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20年後に向けた「保健医療2035」--みんなでつくる社会システムへ

2015年08月24日 23時49分 JST | 更新 2016年08月24日 18時12分 JST

20年後を見据えた保健医療のあり方を提言した「保健医療2035」のシンポジウムが24日、都内で開催され、少子高齢化社会に合った、地域医療や総合診療医のあり方、また国際的な視点をもった医療政策について議論された。

(保健医療2035の提言は、サイトからダウンロードできる)

「保健医療2035」は塩崎恭久厚生労働相が設けた懇談会(座長:渋谷健司・東京大学大学院医学系研究科教授)で、今年6月に提言がまとめられた。「将来を見据えた改革をするには、大きなパラダイムシフトが必要だ」(塩崎氏)として、提言では、「量の拡大から質の改善へ」「インプット(資源投入)中心からアウトカム(患者にとっての価値)中心へ」「行政による規制から当事者による規律へ」「キュア(治癒)からケアへ」「発散から統合へ」を提案している。

この提言の具体化に向けて、厚労省では今月から推進本部が開かれている。提言で示された改革の120項目について、それぞれの関係各局で9月初旬までに精査し、「ただちに実行に移す」「実行に向けた課題があるが、具体的に検討を進める」「ただちに実行するのは難しいが検討を深める、または代替案を出す」の3つに分類して進めていく。

一方で、以下の5項目については、すぐに実行すべきとしている。

  • 総合的な診療を行うかかりつけ医の確立と普及
  • アウトカム(患者にとっての価値)中心に向けたインセンティブ
  • たばこフリー社会をどうつくるか
  • ICTを活用した医療
  • グローバルヘルスを担う人材などの整備

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基調講演をする渋谷氏

異例づくしの「保健医療2035」ができるプロセス


同懇談会では、少子高齢化社会における保健医療ニーズの拡大。環境や価値の多様化、格差の増大、グローバル化の進展といった課題の中での20年後に向けた保健医療のあり方を検討してきた。基調講演で渋谷氏は「今の制度ではなく、新たな価値やビジョンを共有し、社会システムとしての保健医療の再構築が必要だ。医療は街づくりや生き方なども含むものになってきている。保健医療のイノベーション、新たな社会価値の創造が必要だ」と説明した。

パラダイムシフトに向けた議論のために、「保健医療2035」は省庁が専門家を集めて開催する会議としては異例さが際立っている。まずメンバーの顔ぶれだ。「(予定調和的な)『シャンシャン』の会議が好きではない。事務局がお膳立てをする会議には出たことがない」(渋谷氏)という渋谷氏を座長に抜擢。また、「20年後も働いている」(塩崎氏)ことを考慮してメンバーが集められたため、平均年齢は42.7才となった。一般に、同様の省庁の会議の平均年齢は65才程度が多いという。

また、議論のプロセスも通常の省庁が招集する会議のように、事務局が用意した資料に基づいて進めるのではなく、「ゼロベースで議論をした」(渋谷氏)。会議は各3時間全8回開かれ、ポストイットを使ったワークショップなども行われた。業界の立場からの発言やポジション・トークではなく、本当に考えていることを議論できるように、会議の議事は公開されるが発言者が特定されない「チャタムハウス・ルール」を採用。活発な議論を促しながら、議論の過程の透明性を保った。会議以外の時間も、オンラインで24時間体制で議論できるようにして「(会議が開かれた)3ヶ月間は休みなく関わっていた」(渋谷氏)という熱の入れようだったという。なお、会議のレポートもサイトで公開されている。

シンポジウムでは、冒頭の塩崎氏の講演と、渋谷氏による基調講演に続き、多くの時間が同懇談会メンバーによるパネルディスカッションに割かれ、主に「地域」「総合診療医」「グローバル」について議論された。

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パネルディスカッションでの質問はTwitterからも。ハッシュタグは「#HC2035」

「地域」がキーワードとなるこれからの保健医療


これまで、国などの中央主導で進められてきた医療政策だが、少子高齢化、地域の多様化もあり、最近では地域医療構想が始まるなど、都道府県、市町村といった地域で担うあり方に移りつつある。

同懇談会では、「地域」と言うキーワードが議論されてきた。その背景について、東海大学教授の堀真奈美氏は「少子高齢化が進む中で、地域で暮らす高齢者が多くなり、行政だけではやっていけなくなる。そこで地域コミュニティの重要性がカギとなる」と説明する。また、特定非営利活動法人日本医療政策機構理事の小野崎耕平氏は「医療の課題は、医療だけでは解けなくなる。インフラ、消防、救急といったあらゆる生活インフラや街そのものが健康を支える」として、医療だけでなく、社会システム全体として考えることの必要性を訴えた。

また、同懇談会のアドバイザーを務めた地域医療機能推進機構理事長の尾身茂氏は、「地域医療は言ってみれば複雑系だ。いろんなプレイヤー、システムがある。日本の医療政策はこれまでは微調整をやってきた。主に役所が中心に、関係者が閉鎖的なところで議論をしてきた。だが、この複雑系では、微調整だけでは立ち行かないことが明らかだ。複雑系では誤るとますます複雑になることもあるが、一方で急所を抑えるとものごとが進む。提言書では急所を抑えてある」と言う。

