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4人に1人が「うつ」になる世界で「医者」を殺さないために

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研修医のメンタルヘルスの改善に取り組む高知医療再生機構の鈴木裕介特任医師

「あんなに良い奴が、なんで...」

知らせを聞いた鈴木裕介医師=当時(29)=は絶句した。

2010年秋、高知県で研修医となって2年目の鈴木医師のもとに飛び込んできたのは、親友の自殺という、信じがたい訃報だった。自殺したA医師=当時(26)=は、高知大医学部時代から鈴木医師と親交があり、卒業後は高知県内で、鈴木医師とともに研修生活をスタートさせた同期仲間。学生の頃の彼は、冗談を言って周囲を盛り上げるなど「カリスマ性があり、人気者だった」(鈴木医師)という。それぞれ別の病院で臨床研修に入ってからは頻繁に連絡を取ることはなかったが、鈴木医師は彼が、苦労しながらも順調に、医療の道を歩んでいるのだと思っていた。

しかし実際は違っていた。その後鈴木医師が友人らから聞いた話によると、A医師は、臨床研修の開始後1週間ほどで適応障害のような症状が現れ、約1年間、研修を休止。いったんは立ち直って研修を再開したが、再開から半年後、本格的にうつ症状を発症し、自らビルから飛び降りて命を絶ってしまった。友人らによると自殺直前には、先輩医師たちが「帰れ」と言っても帰らず、黙々と働き続けようとする様子も見られたという。

「どうして前途有望な若い医者が死ななければならないのか。今の医療はおかしい」

鈴木医師が、研修医のメンタルヘルスの改善に取り組むきっかけとなった出来事だった。

◆25・2%の研修医が「抑うつ状態」に―

研修医の4人に1人が、研修開始後2カ月で「抑うつ状態」になる――。

2006年、筑波大の前野哲博教授らが実施した調査で、こんな衝撃的な結果が示された。2年間の臨床研修を必修化するとともに、研修医に給与を支給するよう求めた新しい「医師臨床研修制度」が導入されたのは04年。前野教授らは、研修医の待遇改善を目的としたこの新制度のもとで卒業した04年度の1年目研修医約570人を対象に、メンタルヘルスに関する調査を実施した。各自の研修状況やストレス反応などについて、研修開始時とその2ヶ月後の計2回、質問票に書き込む形で答えてもらったのだ。

その結果、気分の落ち込みや睡眠障害などの「抑うつ状態」を、開始時には示していなかったが2ヶ月後になって新たに示した、という医師の割合が、全体の25・2%に上った。抑うつ状態とは、いわゆる「うつ病」の際に現れる症状の一種であり、この状態が一定期間続くと、うつ病との診断を受けることもある。

4人に1人という結果について前野教授は、「(他の職業と比べても)かなり高い」と指摘する。待遇の改善を目指す新制度が施行されても、研修医のメンタルヘルスの抜本的な改善にはいたっていない状況が浮き彫りとなった。<※注1>

さらに、09年には岐阜大の井奈波良一准教授らが、1年目研修医91人を対象に、同じく研修開始時と2ヶ月後の2回にわたって実施したアンケート調査の結果を公表した。そこでは、開始後2ヶ月の時点で「バーンアウト(燃え尽き)」や、「臨床的にうつ状態」と判定された医師の割合が、男性で26・0%、女性では36・6%にも上るとの結果が出ている。

井奈波准教授らはまた、新臨床研修制度導入後の研修医の勤務時間についても調査をしている。旧制度では1年目研修医の1週間の実労働時間が平均86時間だったのに対し、新制度では70・4時間と減少したが、依然として実労働時間が80時間以上に上る研修医も4分の1以上いることが判明した。報告書は「今後も労働時間短縮に向けた取り組みが必要である」と指摘している。

◆「誰にも悩みを話せない」研修医のつらさ

北九州市の産業医科大学で精神科医を務める菅健太郎医師(30)も、研修医時代に抑うつ状態を経験した1人だ。菅医師は、「(研修を始めた)当時は、メンタルヘルスの問題なんて自分には関係ないと思っていた」と振り返る。

菅医師は2011年、高知大医学部を卒業後、高知市内の病院で研修を開始した。しかし、いざ臨床研修の現場に出てみて初めて、「国家試験の知識がまったく役にたたない」ということに気付いた。

