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ジェラードのトラップミスは偶然ではない... 大黒柱が抱えていた孤独と重圧

2014年05月02日 21時43分 JST | 更新 2014年05月02日 22時14分 JST

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今週、僕が『プレミアムゴール』に選んだのは…プレミアリーグ第36節リヴァプール vs. チェルシー戦の前半48分に決まった、デンバ・バのゴール! 優れているという意味ではなく、希少ということで選んだ。試合は終了間際に追加点を加えたチェルシーが2-0の勝利を収めている。

がっちりと中央を固められた筋肉質の青い壁を、リヴァプールは最後まで破ることができなかった。スアレスやスターリングを筆頭に、スペースを与えるとやりたい放題に相手を蹂躙するプレーヤーをそろえるリヴァプールだが、さすがにここまでゴール前をコンパクトにされた状況では、攻めあぐねる場面が目立った。

リヴァプールのビルドアップは、2人のセンターバックの間にジェラードが下がり、フラットな3バックに変形しながら進める手順になっていた。それは前半アディショナルタイムの時間帯も同じで、ジェラードが最終ラインの中央に下がり、左センターバックのサコからの平行パスをいつも通りに受け取ろうとする…。

別にサコのパスがずれたわけではない。ジェラードはボールから遠いほうの右足でトラップし、逆サイドへの視野を確保しながら方向転換を試みた。そしてサイドチェンジなどの次の展開につなげていくのだが、まさかそんな見慣れた風景で…痛恨のトラップミスが起こるとは。チェルシーFWデンバ・バはその隙を見逃さず、ボールをかっさらうと、焦って追いかけようとしたジェラードはさらにスリップし、追撃も遅れてしまう。結局、デンバ・バは単独ドリブルで突っ走り、そのままGKミニョレの脇を抜いてゴールへ流し込んだ。

ちょっと信じがたい場面だった。左手でフォークを持ち、右手でナイフを持ち、右足でボールをトラップする。ジェラードにとってはその程度の日常にすぎないようなプレーなのに。その何でもないような日々の所作を、この大一番で失敗してしまうとは。

サッカーの神様はなんと残酷なのだろうか…と言いたいところだが、ただ、スポーツ心理学の観点で言えば、決して偶然とは片付けることができない現象なのかもしれない。

先日、『サカイク』というサッカーWEBサイトの企画で、スポーツ心理学の専門家である辻秀一先生をインタビューさせて頂いた。たとえば世界選手権やオリンピックで何連覇も果たしたようなスーパーアスリートが、なぜ安定したパフォーマンスを出し続けることができるのか?この疑問に対する理由は「大一番だ、大舞台だ」といったさまざまな意味付けから離れて、“今この瞬間を一生懸命にプレーすることだけ”に集中できているからだという。優勝がかかっているとか、金メダルがかかっているとか、残り3秒とか、残り3分とか、そういう外発的なこととは一切関係がない。ただ、その瞬間に喜びを感じながら、懸命に闘うだけ。揺らがず、とらわれず。そのようなメンタルトレーニングの成果として、安定したパフォーマンスにつながるのだと。たとえば野球のイチロー、レスリングの吉田沙保里、フィギュアスケートの羽生結弦がそのタイプとのことだった。

翻ってジェラードの件に思いを馳せると、このチェルシー戦はあまりにも巨大な意味付けを備えていた。この敗戦により、リヴァプールは残り2試合で2連勝したとしても、優勝はかなわないかもしれない。3位マンチェスター・シティは消化試合数が1試合少なく、しかも得失点差で大きくリードされているからだ。この状況を踏まえると、リヴァプールにとってチェルシー戦は引き分け以上が最低条件だった。

しかも、リヴァプールにとっては24年ぶりの優勝がかかっている。その中心にいるのがクラブ一筋16年のジェラードだ。先日のマンチェスター・シティ戦で勝利を収めると、試合終了後の男泣きが感動を誘っている。しかし、このキャプテンを後押しする優勝への情熱は、ベクトルが変わった瞬間にとてつもないプレッシャーとなることも見逃せない事実だ。

もちろん、経験豊富なジェラードなのだから、普段はそのようなメンタル要素に惑わされることなくプレーしているのかもしれない。しかし、自らのミスで失点をした後、すぐにゴールの中からボールを拾い、センターサークルへ運んで行こうとするジェラードの表情は、ボールを運ぶ雄々しい動作とは裏腹に、今すぐにでも自責の念に押しつぶされそうなほど辛い顔をしているように思えた。その様子を見る限り、「You'll never walk alone」の、最も中心にいるジェラードが、実は他人には推し量れないほどの孤独を抱えていたのではないかと感じてしまう。普段なら考えられないようなトラップミスも、このような条件下で起きてしまったのではないか。

僕自身もリヴァプールの優勝を期待したいと以前に書いておきながら、今さら白々しいが、残り2試合は優勝とかそういうものとは関係なく、このスリリングなゲームの一瞬一瞬を、伸び伸びと楽しむような姿をぜひとも見たいものだ。その結果として、優勝が向こうからやって来たとしたら、それはそのときの話だ。

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清水 英斗
サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカー観戦力が高まる~試合が100倍面白くなる100の視点』『だれでもわかる居酒屋サッカー論 日本代表 戦の観戦力が上がる本』『サッカー守備DF&GK練習メニュー100』など。

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(4月28日J SPORTS「今週のプレミアムゴール」より転載)

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