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東京が選ばれなかったら、東北での開催を世界に「予約」してほしい

2013年09月08日 01時47分 JST | 更新 2013年11月06日 19時12分 JST

この記事を書いている最中に、日本が立候補している2020年夏期オリンピックの開催地決定まで24時間をきった。

今回の東京立候補は、何かと批判が多いのは事実である。

そうした意見はよくわかる。例えばオリンピックを契機に東京の都市インフラを強化する、と言う声もあるが、1964年当時と異なり、東京の社会インフラはすでにかなり整備されていて、マスメディアの報道を見てみても、湾岸開発と羽田・成田両空港エリアの整備と連携インフラ強化くらいしか見たことがない。だいたい当の招致委員会自身が「金がかからず、コンパクトな東京開催」というのだから、ちょっとそこは無理がある。そもそも、今の日本の状況の中でオリンピックなんて誰得?という声も無理ないことだ。

けれども、今回の東京立候補を筆者は精一杯支持したい。

いや、そこは結構緩く考えていて、私たちの最大の共通アイコンが「国家」であると思えば、我々にとってのエンターテイメントの一つとして、歓迎すべきだと思うからだ。

日頃、筆者は「国家」とか「日本」という言葉には敏感で、生きている人の集合体であり生きる環境でもある社会こそが本体なので、国なんて幻想に振り回されるな、と思っている。そうは思っているのだが、こういう国単位のゲームでは、やはり精一杯日本を応援してしまう。

それでいいのだと思う。少なくとも「国家」という意識に引きずられた言動が日本の周辺各国で散見される中、「国家」という意識を解体する局面には、日本もまた、ないのだろう。それに、オリンピックは「国家」意識を全開してよい機会としてそもそも設計されているのだ。この際、日本、日本と連呼するなんてと躊躇する必要はない。2020年東京オリンピック開催を、私は国家的イベントとして全力で支持したい。

ただ、筆者がほんとうに考えているのは、これから24時間ほどたって開催地が決まった後の方なのだ。

筆者の心の中には、東日本大震災のことが大きく引っかかっている。

ストレートに言うと、筆者は本質的には、フクイチから200km以上離れた東京ではなく、東北地方(おそらくフクイチからほぼ100kmの距離にある仙台を中心としたエリア)での開催を望んでいる。だから、今回の東京立候補を支持してはいるのだが、それは国家というアイコンを軸にした祭りとして支持している面があるように思っている。

そもそも、福島第一原子力発電所(以下、フクイチ)の地下水問題がこのタイミングで発見されたこともあり、今回も、フクイチの事故処理との関係で「東京の安全性」が問題になっている。筆者は東京で平然と日々暮らしていて、実質的な安全性に問題があるとは感じていない。だが、どうして安全だといえるのだろう。

そもそも、「フクイチは管理できているから安全」なのか、「フクイチは管理できてないが、そこから遠いから安全」なのか、それは大きく違う。もちろん両者は相対的で、フクイチが管理できていれば、安全な距離はどんどん短くなる。つまり、筆者の安心感は、東京が安心であるくらいにはフクイチは管理できている、という安全認識だと思う。

だが、現状のフクイチの管理状況がマスメディアの伝える通りであるとすれば、まだまだ改善の余地はありそうだ。そして、なにより東京より近い仙台エリアでの開催となれば、ちゃんと管理できていて、それゆえオリンピックを東北で開催するに十分だということを、十分検証し、世界に対してそれを納得してもらわなくてはならない。それが現時点で十分にできているとは思えない。

だからこそ、仮に東京が2020年夏期オリンピック開催地に選ばれなかったとしたら、今回は無理でも、将来、それが4年後に決まる24年開催でも、いや12年後に決まる2032年開催でもいいのだけれど、是非、東北地方で開催することを世界に「予約」してほしい。災害から立ち直ったとIOCが認めたら、未曾有の災害から立ち直った日本の東北地方の再生を祝福するためにも、オリンピックを東北地方で開こうと宣言してほしい。我が儘を言わせてもらえれば、毎年4年毎開催の正規大会でなくても、臨時オリンピックを開催させてほしいくらいだ。

こういう無理なことを言うとたいがいツッコミが入るので、せめて、そういう心意気で次は東北オリンピックを目指すことを、日本という国として決意したい。筆者はそう思っている。

それでも、まぁ東京でオリンピックができることは楽しいことはまちがいない。その外部経済効果もおおきいだろう。だからこそ、あと24時間。ブエノスアイレスにいる招致チームには、是非、がんばって精一杯、日本のことを説明してもらいたい。

そして、勝っても負けてもフェアに、潔くいこう。それは我々、国内の声援チームにも言えることで、国内の言説であっても、けしてライバル都市や他国を貶めたりすることがないようにしよう。なぜか近年、他国を妨害しようとか、他国の名誉を貶めようとかする言動が聞こえすぎる。今の時代、たいていの言語でのたいていの表現は翻訳され、ネットを通じて広まるもので、「国内だけの自国民向けの言説」など存在しないということをもう一度肝に銘じよう。

さて、東京の応援だ。