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東芝粉飾決算刑事告発、検察の消極論の誤謬

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東芝の不正会計問題に関して、告発をめざして調査を継続している証券取引等監視委員会(以下、「監視委員会」)と検察との間で対立・確執が生じている。

7月にも、歴代3社長の刑事責任を問うのは困難との見方を示した東京地検に対し、監視委員会は再考を求める意見を伝えたこと、経営トップ主導の粉飾決算で刑事事件として立件すべきとする監視委員会側と検察の見解が分かれる異例の展開となっていることが報じられていたが、8月16日には、日経新聞が「東芝不祥事で監視委と検察に異例の溝」との見出しで、あくまで告発にこだわる監視委員会と消極姿勢の検察との確執を報じている。

では、東芝会計不正について歴代経営者を刑事処罰することに関してどのような問題があるのか、告発に対する検察の消極論の論拠はどのようなもので、それはどのように評価されるべきものなのか。

私は、昨年7月に第三者委員会報告書が公表された直後、東芝会計不正が刑事事件に発展するか否かの見通しを尋ねられた際には、消極的な見解を述べた。それは、報告書の公表とその直後の「歴代3社長辞任」で東芝問題が幕引きされたように思える状況の下、その報告書が、「刑事事件への発展」とは余りにかけ離れた内容だったからである。むしろ、刑事立件につながるような要素を巧妙に外しているようにすら思えた。

刑事処罰を行うためには、行為者に「犯意」があることが不可欠である。会計不正、つまり粉飾決算事件についても、「不正な会計処理であることの認識」がなければ刑事処罰を行うことはできない。

しかし、【監査法人に大甘な東芝「不適切会計」第三者委員会報告書】でも詳述したように、第三者委員会報告書は、「経営判断として不適切な会計処理が行われた」「経営トップらを含めた組織的な関与があった」などと経営トップを厳しく批判している一方で、彼らの不正の認識には全く触れておらず、その認識を裏付ける事実についての記述もなかった。

この「不正の認識」について最も重要なのは、会計監査人である監査法人との関係であり、不正な会計処理を行うとすれば、監査法人を「だます」か、「見逃してもらう」のいずれか2つしかないのであるが、第三者委員会報告書は、監査法人が不正を見過ごしたことを窺わせるような記述を随所で行っていながら、「会計監査人の監査の妥当性の評価は調査の目的外」だとして評価判断を回避していた。

東芝の経営陣にとっては「監査法人が違法性を指摘しなかったので、問題ないという認識だった」という逃げ道ができるようになる。そのような報告書の内容を前提とする限り、犯意を認定することができず、歴代社長の刑事責任の追及などとても無理だと考えられた。

しかも、刑事事件の立証においては「動機」が極めて重要である。犯罪というのは、何らかの動機に基づいて犯意が生じ、実行されるのであり、刑事事件の公判では、そのプロセスが明らかにされる。企業犯罪としての粉飾決算事件であれば、事件となった当時の会社の経営状況や、不正な会計処理を行わざるを得なかった事情等も含めて事案の真相を明らかにすることが求められる。

この点に関して早くから指摘されていたのが、東芝の会計不正の背景には、福島原発事故以降、海外での原発受注が不振であった米国の原発子会社ウエスチングハウスの巨額減損問題という「原発事業問題」があったのではないかということだった。

しかし、第三者委員会報告書では、調査対象が⑴工事進行基準案件 ⑵映像事業 ⑶半導体事業における在庫の評価 ⑷パソコン事業における部品取引等の4分野の不正に限定され、会社の全体的状況も、会計不正の動機も全く明らかにされなかった。そして、報告書では、「調査の前提」と題する項目の中で

東芝と合意した委嘱事項以外の事項については、本報告書に記載しているものを除き、いかなる調査も確認も行っていない。

と、わざわざ断り書きがなされ、原発事業問題は調査の対象外とされ、東芝経営陣が不正な会計処理を行ってまで守ろうとしたものが何だったのかという「粉飾の動機」は明らかにされなかった。

しかし、それは、第三者委員会報告書公表時点での話である。その後、開始された監視委員会の特別調査では、上記の2点についての解明が進められているはずであるし、東芝会計不正をめぐっては、その後、多くの状況の変化があった。

まず、粉飾決算の「動機」の問題である。

東芝の会計不正について、誌面で内部告発を呼びかけるという手段まで用いて、徹底した追及報道を行っていた日経ビジネス誌と日経ビジネスオンライン(NBO)が、同年11月に出した(【スクープ 東芝、米原発赤字も隠蔽 内部資料で判明した米ウエスチングハウスの巨額減損】【スクープ 東芝、室町社長にも送られた謀議メール 巨額減損問題、第三者委の調査は“出来レース”だった】)等の記事によって、第三者委員会発足前に、当時の東芝執行部が、米ウエスチングハウスの減損問題を委員会への調査委嘱事項から外すことを画策し、その東芝執行部の意向が、東芝の顧問である法律事務所から第三者委員会の委員の弁護士に伝えられ、原発事業をめぐる問題が第三者委員会の調査対象から除外されたことが明らかになった。

しかも、その中で、当時の田中社長が、社内メールで「今回の課題は原子力事業の工事進行案件と初物案件(ETCなど)であって、それ以外は特に問題がないという論理の組み立てが必要だ。そうでなければ、会社の体質、組織的な問題に発展する。」と述べていたことも明らかになった。

