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土着的なものの先にこそクリエイティブがある!ペルーの砂漠村へ渡る太田哲雄シェフの冒険譚|KitchHike

2015年08月14日 15時50分 JST | 更新 2016年10月31日 16時06分 JST

皆さま、こんにちは。続きが気になってお待ちでしょうか、KitchHike編集部のスズキです。

世界中で料理の修行を重ねた太田さんの半生・続編です。19歳でイタリア放浪の旅、マフィアとの出会い、エル・ブジでのタコ狩り......と第1部だけでもドラマティック過ぎましたが、まだ序の口。前編の第1部をお読みになっていない方は、ぜひ読んでみてください!

ブラジル行きを決意していた矢先、ミラノのとあるマダムからの一本の電話で、急遽イタリアに舞い戻った太田さん。今回は一体どんな物語が......まだまだお腹いっぱいになるのは早いですよ!中編・第2部スタートです。

■2011年 ミラノにて「プラダを着た悪魔」のプライベートシェフに


ブラジル行きを急遽改めたほどの依頼とは、何だったんでしょう?

-太田さん (以下、敬称略)

あるミラノのマダムから一本の電話があって。「ちょっと面接来てみてよ」と。エル・ブジは型にはめるタイプだったので、"プライベートシェフ"っていう響きが自由に羽ばたかせてくれて面白そうだなと思い、「ちょっと俺、ミラノ行っちゃうよ!」という感じで面接に行きました (笑)。

面接では、「今はどこで働いてるの?」「エル・ブジです。」「採用!」と即決で。それで働くことになり、給料も当時のイタリア人の倍、家付き・車付き、料理も好きなようにして良いと、何から何まで好条件でした。

ただ、唯一言われたのが、「私を絶対に太らせないでね!」と。加えて、「バターとニンニクは絶対使わない!」「基本的に魚と野菜の料理!」。あとは自由にあなたの好きなように料理をしなさい、と (笑)。

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マダムの食卓。太田さんが日々ミラネーゼの為に腕をふるっていた場所です。

料理人にとって難題ですね......!

-太田

ファッション業界だったので、美意識がとても高いんですよね。そんなリアル「プラダを着た悪魔」に仕えることになって。採用されたことをミラノの友人に報告したら、「これからあなたの大変な日々が始まるのね。」と言われました (笑)。僕はマダムがそんな人だとはそれまで知らなくて。界隈では、「ミラノ三大わがままマダム」と呼ばれている内の1人でとても有名な方でした。

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新聞を読む姿がキマっていますね!

でもイタリア人の家庭に入って料理を作るということにもチャレンジしてみたかったんですよね。日本人が海外のレストランで働く、って今では当たり前じゃないですか。でも普通の家庭で学んでいる人はほとんど知らなくて。自分がやってきたイタリア料理って、はたしてイタリア人の一般的な人たちはどうやって捉えてくれるのか、というのも面白いと思い、僕はそこをチャレンジしてみたんです。レストランよりもむちゃくちゃ大変でしたけどね......色々な意味で (笑)

お察しします (笑)。具体的にどんな生活だったんですか?

-太田

マダムが毎日体重計に乗るんですよ。500gでも増えてたら僕が呼び出されて、「あんた、何考えてんの?このドレス着れないじゃないの!私のジバンシィどうしてくれんのよ?!」と (笑)。

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美しい一皿はウサギのロースト。

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まかない料理のエビの頭のグラタン。「伊勢エビよりも高級な海老(通称:セミエビ)」を仕入に行くこともあったそう。

太らせられないけど美味しい物を作らないといけないので、魚だけの料理でも毎皿構成を変えないといけなかったり。デザートは砂糖を使えないのでフルーツでシャーベットを作ったりしますが、そのフルーツも市場に並んだ朝イチのクオリティがすごく良いのじゃないと食べなくて。

予定もコロコロ変わるので、毎日帰ってくるかこないかをずっと待ち続けて。かと思えば突然友達やお客さんが来ることになったりもして。マダムが食卓のテーマを言うので、ディナーの為に器やテーブルセッティング、部屋の壁紙から何から総替えしたことが普通にありましたね。秋には演出として落ち葉を撒いたり、クリスマスはモミの木を丸ごと入れたりとか (笑)。

召使いも一日中走り回って、秘書も毎日泣いてるんですよ。僕も毎朝7時に買い出しに出かけて。ミラノの大通りを買い物カゴ抱えながら毎日ダッシュしてる東洋人がいる、と界隈でちょっと有名になりましたね (笑)。そんなドMかよ、というような1年半を送りました。

日本人が作ったイタリア料理だと言うと、皆喜んできちんと食べてくれました。人種的な差別がなかったので、僕はすごく働きやすかったですね。料理に関しては、クラシックで伝統的なものも数多く残していたので良かったです。

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野原に摘みに行ったタンポポのサラダ。こんなお料理がまかないで出るなんて、スタッフも幸せですね。

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ときにはミラノ郊外までフルーツを仕入れに。艶やかなフルーツはマダムの好物だったそう。

■「土着的な物の先にこそクリエイティブがある」


リアル・プラダを着た悪魔ですねぇ......!1年半で辞めたというのは?

