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インドネシア:政府の偏見を露呈させる「LGBT危機」

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A group opposing the Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender (LGBT) community prepares to confront a pro-LGBT group planning on staging a counter protest at Tugu Monument in Yogyakarta on Feb. 23.
© 2016 Andreas Fitri Atmoko/Antara

(ジャカルタ)― インドネシアでは2016年初めから、性的マイノリティの人びとの安全と権利を脅かす空前の非難・攻撃が行われており、同国政府はこれを煽っていると、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書で述べた。政府のキャンペーンでは、ヘイト・スピーチにあたる言語表現が用いられ、差別的な法令が制定され、強制力を用いた非暴力集会の弾圧などが行われている。

本報告書『「政治的策動に壊された生活」:脅かされるインドネシアのLGBTコミュニティ』(全56頁)は、当局者がLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の人びとに対し、偏見に満ちた虚偽の発言を行うことで、インドネシアのLGBTの人びとへの嫌がらせや暴力のみならず、イスラーム主義者による殺人予告すら社会的に是認されていることを明らかにした。全国放送委員会や全国子ども保護委員会などの政府機関は、LGBTの生活を「普通(normal)」に描く情報や放送はもちろん、LGBTの生活に関する「プロパガンダ」なるものを禁止する検閲令を出している。差別的な表現と政策決定が組み合わされ、インドネシア全土でLGBTの人びとの身の安全や表現の自由の権利が侵害されている。


Indonesian government officials made a series of anti-LGBT comments, resulting in proposals of laws which pose a serious threat to the rights and safety of LGBT Indonesians.

「インドネシア政府当局者と政府機関による差別的措置や行為は、政府側の偏見がきわめて深刻であることを浮き彫りにした。そして、ヘイトキャンペーンはまだ終わっていない」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのLGBTの権利プログラムの調査員で本報告書を執筆したカイル・ナイトは述べる。「LGBTの人びとを差別する表現は、周辺化されたマイノリティと、攻撃する人びとの間に割って入ることを政府がためらう現状を表してもいる。政府はそうしたきわめて基本的な保護策を怠っている。宗教的マイノリティに対する、政府の近年の対応とそっくりだ。」

現在憲法裁判所では、複数の教授たちがおこした 刑法改正を求める裁判が争われている。これは、成人の同性間の同意に基づく性行為を犯罪化し、最長5年の禁固刑を設ける目的のものだ。次の法廷尋問は8月23日に予定されている。

報告書はインドネシアの性的マイノリティの人びと、LGBTの権利活動家、民間団体の代表者などに対し、2016年1月から6月にかけて全国で行った70件の聞き取りに基づいている。LGBTの人びとを差別する一連の発言が始まったのは今年1月24日。

この日、ムハンマド・ナシル高等教育相は、大学構内でLGBTの学生組織の結成を禁止する意向を示した。ジャカルタの国立インドネシア大学で、ジェンダーとセクシュアリティに関する学術的な議論を行う学生グループが結成されたことを受けて、ナシル高等教育相はこうした組織が「インドネシアの価値観と道徳観にそぐうもの」ではないと述べた。

それから数週間で、馬鹿げた内容から極度に大げさなものまで様々な発言が、インドネシアのメディアで流れた。母親向けの健康セミナーでは、市長が若い母親たちに、どうやったらゲイにならないかを子どもに教えるよう注意を促した。リャミザルド・リャクドゥ国防大臣はLGBTの権利運動を、国外勢力が主導するインドネシアへの代理戦争だとレッテルを貼って、核爆弾より危険だとまで述べた。

ナフダトゥル・ウラマー(NU)は国内最大のムスリム団体で、LGBTの人びとと協働するための資金提供を海外から受けているが、こうした主流派の巨大宗教組織はLGBTの行動や運動の犯罪化とともに、LGBTの人びとの強制的な「リハビリ」を訴えている。

インドネシア精神科医師会もLGBT差別の大合唱に加わり、同性への性的指向やトランスジェンダーのアイデンティティを「精神疾患」と公言し、精神医学的な「リハビリ」を推奨した。 

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ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領率いる現政権は、この問題についてほぼ沈黙を守っている。ルフット・パンジャイタン政治・法務・治安担当調整相は2月に、宗教によって同性愛が禁じられることには理解を示す一方で「私にとってはLGBTの人びとは人権を持つインドネシア国民である」と述べた。

だがこの発言は胸をなで下ろすにはほど遠いものだった。同相は続けて「どの普通の家庭も[LGBTの子どもを持つことは]避けようがない」とし、同性愛は「染色体の病気なので、治療すべきである」と警告した。1週間後、警察はジョグジャカルタでの非暴力のLGBT連帯デモを暴力的に弾圧したが、街中でカウンター・デモを行う戦闘的なイスラーム主義組織による、LGBTの組織や人びとへの殺人予告は野放しだった。

「ソーシャル・メディアで『LGBT撲滅』発言をあれだけ目にすると気が気ではありません」と、南スラウェシ州のゲイ男性(25)はヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。「みじめな気分です。警察と政府は私たちを守るべきです。こうした動きに荷担すべきではありません。」インドネシア全国人権委員会は、ナシル高等教育相のような発言は、インドネシアの多様性と多元主義を擁護するジョコウィ政権の「ナワチタ」(基本9原則)を逸脱すると述べた。この原則の9番目には、寛容、多様性に基づく教育、国民対話の場の創設などがうたわれている。

インドネシアでは、地方政府の条例にLGBTの人びとを差別するものが多数あるが、全国レベルの法律で同性愛が犯罪化されたことはこれまでない。

しかし、今回の憲法裁判所におけるケースはこれを変えようとするものだ。8月23日に予定されている法廷尋問では、全国子ども保護委員会の委員長が証言するとみられる。同委員会は、最近の反LGBTキャンペーンにおいて差別的な発言を続けており、インドネシアの全ての子どもを差別なく守るマンデートを持つはずの委員長が、尋問でどのような役割を果たすことになるのか不透明だ。

更にインドネシアでは、性的指向と性自認に基づく特定の法的保護措置が一切導入されていないため、LGBTの人びとは対抗策がないままに人権侵害と差別にさらされている。政府は当局者と国の委員会による差別的な発言をただちに公的に非難するともに、保健衛生や公的情報、治安分野での活動で反差別をはっきり掲げるべきだ。

「インドネシアのLGBTの人びとは保護と公的支援を必要としているのに、ジョコウィ政権は戦闘的なイスラム主義者を前に萎縮している」と前出のナイト調査員は述べた。「政府には、国民を暴力と差別から保護するとの真剣な姿勢を示すことが求められている。差別的な条例を撤回させ、LGBT差別の法案を退け、自由な表現と多様性への公的な支持に言質を与えるべきである。」

(2016年8月11日「Human Rights Watch」より転載)