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「神の国」と「オリンピック」ー新国立競技場問題の本当の責任者についてー

2015年07月29日 01時46分 JST | 更新 2016年07月26日 18時12分 JST

2020年東京オリンピックのメイン会場となる新国立競技場の建設に必要な予算が、デザインが決定した時と比べて大幅に増えた。そのことが問題視されると同時に責任所在が話題になっている。大きく分けて三者が登場している。国と東京都とオリンピック組織委員会である。こういうのは時の常ではあるが、結局は今回も互いに責任を擦り合うといういつもの不細工な結末になっている。

責任はどこにあるのか。オリンピック組織委員会か、国か、東京都か。オリンピック組織委員会の森会長の「誰にも責任はないでしょう」という発言が興味深い。

森喜朗は、85-86代目の日本の内閣総理大臣だったが、失言が多いことでも有名だった。思い出に残るのは「神の国」発言である。実は今回の責任所在と「神の国」がつながるのです。

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(写真 tableatny)

文化功労者で2002年より第16代文化庁長官をつとめた故河合隼雄を思い出す。河合は日本人らしさについて多く研究している。古事記に登場している神々の大きな特徴は「中空均衡構造」であると紹介している。少し要約したい。

古事記の中で最初に名乗られる神は「アメノミナカヌシ」で、そこに「タカミムスヒ」と「カミムスヒ」という神も登場する。しかし、後から出て来た「タカミムスヒ」と「カミムスヒ」がいろいろと活躍するが一番最初に出てきた「アメノミナカヌシ」は中心であるはずなのにそれ以降に文章の中で現れることはない。

もう一組として、ホデリ(海幸彦)とホオリ(山幸彦)も有名ですが、実はその間には何もしない「ホスセリ」という神がいる。

日本で最も尊敬を集めている、太陽の女神である「アマテラスオオミカミ」と月の神である「ツキヨミノミコト」と「スサノオノミコト」の三貴神だが、「アマテラスオオミカミ」と「スサノオノミコト」は激しく衝突などを繰り返しているのに真ん中にいるはずの「ツキヨミノミコト」が無反応のまま存在している。

河合は日本のこれらの神々の動きを見てそこには、責任がはっきりする一神教の国に一般的に存在する「中心統合型構造」とは違い、この国には何もせずただそこにいるだけの神がいたり、センター不在のまま物事が運ばれる「中空均衡型構造」が存在しているのだと言う。複数者が集まり、中心がない状態で、責任の所在は曖昧な状態で物事が決まるのだという。

河合がまだ生きていたら、おそらく今回の新国立競技場の話を、中空均衡構造が神の時代と同じように今に至ってこの国に存在しているのだということを説明する例として取り上げるに違いないと想像する。

森総理の「神の国」の発言を受けて当時の野党から、日本は「政教分離」であることと「国民主権」であるとの指摘を受けた。

この国には、神々の時代から継承された日本らしい、中空均衡構造の文化が今に至って残存している可能性はある。しかしオリンピック開催に向けての意思決定の機関としてここで登場している三者は神とは違う。右肩上がりの成長とは無縁の成熟国家日本で2020年に開催されるオリンピッックは、ひたむきに努力に努力を重ねている選手と民の真心と血税の上で成り立とうとしている祭り事である。意思決定に関わる三者とも、高い志と、芯となる責任をもって公僕となる日本人としてのらしさこそ発揮してもらいたい。

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(写真 gor Zhukov)