-太田

1年半でクビにしてもらいました (笑)。ある日呼び出されて、僕を雇うと食材費がすごくかかるので、退職金をはずむから穏便に......と。やっと解放されて念願の南米に行ける!と改めて、いろいろ調べてみたら、最近ペルーが面白くて、ガストン・アクリオさんという高い志を持ったシェフがいることが分かったんです。

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ガストン・アクリオ氏: 世界屈指のペルー料理の名シェフ。現在世界30ヵ国にレストランが開かれている。世界の優れた美食貢献者に贈られるグローバル・ガストロノミー・アワード2013を受賞。国民支持率は大統領候補ほどもある、超人気シェフ。

ペルーは国民の50%が貧困層ですが、ガストンさんは「食が世界を変える」という思想の持ち主で、貧困層の子たちがシェフになって、現状から抜け出せる社会構造を作ろうとしているんですね。料理学校を作って修行させて、ヨーロッパの有名店に送り出して、その後帰国してペルーの底上げに協力してもらうように育てたり。あとペルーでは、コカの葉も主要な生産物なので生活の為に作らざるを得ないのですが、ある村でコカの葉畑をカカオ畑に変えて、チョコレート工場を作ったり。そのチョコレートは、世界の品評会で上位に入賞するまでになりました。

「シェフ=皿の中」ばっかりっていうイメージでしたが、ガストンさんの「料理は国を変える」という大きな発想に惹かれてペルーに行くことにしました。ただ、ガストンさんのレストランは世界ランキングに入るクリエイティブな料理だったので、僕がそこに入ってもペルー料理のいろはが分からない。基礎をどこかで学ばないといけないと思って、まずは地元のレストランで働くことを決めました。すべての料理がそうですが、土着的なものの先にクリエイティブがあるんですよね。

■2013年 念願叶って南米上陸!初の修行先は砂漠と野犬の村?!


それまでのキャリアでも充分だと思いますが、探求心が凄いですね。

-太田

ある街のレストランが雇ってくれることになり、念願叶って南米へ飛びました。飛んだはいいですが、首都のリマにあるのかと思いきや、リマから3時間ぐらい光が一切ない真っ暗な道を高速バスでずっと走り続けてるんですよ。一体どこに連れて行かれるんだろうと (笑)。

そしてやっと着いた村は砂漠の中の集落で、トタンをひっくり返したような家々と荒々しい野犬たち、みたいな環境で。僕の家は道路スレスレの所にありましたが、朝起きたらモトタクシーがあまりにもうるさくて。「一体僕はこれからここで何を学ぶんだろう......?」と思いました (笑)。

治安も悪くて、市場も無許可でそこで起こることは警察は一切関与しないという、現地の人すら襲われるエリアでした。僕はその市場に買いに行くしかなかったので行きましたが......ただレストランの人たちはすごく暖かく迎えてくれて。屋根が無い家もある集落ですが、すごくポジディブで、毎日を楽しそうに生きてるんですよね。

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ペルーでの最初の修行先の村・カニテ。日本の農業学校や、神社が初めてできた村だそう。

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カニテでの修行先「エル・ピロート」での1枚。皆さんが料理しているのは、朝しめたばかりの鶏!

なにか思い出深いエピソードはありますか?

-太田

この村での印象深い出来事ですが、ある日砂漠の砂が原因で気管支ぜんそくになってしまったんです。病院に行ったんですが注射を処方されて、「自分で打て」と (笑)。もちろん自分で注射なんて打ったこともなく、家でやろうとしたけど分からないし、町の広場で聞き回りました。

そしたらあの家で打ってもらいなさいと教えてもらって訪ねたら、ネグリジェ着たおばちゃんが出てきて (笑)。怯えながら真っ暗な家の中で打ってもらいました。別の日は、リマの薬局で注射を頼んだらカウンターで「お尻出して」と言われて。監視カメラに思いっきりうつっていました。数日後には無事咳は止まりましたが。

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やっとの思いで見つけた注射おばさん。臨場感があります......

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ペルーのリマで圧倒的なカリスマ性を持ったテレサさんのお店「エル・リンコン・ケ・ノ・コノセス」。黒人系ペルー料理で有名で、ガストン氏も勉強に来ていたとのこと!皆さん、生き生きしていますね。

今回はここまで!もう充分と思えるキャリアを積んでいても、常に原点からスタートする太田さん。こうして砂漠の1軒目からペルーの最高峰レストラン「アストリッド・イ・ガストン」への階段を上がっていきました。まさに映画さながらのパッション溢れる物語。太田さんの語るドキュメント・ストーリーは、いつまでも飽きさせません。

次回はいよいよ物語の最終章!ガストン氏にも認められ、正社員のオファーをもらいましたが、お断りしてなんと今度はアマゾンの奥地へ?!まさに食うか食われるか命がけのアマゾンの旅のエピソード、世界中で修行した太田さんが語る、猛暑に負けないアツい料理への情熱をお届けします!乞うご期待!

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(2015年7月23日「KitchHike マガジン」より転載)