「担当の患者さんに『お腹が痛い』と言われても、国試の知識しかない自分には、胸写も読めないし、心電図も読めない。どうすれば良いのかまったく分からない。でも同期はどんどん成長していて、自分だけ取り残されているような感じだった」。

1日の勤務は、午前6時の採血から始まり、終わるのが午後11時ごろ。本来ならば午後6時ごろには帰宅できる職場ではあったが、先輩医師より先に帰りづらいとの思いや、医療の勉強をしなければとの思いから、毎日、日付が変わる直前まで居残ることが多かったという。

また、菅医師の精神状態をさらに追い詰めたのは、「誰にも悩みを話せない」という思いだった。他の職業に比べ、大学からの友人、仲間が職場でも同僚になることが多いため、「学生の時からの仲なのに、不安で夜眠れないなんて、恥ずかしくて言えない」との心理も働き、悩みを相談することができなかったという。
その後、精神科医として研修医の精神不調に関する相談を受けるようになった菅医師は、「実際には、自分と同じような環境の人が多くいたのだと分かった」と話す。

◆研修医を救うための「セーフティスクラム」

「医療に殺されてはダメだ」――。

2011年、研修医のメンタルヘルス改善を目的にした組織「Safety Scrum(セーフティスクラム)」が、高知県で発足した。立ち上げの音頭をとったのは、研修医時代に親友を失った経験を持つ、鈴木裕介医師。「医者が死なない世の中を作らなければいけない」との信念が、彼を突き動かしたのだった。

なぜ研修医メンタル不全に陥りやすいのか。鈴木医師らは、研修医特有の問題として、労働時間が長く睡眠不足になりがちだったり、研修先の診療科がコロコロ変わるといった環境から受けるストレスに加え、新社会人であるにもかかわらず一人前の医者としての働きを期待されるプレッシャーや、どこの病棟でも基本的に〝よそ者〟として扱われる孤独感などを挙げている。

こうした背景を踏まえ、セーフティスクラムは、(1)「セルフケア」習得のための講義(2)ストレッサー情報の共有(3)若手医師による相談窓口(4)管理者への働きかけの4点を柱に据え、鈴木医師がかねてから構想していた「若手医師同士のネットワーク作り」を目標に、活動を開始した。

活動の一つが、研修が始まったばかりの4月の段階で、メンタルヘルスに関する講座を開き、本人たちに意識づけをしていくことだ。今年4月26日に高知市で開かれた、2年目研修医が1年目研修医とふれ合うイベントでも、プログラムの中に産業精神医学の専門家による「事例で学ぶ研修・実習のストレス」と題した講演の機会が設けられた。

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若手医師のネットワーク作りを目的としたイベントで語る研修医

「正直、4月の時点でこういう話をするのは、(研修医からの)ニーズは全然ないですよ。それより点滴の打ち方を教えてくれとか、そんな要望のほうが多い」。鈴木医師は苦笑する。「それでも、メンタルヘルスの講座は無理してでもプログラムに入れてもらっているんです。ちゃんとメンタルヘルスについての知識を知っておいてほしいから―」。

うつ病になりかけていた菅医師も、こうしたセーフティスクラムの活動によって立ち直った。「誰でもうつになり得ると分かり、開き直ることができたし、相談もできるようになった」(菅医師)。菅医師は、この経験がもとになり、お世話になった組織への恩返しを希望。現在、高知医療再生機構のメンタルヘルス相談室の室長に就任し、月1回のペースで高知に足を運んでは、研修医を対象にメンタルヘルスの講演をおこなっている。助けられた経験を持つ医師が、次は助ける側に回る。鈴木医師の構想した「ネットワーク」の歯車は、着実に回り始めている。

「患者を支えるのは医者だ。じゃあ医者を支えるのは誰か?」。親友の死以降、自問を続けてきた鈴木医師。彼が出した一つの答えが今、高知県で大きな動きを見せている。

鈴木医師は「医療の現場ですら、いまだに〝うつ〟が正しく理解されていない。(A医師のように)医療に殺される人を二度と出さないために、取り組みを続けていきたい」と力を込める。

※注1:その後、前野教授らが2011年に実施した、初期臨床研修医を対象にした同様のストレス調査では、研修開始から3カ月後に「抑うつ状態」を呈した研修医は全体の19・5%だった。「4人に1人」から「5人に1人」の状態への改善が見られる。

(この記事はジャーナリストキャンプ2014高知の作品です。執筆:渡良瀬悠、デスク:亀松太郎)

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