尾身氏によるとその急所は2点。これまでの意思決定のあり方は医療側の利害関係者の調整が優先されてきた。それに対して、「そのガバナンスに国民が入ることもあるし、保険者機能を十分強くする必要がある」。もう一点は「IT、標準化、総合診療医」という。

とはいえ、地域といっても都道府県、市区町村などレイヤーが様々な上、その地域ごとに現状やニーズ、リソースもまちまちだ。渋谷氏は「地域の話をするときに正解はない」とした上で、「ポイントは、すべてを国に正解を求めるのではなく、自分たちで知恵を出していくほかない」と訴えた。

 

中央から地方へ、という流れがある一方で、国として担い進める問題も多数ある。アドバイザーで内閣官房社会保障改革担当室長の宮島俊彦氏は、「地域の人と話していて言われるのは、人材もデータもないと。意思決定の基盤となる人材育成やデータ整備はオールジャパンでやっていくことなのかと思っている」と話した。

「かかりつけ医」としての総合診療医の普及を


 

提言書では、総合診療医の必要性についても強調された。これまでの医師のキャリア形成では、診療科ごとに特化した専門医の育成のみに焦点が当てられてきた。プライマリーケア(初期診療)を担い、幅広く患者や疾患全体を診られる総合診療医の育成は進んでこなかった。「(専門医中心だと)あらゆる臓器のさまざまな疾患を診られる医師が今の日本には絶対的に少ないので、極めて非効率だ。患者は、ドクターショッピングのように医療機関を次々と移らざるをえなくなる」(尾身氏)。

だが、地域医療を支える医師や病院といった医療資源が限られる上、高齢化でニーズが高まる中で、総合診療医の必要性が増している。

シンポジウムでは、会場とTwitter上から質問が投げかけられた。「総合診療医というが、なりたい人はいるのか?」という質問に対して、「総合診療医はだいぶ人気が出てきている。特に若いやる気のある医師でやりたい人は多い。しっかりとした位置付けがあれば増えてくると考えている」と厚生労働省保険局総務課企画官の榊原毅氏は言う。これまで専門医中心に医師の位置付けがされてきたが、総合診療医のポジションを確立するという政策が進んでいるという。

だが、総合診療医ですべてを診るにも限界がある。慶應義塾大学教授の宮田裕章氏は、「総合診療を多岐にわたってやるのはクオリティをはかるのが難しいが、専門医チームとの連携やITの利活用で支えられるのではないかと現場で議論している。ひとりの総合診療医ですべてやるのではなく、職種間連携でチームで支えるということになる」と説明する。

日本の医療政策を考える上での「グローバル」の必要性


これまで、日本の医療政策では、国際的な視野で議論されることはほとんどなかった。一方、今回の提言では、3つの柱のひとつに「グローバル」を位置付けた。その理由について、渋谷氏は「グローバルを見ることで、日本の医療体制の鏡となる。海外から、日本の問題を見ることができる。今後医療の海外展開をしていくことで、日本にもフィードバックがかえってくる。そうしたエコシステムをつくるべきだ。また、人材や財政、地域といった日本の医療が今直面している問題は、海外でも共通する。保健医療そのものはドメスティックだが、グローバルを見ないと動かない」と説明する。

また、冒頭で塩崎氏は、今年1月にダボス会議に参加した際に、海外の参加者から「日本の医療政策がこれまで何をしてきて、これから何をしようとしてきたのか質問を受けた」というエピソードを披露し、「日本が高齢化先進国として進む中、他の国も少子高齢化となっていく。日本がどのようにしてこの問題を乗り切るかは、日本が先進事例になると熱いまなざしを持ってみられていると感じた」と、保健医療におけるグローバルでの視点の重要さを強調した。

国民的な議論を


同懇談会のメンバーは医師、研究者、厚労省の官僚ら、主に医療関係者が多く、提言の内容やシンポジウムでの議論も、医療関係者の立場または医療関係者に対する発言が多く見られた。

一方で、渋谷氏は、「提言書には、あえて議論を喚起するような提案も記載している。国民的議論の端緒をしていただきたい、と書いてあるが、まさにここが言いたかったこと」と強調。保健医療の問題は、医療関係者だけではなく、国民ひとりひとりで考えるものと議論をうながした。

「医者ができることはそんなにあるわけではない。生き方や生き様が重要になってきている。そうした中での医療の役割はどうあるべきか。2035年には保健医療がどう変わっていくかを言いたかった。従来の制度に乗っかったスーパードクターを作って、そこにまかせましょう、ではなくて、医療そのものが変わっていく。その中で議論をしましょう、本当に必要なものは何なのかと」(渋谷氏)

提言書は45Pにわたるが、要点を5Pにまとめた概要版とスライドも公開している(ここからダウンロードできる)。保健医療は、医療関係者と患者だけでなく、すべての人が関わる問題だ(あなたも私も今健康でも、生きている限り健康の問題には必ず直面する。いつ患者になるかもしれない。すぐ明日にも)。20年後を生きる自分のためにも、大切な人たちのためにも、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。