつける日本らしい本当の「売り物」を、全国各地で作り上げ、磨き上げていかなければならないだろう。地域の伝統行事や祭り、名物料理や観光地などをどうやって外国人にアピールし、味わい、楽しんでもらうか。

 そうした努力は、地域ごとに独自の知恵と工夫を積み重ねるほかない。安倍首相や霞が関が何とかしてくれると考えるのは甘いだろう。それぞれの地域が自らの強みを磨く努力をすることこそ、地方創生の第一歩になるに違いない。

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磯山友幸
1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)などがある。

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(2015年2月12日フォーサイトより転載)

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