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電通過労死認定から、この国の非常識な「普通」を考える。

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また起きてしまったか…。

電通に勤めていた24歳の女性・高橋まつりさんの死が労災認定された報道を受け、最初に浮かんだ言葉だ。

東大を出て電通に入社し、わずか1年足らずで奪われてしまった命。生前に発信されたTwitterを見ると、睡眠時間2時間という超長時間労働や、上司によるパワハラなどの過酷な実態が浮かび上がってくる。そうして昨年クリスマス、彼女は寮から飛び降り、還らぬ人となってしまった。

報道などでも触れられているように、電通では1991年にも入社1年5ヶ月の24歳の男性社員が自殺している。この事件について、私は20代の頃、裁判記録を読み込んでいる。そうして当時の自分が書いたものを改めて読み返すと、今回の事件とのあまりの類似性に頭がクラクラしてきたのだった。

例えば、長時間労働。

亡くなった高橋まつりさんは、SNSで「もう4時だ 体が震えるよ… しぬ もう無理そう」「土日も出勤しなければならないことがまた決定し、本気で死んでしまいたい」と書いている。

一方、91年に亡くなった男性社員の長時間労働も凄まじい。男性は91年8月に自殺したのだが、4〜5日に一度の割合で深夜2時過ぎまで残業し、亡くなる直前の7月、8月は、3〜4日に一度の割合で朝6時半までの残業を強いられている。連日の睡眠時間は30分から2時間半という状況が続いていた。

そんな過労状態によって男性は追いつめられ、「自分は役に立たない」「人間としてもう駄目かもしれない」などの言動が見られるようになる。

また、無意識に蛇行運転をしたりパッシングをしたりといった行動もあり、「霊が乗り移った」などといった言動も見られるようになった。顔色も悪く、痩せて顔に赤い斑点ができるようになり、喉やコンタクトレンズの不調を訴えていたという。

翻って、高橋まつりさんの死を巡っては、上司による「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」などのパワハラ発言も問題となっている。

一方、91年に亡くなった男性も、壮絶と言っていいパワハラを受けていた。資料を読み込んでいて私がもっとも衝撃を受けたのは、宴席でのハラスメントだ。その内容は、革靴にビールを入れて飲ませるというもの。飲まなければ、靴の踵で叩くのだという。上司は、「面白半分に」やっていたと証言している。

この事実を知って、私は日本の企業社会が心の底から怖くなった。信じられないほどの幼稚さと、信じられないほどの陰湿さが同居した部下いじめ。

ハラスメントは、過労死・過労自殺に必ずと言っていいほどつきまとう。ここまで書いて、以前取材した過労自殺事件を思い出した。

99年、30代で自宅マンションから飛び降り、亡くなったXさん(男性)。彼が勤めていたのは大手機械建設メーカー。成果主義と裁量労働制が導入されてから長時間労働が常態化した職場で、Xさんは月に300時間近い労働を強いられ、弱音を漏らすようになっていく。

「人間には限界がある。しかし、僕の場合、もうとっくに限界を超えてしまっている」「自然に還りたい」「僕は自転車をこいでいるようだ。疲れていてもこぎ続けなくてはならない。もう、疲れた」

そんな中、上司に何度もダメ出しされ、何度もやり直した仕事が納期に間に合わなくなってしまう。上司はみんなの前でXさんを激しく叱責。また、この会社の社員行きつけのパブにXさんが行けば、そこでも上司はXさんを虐める。

このXさんのお姉さんにインタビューさせて頂いたのだが、印象に残っているのは以下のような言葉だ。

「本当は、はっきり言えば上司なんですよ。かならず過労死って3人くらい、上司がかかわっているんですよ。ダメな上司が3人いると死んじゃう。ほかの遺族の話を聞いてもやっぱり3人なんですよ。

弟は飛び降りる5時間くらい前に『Bさんに申し訳ない』って言っているんですが、そのBさんが弟にじゃんじゃん仕事を与えていたんです。それから『Aさんはイヤだ』と。Aさんというのは(Xさんの死後)うちに来た上司です。もう一人、営業の人で弟をからかっていた上司もいました。

