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「自治体消滅」時代が来る 子育て満足度1%の「元・保育王国」で見えた再生のヒント

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高知市内の「たかしろ乳児保育園」。満3歳までの子供たち(現在は40人)を預かっている。

少子高齢化と首都圏への人口集中に歯止めがかからない。住居や子育ての環境が悪い首都圏では一般的に出生率が低いとされる。人口減は経済成長や社会保障制度の維持に支障をきたすことから、地方の子育て環境の充実は、地域社会の維持に加えて国全体にとっても重要だ。かつて「保育王国」と呼ばれた高知で、子育て世帯に実情を聞いてみた。「女性の活躍」時代を先取りするかのように働く女性たちの存在、そして待機児童数には表れない地方ならではの課題が見えてきた。

◆女性が活躍する背景は

「横浜から高知に引っ越して驚きました。平日の昼に公園で子供を見かけないんですよ」

現在は主婦の須藤真由子さん(35)は昨春、夫の昌陽さん(41)が高知県内の実家を継ぐことになり、家族4人で高知市へ移り住んだ。子供2人を育てた横浜市も働く母親が多かったが、それでも専業主婦と半々ぐらい。子供を連れて公園に行けば同年代の子がいて一緒に遊ぶことができた。「高知に来てみたら風景が違った。共働き家庭がすごく多いんです。専業主婦の方は転勤族には多いみたいですが、あまり会わないですね」

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自宅マンションのフリースペースでくつろぐ須藤さん一家

安倍政権が「女性の活躍推進」を成長戦略に掲げたのは昨年のこと。高知ではそれよりもずっと前から地域社会で女性が活躍してきた。雇用者全体に占める女性の割合は一貫して全国より高い。1975年に全国33.1%だったのに対して高知は41.4%。最新の国勢調査(2010年度)では全国が44.8%、高知は50.2%。2010年は男性の割合も上回った。

「よさこい祭りでチームの代表が女性だったり、女性の社長が目立ったり。高知は女性が強いんですよ」。高知市保育所保護者会連合会の会長を務める楠瀬紹秀さん(37)は話す。女性がしっかりしているのか、それとも男性がおっとりしているからなのか。「両方ですね」。楠瀬さんはめがねの奥で目を細めた。

高知で女性の社会進出が進む理由の一つは勤勉でたくましい気質にあるようだ。ただ、それだけではない。県民の平均所得が低いことの裏返しでもある。

09年度に高知県の一人あたりの県民所得は約201万円で、沖縄県を下回り全国最下位になった。全国平均は約279万円、1位の東京都は約390万円で高知県の倍だった。高知県は生活保護を受ける割合も高く、高知市の生活保護率は37.7%(2011年)で全国の16.4%を大きく上回っている。「一人の収入だけでは少ないので共働きせざるを得ない世帯が多い」。楠瀬さんは地元の切実な実情を明かす。

◆「保育王国」で子育て満足度1%

高知はかつて「保育王国」と呼ばれていた。由来は諸説あるが、1950年代前半から県が農山村の各地に保育園を設置し、当時の整備状況が全国有数だったということに起因する。家族総出で働く第一次産業を念頭に、働く母親を支援する狙いだったという。

だが、それも今は昔なのか。昨年5月に高知市が市民1万人を抽出して実施した意識調査の結果は、「保育王国」の名にそぐわないものだった。子育て支援施策を重要と考える市民は約半数いたのに、「満足している」と答えたのは1.8%。「どちらかといえば満足している」を足しても約1割にとどまった。

市は1999年度から同時入所の第3子以降の保育料を無料化。12年度には同時入所の第2子について保育料を半額から3分の1に軽減した。さらに今年度からは、全国の中核市でも珍しい第2子保育料の無料化に踏み切った。行政が一定の支援策を打ち出しても親たちの満足度が高まらないのはなぜなのか。

◆減る子供、増える保育ニーズ

親たちの心理を読み解くヒントとして、地域経済の冷え込みと、それを背景にした保育ニーズの増大・多様化が挙げられそうだ。

少子化が進む一方で、高知市内の保育園入所児童数は増加傾向にある。就学前児童数は95年度の1万8456人が昨年度は1万6874人に減り、保育所入所児童数は7516人から9063人に増えた。市保育幼稚園課によると、地域経済が厳しさを増しているために共働き家庭が増え、利用者が増加しているという。

