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専業主婦から町工場の2代目社長へ 注目の女性経営者に聞く、社長業と子育ての流儀

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ラシク・インタビューvol.61

ダイヤ精機株式会社 代表取締役 諏訪 貴子さん

東京・大田区で町工場を営んでいたお父様の急死に伴い、32歳で専業主婦から社長へ。厳しい経営を強いられていた会社に数々の経営改革を行った結果、売上が好転。「町工場の星」と呼ばれ、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013の大賞を受賞したのがダイヤ精機 代表取締役である諏訪貴子さんです。

2代目としてどのように改革を進めていったのか、そして子育てと仕事を両立するために大切にしてきたことを、同じく2代目社長であるLAXIC運営会社社長 株式会社ノヴィータ 三好怜子が伺いました。


社長というのは認める側であって、認められる側ではない
私の悪口を言うことで社員がまとまるならばそれも1つの形


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ダイヤ精機の社員の皆さまと諏訪社長

ノヴィータ社長 三好(以下、三好):お父様が亡くなられて、社長に就任された後、リストラを含め多くの改革を行われていますよね。お父様と違った改革をされたことで、当時は従業員の反発も多かったと思います。どのように改革を進めていったのでしょうか。

諏訪さん(以下敬称略、諏訪):父がいた時代に厳しい状況であった会社の問題点の分析やリサーチはできていましたので、社長就任後は改革をするだけでした。

最初は私だけが悪者になって「あなたたちの底力を私に見せつけて!」というスタンスで入っていきましたね。私の悪口を言うことで働く人たちの間で一体感ができるならそれでいいと。

その後は時間をかけて、1人ひとりとコミュニケーションを取り、徐々に理解してもらうようにしましたね。また分からないことは分からないと素直に聞くということは心がけていました。

三好:最初に社長になって、「私1人を悪者に」というスタンスが取れるのはすごいなあと思うのです。社長って本当は孤独なものだけれども、なかなかそうなれない人が多いのではないかと。

諏訪:過去2回、私が従業員としてダイヤ精機で働いていた時代も、父の悪口を言いながら他の人にとけ込んでいったところはあって、その時に一体感が生まれた経験をしているからかもしれないですね。

三好:私自身は昨年社長になったばかりで、社長就任後に妊娠・出産を経験し、働き方が変わったこともあって、「どうやったら認められるか」と悩むことがあります。

諏訪:社長というのは、認める側なのです。だから認められなくてもいいんですよ。「認められたい」というような不安は社員には伝わるんです。だからこそ「この人についていきたい」と思うような毅然とした態度でないと、社員さんがかえって不安になってしまいます。

私も最初、リストラを決めた時には、全員が他の会社に引っ張られて辞めてしまうかもしれないという覚悟をしました。でもリストラは私の決断だし、やり方です。

もし全員いなくなったとしても、日本中を探せば共感してくれる人も現れるのかもしれないと思い、覚悟を持っておこなったんです。そのくらいの覚悟がないと、自分に負けてしまうんですよね。

私は突拍子もないことをやりますが、最初は社員さんに理解されなくてもいいと思うんです。でも結果を残していけば、次にする突拍子もないことは期待になっていくわけです。それまでは時間もかかりますが、きちんと結果を出しさえすれば、経営者は認めてもらえ、ついてきてもらえるのです。

三好:私自身は、合意を取りながら進めていきたいなと思っているところがあって、試行錯誤をしています。

諏訪:合意を取って、社員さんに「いいんじゃないですか」と言われると、「みんなの合意の元に進めた」という逃げ道にもなってしまうのです。だからこそ私の場合、提案は聞きますが、未来の自分の取り組みに対しての相談はしていません。最終的に責任を取るのは自分ですから。

みんなから意見と提案を聞くことは凄く重要だと思います。でも、そこから何を選ぶかを決めるのは、経営者の仕事だと思うのです。

3日で飽きた専業主婦
仕事は夢や目標があってはじめて続いていく


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ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013大賞受賞時

三好:ダイヤ精機に社長として就任される前の、専業主婦時代にも結婚式の司会業をされたり、精力的に動いていらっしゃいますよね。

諏訪:実は専業主婦には3日で飽きたんです(笑) 「何かやりたい!」と思い、最初はブラインドタッチの練習と思ってはじめたタイピングゲームにはまりました(笑)

会社員時代にタイピングが遅くて悔しい思いをしていたので「苦手を克服したい」と思ったんです。昼間、必死にいいスコアを取っても、夫が家に帰ってきてすぐ抜かれてしてしまう。だから夫に勝つためにものすごく頑張りましたね(笑)

そこから「外に出たい」と感じるようになりましたが「人と話すのが苦手」だったので、それを克服しようと、結婚式の司会の仕事の勉強をするようになりました。

当時の私の目標は「結婚式の司会者になること」だったんです。だからこそ、司会者になるまではめちゃくちゃ勉強したのですが、なった瞬間に目標が達成されてしまい...... 次第に「つまらないなあ」と感じるようになりました。

今考えると「司会者として指名率NO1」とか、違う目標を設定できてればよかったんですけどね。

私、仕事が長続きするのは社長業が初めてなんです。そう考えると、仕事って夢や目標があって初めて続いていくんだなと思いますね。

三好:社長に就任される前に「いつか社長になるかも?」と思っていらっしゃったのでしょうか。

諏訪:社会人になる前は「もしかしたら?」という気持ちはどこかにあったと思いますが、そこには触れていませんでしたね。社長就任以前に会社を手伝っていた時も、父と意見の食い違いがありましたし、父が生きているうちはありえないなと思っていました。2回クビ*にもなっていますしね。

