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トランプ氏の移民・難民政策が米国にもたらしうるもの

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選挙期間中ドナルド・トランプ氏は、「不法移民の強制送還」や「イスラム教徒である難民受け入れの制限」など、難民・移民政策についても様々な提案をしていた。同氏は公職経験が無いため、実際に「アメリカ大統領」というポストが手に入り、今後様々な具体的な政策情報が頭に入ってくるにつれ、選挙期間中に出した提案のうちどれが実施可能で、どれがアメリカの国益に得か損かが徐々に分かってくるだろう。選挙期間中に「勢いで」言ってみた可能性のあるアイデアをどの程度実行に移せるか、現時点では不明である。

特に難民の受け入れについては、「シリア難民の受け入れ制限」、「イスラム教徒である難民の受け入れ制限」、「テロ国家からの難民の受け入れ制限」と表現が二転三転しており、それぞれ実際に意味することが大きく異なり一部矛盾するため真意が定かではない。その上で、もし本当に実施を試みたらどうなるかという視点で、繰り返し言及のあった移民・難民関連政策に絞って簡単に検討してみたい。

「不法移民の強制送還」


「不法滞在者」であるため正確な統計は存在しないが、約1100万人の移民が正式な在留資格なくアメリカで生活しているとみられている。そのうち多くが出身国政府から発行された身分証明書を持たないため(英語では"undocumented"と言われる)、どこの国が「正式な出身国」かわからない。

仮にメキシコ国境近くに全員を移送したとしても、身分の不明な者の入国をメキシコ入管が許可する保証はない。また、トランプ氏が繰り返し述べている「メキシコとの壁」ができた後は(その具体的仕様にもよるが)、当然アメリカからメキシコへの入国も難しくなる。

仮に出身国が明らかになった人だけでも空路で送還するにしても、その費用を移民自身や出身国政府が進んで払うはずはなく、アメリカ政府にとって巨額の負担となる。更に海路での送還をもくろんで、不法滞在者を船に乗せカリブ海沿岸国を目指すよう仕向けた場合、正にアメリカ政府が「密航を助長した」ことになる。よって、大規模な移民の強制送還はまず実行不可能であろう。

では百歩譲って、1100万人の不法移民を何らかの手立てを使って強制送還できた場合、一件落着となるのか。実はヒスパニック系移民が突如として消えたカリフォルニアの生活を想定した風刺映画『メキシコ人が居なくなった日(A Day Without a Mexican)』が既に2004年に作られている。

この映画によると、外国人労働者がいなくなった結果、道路にはゴミがあふれ、レストランやピザの配達は軒並み開店休業、庭は荒れ果て、ベビーシッターが見つからず、道路工事や建設業は遅々として進まず、ありとあらゆる社会的機能が麻痺するそうだ。トランプ氏はビジネス感覚には長けているようなので、実際には不法移民全員を送還することなく「見せしめ」程度の人数になるかもしれない。

事実、当選直後のインタビューでは、『不法移民のうちまずは犯罪歴のある300万人を強制送還する』と述べている。

その場合でも、(アメリカだけでなく多くの国が)正規か不正規かを問わず移民の労働力にかなりの部分頼っているという事実を注視した上で政策を実行しないと、不法移民がいなくなったは良いが、自分達の生活が立ち行かなくなる事態になりかねない。

「イスラム教徒である難民受け入れの制限」


アメリカは「第三国定住」という形で毎年約8万~10万人程度の難民を世界各地から受け入れている。現時点では、世界の難民受け入れにおける「覇権国」といって差支えない。しかしこの年間受け入れ枠は国際法上の義務ではなく、数や対象者は各国の政策的判断に委ねられているため、「第三国定住」を介した難民の受け入れ数が大きく削減される可能性はある。特に9月の国連本部で開催されたサミットでオバマ大統領が表明した「シリア難民11万人の受け入れ」は恐らく一旦は白紙に戻るだろう。

難民受け入れ縮小政策により、短期的には難民関連予算が減り「よかった」と思う人もいるかもしれない。しかし中長期的には、アメリカの外交力やイノベーションの大いなる低下に繋がる危険がある。よく知られている通り、キッシンジャーやオルブライトは難民だったし、スティーブ・ジョブスもシリアにルーツ(の一つ)がある。

また実際筆者がニューヨークの国連で勤務していた際も、アメリカ大使の一人は元インドシナ難民だった。祖国の文化や言語に精通している「元難民」が外交官や政治家となり、アメリカと祖国との間の外交政策に携わっていることも、アメリカの外交力の源の一つである。

トランプ氏は「イスラム教徒の難民を制限する」と主張したことが多かったので、イスラム教徒以外の難民の受け入れは続けられるのかもしれない。しかし実際問題として、世界の難民の大多数はイスラム教徒の割合が高い中東・アフリカ出身者である。

そして難民の多くはアメリカ行きを希望するため、少なくとも今までは優秀でバイタリティーあふれる難民が厳しい審査を経て続々とアメリカに渡っていた。そのようなアメリカ行きを希望する難民のうちイスラム教徒を排除しようとすれば、アメリカが難民受け入れから得ていた利益を自ら手放すようなものである。その悪影響は、1年2年というタイムスパンではなく、数十年後のアメリカの外交力やイノベーション力にはっきりとした輪郭となって表れるだろう。

アメリカは、難民を含む移民から成り立っている国である。その国が、移民を強制送還し難民受け入れを制限すれば、それは自ら「墓穴を掘る」ことに他ならない。トランプ政権誕生が、「移民国家としてのアメリカ」、「難民保護における覇権国としてのアメリカ」という国家アイデンティティーとアメリカの国益にどのような影響を及ぼすのか、注視したい。