昨年度の有効求人倍率は、全国が0.97倍なのに対して高知県は0.76倍だった。大企業が少ないため思うように育休を取得しにくい、特に女性は一度辞めてしまうと再び仕事を見つけるのが難しいなど、短期的な解決が望めない雇用事情が横たわる。それが子育てのしにくさにつながり、保育ニーズに表れている。

前出の高知市保育所保護者会連合会の会長、楠瀬紹秀さんの家庭ではどうだったか。

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4児の父で、高知市保育所保護者会連合会の会長を務める楠瀬さん(左)。右は高知県の連合会で参与を務める吉本大輔さん

楠瀬さん夫妻は14歳、12歳、10歳、5歳と4人の子をもうけた。自身は警備サービス会社で営業グループの課長職。妻(36)は第1子の妊娠を機に子育てに専念するため、正社員として勤めていた自動車販売会社を辞めた。自宅での内職を経て食品製造会社のパート勤務をスタート。第3子と第4子を生んで現在も勤めている。

実は、このパートは楠瀬さんの弟が学生時代にやっていたものだ。夏場は室内の気温が40度を超え、休憩も取りにくいハードな仕事。それでも働き続ける理由は子育てに理解があるからだ。「子供が風邪をひいたら仕事を休まなければいけない。保育園で熱が出ればすぐ迎えに来てくれと言われる。よっぽど職場の融通が利かないと子育てしながら働き続けるのは難しい」と楠瀬さん。4人目が保育園を卒園するまでは同じ仕事を続けるつもりだ。

地元固有の事情として教育環境を挙げる声もある。地方では珍しく公立よりも私立が格上とされる土地柄だ。楠瀬さんによると、就職に備えて我が子を大学に入れることを考えると、公立よりも地元にある私立の中高一貫校のほうが教育レベルは高い。塾の費用や学費を準備するため、子供が幼いころから共働きをしようと考える理由になっているという。

高知の企業は比較的小規模なところが多く、人員が限られる中で週末に仕事をせざるを得ないケースもあるため、土曜保育の充実を望む声が上がる。近年は南海トラフ巨大地震に伴う津波の被害想定が公表された。浸水予想地域から山側へ人々が引っ越す流れも起きており、エリアごとに設置された保育所との需給ギャップが生じる可能性もある。

◆シングルマザーの事情は

一人親世帯の考えはどうか。高知市は離婚率が全国より高い。シングルマザーに意見を聞いてみた。

高知市在住の公務員、島村由記子さん(33)は昨年離婚し、子供4人と暮らす。保育士だった母が今春に退職して育児を手伝ってくれるようになったが、それ以前は結婚段階から子育てをほぼ一手に担いながら働いてきた。

特に痛感したのは、子供が病気になったときの預け先、つまり病児保育の受け入れが少ないこと。病院が運営するサービスはあるが「10人待ち」と言われて諦めたこともあった。

首都圏では会費を集めて共済型で運営するNPOのサービスがみられる。しかし調べてみると、利用者数に限りがある地方では会費の確保が難しい。病児保育は時期によって需要に波があり、運営側が受け入れ態勢を常に保つのも大変だという。

「休みを取ったことで仕事を失うケースがある。特にシングルは再就職が難しい」と島村さんは語る。「行政はどちらかと言うと、育休の取得などについて機運の醸成や職場風土改革に力を入れている。理念は分かるが、現実的な支援がもっと必要ではないか」

女性の就労や子育てについて研究し、自身も育児経験のある森田美佐・高知大准教授(家庭経営学)は「都会には多様なベビーシッター産業がみられるが、地方だと限界があり、決まった曜日や時間帯だけのサービス提供になりがちだ。短時間でも柔軟に対応できるサービスがあれば」と指摘する。

「子育て満足度1%」の背景には、多様化する保育ニーズがあるようだ。都市部に比べて民間の参入が活発でなく、対応しきれない保育サービス提供側の事情もみられる。平均所得の低さ、共働き家庭の負担感もあいまって、不安や不満を感じやすいのかもしれない。

◆高まる「ゼロ歳児保育」のニーズ

子育ての問題は、横浜市や東京都世田谷区など首都圏を中心に、待機児童数を指標として語られることが多かった。待機児童数そのものでみれば、高知市は06年度の118人から昨年度は17人まで減った(いずれも4月1日時点)。しかし親が育休を取れずに仕事を辞めた場合、待機児童にはカウントされない。高知の事情に照らすと数字に表れない子供たちの存在がうかがえる。