次の社長はもしかしたら息子かなと思いつつ、その前に中継ぎくらいはやるかもしれないな...... と思っていた程度です。

*注)当時の社長であったお父さまに頼まれてダイヤ精機を手伝った際、業務改善のためにはリストラをすべきだと言う提案をして、2度クビになったことがあるそうです。

ピンチの時には必ず助ける!
その安心感が、親子の信頼関係に繋がる


三好:社長就任時は、旦那様のアメリカへの海外勤務が決まった時期とも重なり、諏訪さんにとってもお子さんにとっても環境が激変したと思います。不安はなかったのでしょうか。

諏訪:社長には私しかいないという気持ちで就任したので、不安というよりも、やらなければいけないという気持ちでしたね。

当時、子どもは小学校1年生だったと思います。夫はアメリカに行く前、息子に「お母さんはお前が守らないとダメだぞ」と伝えたんですね。それが本人の心に強く残ったようで、夫に会いにアメリカに行く時も、長時間のフライトにも関わらず私の荷物まで持ってくれるほど頑張っていました。

また私の母は、女性が働くなんて子どもがかわいそうという考えを持っている人だったので「寂しいんじゃないか」と息子によく聞いていたんですが、その度に「僕は寂しくないから大丈夫。お母さんは仕事を頑張っているんだから」と答えていたようです。息子に救われた部分は多くありますね。

三好:小学校時代は学童に行かれていたのですか?

諏訪:実はうちの子は学童を一日で辞めたのです。でも、私は小さい時からこの近くに住んでいて、同級生の子ども同士が同級生ということも多く、コミュニティができていました。

だから息子は放課後にサッカークラブや近所のお友達のうちに行ったりして過ごしていました。その代わり、週末は私がご近所の子ども達を預かったりして、持ちつ持たれつ協力しながら乗り切りましたね。

そんな息子も19歳になり、大学では「国際社会学科」という学問を選び、経営も学んでいるんです。最近は、経営についての話もするようになりました。

公務員になりたいと言っていますが、この間、会社に取材が入った時、息子が「母親がいつどうなってもいいように準備だけはしておきます」と答えていたのには私自身が驚きました。

三好:子育てと仕事の両立の中で、諏訪さんが大切にしてきたことはどんなことでしょう?

諏訪:ワークライフバランスが取れていたかというと、取れていなかったと思うんです。そして、息子にはかわいそうな思いをさせた部分もあるかもしれません。でも彼が困っている時にはとことん付き合うことを大切にしていました。

受験の時もそうですが、息子の様子が少しおかしいなと感じた時は、仕事を休んででも全力で対応してきましたね。会社を3週間休んで対応してこともあります。会社のみんなの協力があってできたことですが、ピンチの時に全力で助けることで、親子の信頼関係がうまれると思っています。

そう言えば昔、私が理不尽だと思った出来事に、父親が一緒になって抗議してくれたことがあったんです。「ピンチの時には必ず助ける」ということは父から学んだことなのかもしれません。

三好:子どもの頃から息子さんを会社に連れてきたり、海外視察に一緒に行ったりされていらっしゃったと伺いました。仕事をしている場を見せることのメリットや、お子さんの進路や考えに影響があったと感じる部分はありますか?

諏訪:これからは女性が活躍していく時代ですから、そう言う意味では女性が働くことが当たり前だと理解していることはプラスになると思います。また、働いているという、いつもとは違う一面を見せることによって「働くこと」や「仕事」についても伝えることができたのではないかなと。

大学などの進路を決める上でも、アドバイスできることは多く、息子自身が頼りにして聞いてくれましたね。

女性リーダーに必要なものは、自分らしさ
一人の女性であり経営者としての自分


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ダイヤ精機(株)代表取締役・諏訪貴子さんとノヴィータ代表取締役社長・三好

三好:女性がリーダーとして社会で活躍するために、必要なことはなんでしょうか?

諏訪:最初は女性がリーダーとしてやっていくために、男っぽくするのが正解だと思っていたんです。でもそうではないなと。

女性は女性らしく働くべきだなということを、社長に就任して4〜5年目くらいで思えるようになりました。私は私でいい。一人の女性であり経営者でいいのかなと。だからこそ女性らしさは忘れたくないし、女子力をあげるために日々頑張っています(笑)

自分を飾りすぎると人は離れていくと思うんです。自分らしい経営をして、結果を残していけば人はついてきてくれます。だからナチュラルな姿勢は大切にしていますね。

ウーマン・オブ・ザ・イヤーも受賞され、本も出版されていて常に注目を浴びる女性経営者である諏訪さん。飾らずナチュラルに話して下さった言葉の一言一言に、根っから経営者体質なのではないかと思わせる強さとしなやかさ秘められていたように感じます。

自分が置かれた環境と指命に立ち向かっていく、仕事も家庭も問題があれば改善するのみ...... 諏訪さんに決断と行動力を教えて頂いた気がします。

【諏訪 貴子さん プロフィール】
ダイヤ精機株式会社 代表取締役

1971年、東京都生まれ。95年成蹊大学工学部を卒業し、大手自動車部品メーカーに入社。出産を機に退職。

2004年、父の急逝によりダイヤ精機株式会社 代表取締役に就任。社内改革を実行し、ゲージ制作で有数の技術を持つ同社を再生させた。11年から経済産業省産業構造審議会委員も務める。同社は、08年、経済産業省「IT経営実践企業」認定。10年、大田区「優工場」認定、「人に優しい部門」部門賞受賞。日経ウーマン主催の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013 大賞(リーダー部門)」を受賞 HP:ダイヤ精機

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