弟がお客さんに怒られたりすると、みんなの前で、大声で『お前が怒られるようなことやったんだろう』とか、弟は夜しか気分転換の場所がなかったのでお酒を飲みに行くと、そこでもやはりみんなの前で大声で辱める。『こいつはまだおっぱいが必要な奴なんだからよろしくな』って。

これってパワハラですよね。弟としては、人間として許せない上司が3人もいた職場だった。上司には反省してくださいって言いたいです。どういうことがあったか、逃げないで直視してほしい」

 (この事件について詳しく知りたい人は『生きさせろ!  難民化する若者たち』を読んでください)

ちなみにこの会社では長時間労働が蔓延していたわけだが、裁量労働制という言葉の下、社員の労働時間をまったくと言っていいほど把握していなかった。

例えばXさんの死後、会社は「亡くなる一週間前に2回くらい早帰りしていた」と主張していたのだが、その2日間は出張していたなどの事実が明らかになったのだ。そして恐ろしいのは、この会社ではXさんの死の半年後、第二の犠牲者が出ていることだ。Xさんの同僚が自殺したのである。

過労死・過労自殺の問題が他人事に思えないのは、私自身も自らの弟の過労死を本気で心配したことがあるからだ。本などでも書いているが、2歳年下で就職氷河期世代の弟はフリーターを経て家電量販店の契約社員となり、1年後、正社員となった。

正社員になるにあたって「残業代は出ない、ボーナスは出ない、労働組合には入れない」という誓約書を書かせた会社は、そこから連日17時間労働を弟に強いるようになる。休憩は1日30分足らず。みるみる痩せていく弟を心配した私は、周囲の友人知人に状況を説明した。

「それ、絶対おかしいよ」という言葉が返ってくると思っていた。しかし、私に投げかけられたのは、「正社員だったら今時それくらい普通だよ」という妙に冷たい言葉だった。何人もに、そう言われた。ほとんどの人に心配すらしてもらえなかった。

弟が過労死するかも、という状況と同じくらい、その言葉は私にとって衝撃だった。そして過労死や過労自殺がなくならない理由が、その言葉に集約されている気がした。

その言葉は、おそらく本人が自分を納得させるために言い聞かせているものなのではないだろうか。どんなに長時間労働でも、メチャクチャなノルマを押し付けられても、今時、これくらいのことは普通なのだ。当たり前のことで、それについていけないなんておかしいのだ。甘えているのだ。

そうやってギリギリのところで踏ん張っているからこそ、「辛い」という人が許せない。弱音を吐く人が癪に障る。「ついていけない」とか「無理」なんて、一番の禁句だと信じ込まされているから。

そう思うと、時に部下を死に追いつめる「パワハラ上司」たちも、過酷すぎる労働環境の中、過剰適応の果てに心が破壊され尽くした存在のようにも思えてくる。部下に靴でビールを飲ませるなんて、自らが相当「壊れて」いないとできることではない。

だけど、仕事によって心まで壊され、お互いを追い詰め合う先に、一体何があるのだろう。有能で従順な労働者になればなるほど、この国の労働環境は逆に過酷になっている気がして仕方ないのだ。

時に誰かをいじめ殺したり、死者が出ることが前提の組織や働き方は、絶対におかしい。どうしてこの国の人々は、それほどに「仕事」の優先順位が高いのだろう。

ちなみに、あまり仕事の優先順位が高くないというイタリアでは、2014年の大晦日、警備の警察官の8割が欠勤したという(朝日新聞2016/9/21)。驚くが、なんだかちょっと羨ましい話だ。

「命より大切な仕事はありません」

高橋まつりさんの母親は、会見でそう言った。日本以外の国で、それはわざわざ言葉にしなくてもいいほどに、おそらく当たり前のことなのだ。

15年度に過労死で労災認定された人は96人。未遂も含む過労自殺は93人。また、今月、フィリピン人実習生の死が、長時間労働による過労死と認定されたことが報道された。

もう誰一人として、過労死したり過労自殺したりしなくていい社会。正社員だったら死にそうな労働環境が「当たり前」なのではなく、過労死や長時間労働がないことが「当たり前」の社会。それを取り戻すためにできることを、改めて、考えている。

(2016年10月19日 「雨宮処凛がゆく!」より転載)