さらに、出産後間もない段階から預けたい人は増えている。同市内の保育園の入所児童数を年齢別に見ると、同じ06年度から昨年度までに0歳は311人から485人、1歳は1118人から1349人に増えた。「預けられないと子供が1歳になるまで(どちらかの親は)仕事ができない」。楠瀬さんもゼロ歳児保育の受け入れを増やしてほしいと感じる一人だ。「正社員でもパートでも、妊娠して休んだら元の仕事に戻れる保証がないのが問題」と話す。

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高知市内の「たかしろ乳児保育園」。満3歳までの子供たち(現在は40人)を預かっている。

高知市によると、市内に84ある認可保育所のほとんどでゼロ歳児保育を実施しているが、何カ月から預かるかは施設ごとに異なる。最も早い生後2カ月からの受け入れは19施設にとどまる。

同市保育幼稚園課は「企業サイドで制度を充実してもらいたいが、保護者が育休を取れない現実があるので受け入れを行っている。2カ月児の受け入れもニーズがあるので実施しているが、産後間もない母子にとって本当にそれでいいか。乳児保育をどれだけ広げるかは難しい」と説明する。

来年度から、消費増税で増えた税収の一部が子育てに回され、保育所運営費の拡充などに使われる。保育士の待遇が不十分で人材が定着しない問題などの改善効果が期待される。それでも首都圏に比べて雇用状況が悪く、民間の保育事業者も参入しにくい事情は、全国の地方都市に共通する課題として根強く残る。

◆「自治体消滅」の衝撃

有識者らでつくる民間研究機関「日本創成会議」の分科会(座長・増田寛也元総務相)は、2040年までに全国の自治体の約半分にあたる896自治体で若年女性が半減するという試算をまとめた。これらの自治体は社会保障の維持が困難で雇用も確保しづらい「消滅可能性都市」になるという。ショッキングな内容で話題となった。

同会議は▽地方に拠点都市をつくって周辺の自治体を支える▽都市から移住する人への税制優遇▽出生率を2035年までに2・1に引き上げること――などが必要と指摘。人口過密の大都市では、住居や子育て環境の悪さから出生率が低くなるのが一般的だとして、少子化対策の観点からも「一極集中に歯止めをかけるべきだ」と訴えた。

人口減は経済成長や社会保障制度の維持に支障をきたす。地方における育児環境の充実は、国政レベルで対応を求められる喫緊の課題になっている。

柔軟な保育サービスの提供が親たちの切実な要望であることは、高知の実情から浮き彫りになってきた。中小規模の事業者に育休の環境整備を望んでも限界はあり、高コストでもある程度は現実路線で保育サービスを整備する必要性が生じている。

ただし別の見方をすれば、地域の人口を維持しようとするなら、もはや保育行政単独で取り組めるレベルの問題ではないことも事実だ。高知大の森田准教授は「『雇用の創出』と『保育の質向上』を相互補完的に高める必要がある」と指摘する。

「日本創成会議」分科会は「若者に魅力のある地域拠点都市の構築」を掲げ、都会に出た若者を呼び戻す取り組みなどを提言した。「魅力」の指標には子育て環境も含まれるだろう。都道府県ごと、あるいは可能なら複数の都道府県が協力して人的・金銭的な資源を「拠点都市」へ大胆に集中させ、とにかく首都圏への若者流出を防ぐ発想が必要ではないか。

ジャーナリストキャンプのテーマは「自由」。現代社会で最も「不自由」を感じている存在の一つは子育てに課題を抱えている親たちではないかと考えて取材を始めた。その不自由さは今や国全体の不自由さにもつながっていると感じる。

個別の自治体で取り組んでいたらずるずると後退するだけ――。高知の実情はそんな危惧を抱かせる。

参考資料:日本創成会議・人口減少問題検討分科会 提言
http://www.policycouncil.jp/
参考資料:NHKクローズアップ現代「極点社会~新たな人口減少クライシス~」
(2014年5月1日放送)
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3493_all.html

この記事はジャーナリストキャンプ2014高知の作品です。執筆:苅田伸宏(Yahoo!ニュース)、デスク:西田亮介(社会学者。立命館大学特別招聘准教授)

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