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湖南省の旅

2016年04月19日 16時01分 JST | 更新 2017年04月19日 18時12分 JST

4月中旬に短期間ですが、中国の湖南省を訪問しました。訪問したのは省都、長沙と隣の婁底市です。湖南省は、毛沢東の出身地として知られていますが、そのほかにも多くの指導者を輩出して中国の近代化をリードしてきたところです。主な人々だけでも、太平天国の乱を収め思想家としても名高い曾国藩、孫文の辛亥革命を実現させた黄興、宋教仁、また劉少奇、胡耀邦、朱鎔基などは湖南省出身です。

また湖南省は、7000万人を超える人口を擁し、経済、産業、交通、政治、文化など中国南部の中心といえる大きな省であり、省都、長沙は720万人の近代化された大都市です。

私は若手事業家の勉強塾「島田村塾」の有志10数人と長沙市を見学し、大学や企業も訪ね、官僚、事業家、学者など多くの人々と意見を交換しました。また、近郊の中都市、婁底市では曾国藩の旧居や農村地域を見学し、大学を訪ね、多くの人々と懇談をしました。

湖南省は中国では、政治革命の発祥地、経済と文化の中心地として知られていますが、日本からは直行便が週2便しかなく、上海や北京や大連などにくらべ日本ではまだあまり知られていない地域です。なぜその湖南省をたずねることになったのか、それは私の友人である段躍中先生との交流のおかげです。

段先生は日中の架け橋として知る人ぞ知る存在です。彼の多くの貢献の中で中国全土の若者のための「日本語作文コンクール」は特筆すべきでしょう。12年前からつづけている運動で、日本に行ったことのない若者が毎年2~5千人もこのコンクールに応募し、最優秀者を日本に招いています。これは本来、日本政府が実施するのがふさわしいような運動ですが、独力で各方面の賛同者を得て頑張っておられます。

先生は日本僑報社を経営し、今の中国と日本のありのままの姿の相互理解のために18年間に300冊も出版しました。9年前から池袋で毎週日曜に「漢語角」という街頭中国語交流会をつづけ、また、「湖南省友の会」も運営しています。

彼は湖南省婁底市の出身ですが、北京で新聞記者を数年経験後、1991年に来日しました。まったく日本語ができない彼が生活のためにアルバイトをした上野駅構内の居酒屋の主人が仕事の後で彼に日本の新聞記事を読ませ、何日もの修練の後ではじめて正しく読めた時のお祝いの”生姜焼き”の味と主人の優しさを一生忘れないという義理堅い人物。日本人の良さを中国人に伝え、中国の現実を日本人に理解させるために獅子奮迅の活躍をしている段先生には頭が下がります。

その段先生が、私が大切にしている島田村塾の若手事業家達に日本人が普段あまり行かない湖南省を紹介してくださる旅でした。

この旅ではいくつもの発見がありました。上海から中国版新幹線で4時間半ほどかけて湖南省長沙市に入りましたが、約1000kmの道中、真新しい高層ビル群が切れ目なくつづく壮観、しかしその多くが使用されていない姿に、近年の経済発展の凄まじさと、過剰投資・過剰設備の恐ろしさを実感した思いでした。

 

長沙の街は、ピカピカの高層ビル群、高架高速道路、車のラッシュで、かつて私が留学した頃の最盛時のシカゴを思わせる活況。女性は美しく化粧しファッショナブルで、人々は日本に親近感と興味をもっており、メディアが伝える冷却した日中政治関係とは別世界の日常の現実を体感させられます。

毛沢東は英雄というより神格化され、たゆとう湘江のほとりの広大な公園には若き日の毛沢東の胸像がスフィンクスのように聳え、婁底市郊外の曾国藩旧居を見学する人はひきも切らず、故郷の偉人を崇拝する伝統が印象的。極めつけは、私が講演の機会を得た湖南大学の学生諸君の対応、反応でした。世界諸国の学生に接してきた私は、彼らの優秀さ、分析力と理解力、積極性は、おそらく世界第1級と言えます。

多くの問題をはらむ中国ですが、こうした人材を育てている事実が将来、何を意味するかを私達は率直に理解しておくべきでしょう。この点は重要なので、次の機会にやや詳しく紹介したいと思います。

湖南省は、上海や北京にはない、活力と息吹き、伝統と誇り、そして生活感があり、やがて世界の大国になろうとする中国のあたりまえの力強さを実感させてくれたように思います。