東芝会計不正の本質が原発事業をめぐる問題であり、当時の東芝経営陣は、その問題の本質を、組織的に隠ぺいしようとしたことが明らかになったのである。

粉飾決算の「犯意」の問題に直結する監査法人に関しても、状況は大きく変化した。

東芝の会計監査を行った新日本有限責任監査法人(以下「新日本」)が、公認会計士法に基づき、21億円の課徴金納付命令・3カ月間の新規契約受注業務の停止・業務改善命令という行政処分を受けたことで、新日本の監査手続きに問題があったとの公的判断が示されたうえに、その背景に東芝側の新日本に対する組織的な隠ぺいがあったことが明らかになりつつある。

【最終局面を迎えた東芝会計不祥事を巡る「崖っぷち」】でも引用した、今年4月の文芸春秋『スクープ・東芝「不正謀議メール」を公開する』と題する記事で、米ウエスチングハウスの減損に関し、新日本が東芝に厳しい指摘をしていたこと、東芝側が、その意見に対抗すべく、競合する大手監査法人であるトーマツの子会社(デロイトトーマツコンサルティング)から「工作」の伝授を受けていたこと、そして、会計不正が発覚するや、その不正調査に、会計監査対策に関わっていたトーマツ傘下の公認会計士を起用したことなども指摘された。

東芝側が他の大手監査法人の子会社まで使って巧妙な隠ぺい行為を行っていたとすれば、それは、東芝側の粉飾決算の「犯意」を立証する上で重要な根拠となる。

ここで、検察が、東芝会計不正の刑事事件化が困難な理由の一つとして持ち出しているとされる、長銀・日債銀事件での無罪判決との関係に触れておく必要があるだろう。

前掲の日経記事でも、

特捜部が1999年に摘発した長銀・日債銀事件の影響を指摘する声も聞かれる。両事件では不良債権処理の方法が争点となったが、最高裁は「経営陣の裁量の範囲内で許される」などとして旧経営陣は無罪となった。バイセル取引も「裁量の範囲内」とされるのではないか、と検察は危惧した。

と書かれている。

しかし、長銀・日債銀事件での無罪判決は、東芝会計不正の刑事事件化への消極論の根拠には全くならない。それどころか、この事件での「検察の失敗」の教訓こそが、東芝の粉飾決算を刑事事件化の「糧」となるものなのである。

私は、【検察の正義】(ちくま新書:2009年)で、長銀事件で検察が犯した誤りについて解説している。

長銀の経営破綻に関し、東京地検特捜部は、改正後の決算経理基準こそが1998年3月期に適用されるべき「公正なる会計慣行」だと判断し、「長銀が独自の決算基準を策定して自己査定を歪めた」という粉飾決算の事実を構成して、経営陣を逮捕・起訴した。

しかし、その後、長銀及び同時期に破綻した日債銀の株主らによって、長銀らの旧経営陣と監査法人を相手に破綻の民事責任を問う民事訴訟が提起され、その訴訟で、「1998年3月期において通用していた公正なる会計慣行は改正前の決算経理基準であり、同基準によると、長銀の1998年3月期の決算に違法性はない。」として請求を棄却する判決が相次いだことで、同じ事件を巡って刑事事件と民事事件とで判断が異なる事態となり、それが、刑事事件で最高裁の無罪判決につながった。

長銀事件では、検察の捜査・起訴の段階で、粉飾決算について行政処分などの公的判断は出されておらず、「公正なる会計慣行」について十分な検討も行わないまま、検察だけで判断して起訴したことが、無罪判決という失敗につながった。

検察は、今回の東芝問題について「取引自体は架空でなく、バイセル取引は他メーカーも行っている。禁止する明確なルールもない。」という理由で、刑事事件への消極論に結び付けようとしているようだが(前記日経記事)、それは、全くの筋違いだ。

東芝会計不正では、バイセル取引の悪用による不正も含め、会計不正の事実について、東芝に対しても、会計監査人の新日本に対しても、課徴金納付命令が出され、違法評価が公的に確定している。検察が「公正なる会計慣行」について十分検討せず、会計処理を違法と決めつけてしまった長銀等の事件とは全く異なる。

しかも、東芝側は他の大手監査法人の子会社まで使って、会計監査対策を行っていた事実があるのであり、組織的な不正の隠ぺいの事実が解明されることによって、経営陣を含む不正の認識は一層明らかになる。

さらに、東芝の会計不正をめぐっては、東芝の株主が、東芝に対して会計監査人の新日本の責任を問うための損害賠償請求訴訟を起こすよう求める動きがある。東芝が提訴しない場合、株主代表訴訟が提起されることは必至だ。

その場合、新日本は、「監査証明に係る業務を執行する社員が相当の注意を怠ったことにより、(略)重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明した」とする課徴金納付命令を受け入れているのであるから、監査法人側が相次いで勝訴した長銀・日債銀事件とは異なり、民事訴訟では新日本は厳しい状況に追い込まれることになる。

その場合、新日本側として、唯一の有効な反論主張となるのは、東芝側が、他の監査法人の子会社まで使って組織的な不正の隠ぺいを行ってきた事実を徹底して主張していくことである。民事裁判でそのような主張が行われ、それに関する事実が明らかになることは、間違いなく、東芝の粉飾決算の刑事事件の立証にもプラスとなる。

このように考えると、東芝の会計不正を刑事事件化すること、監視委員会が告発を行うことに何ら問題はないことは明らかだ。検察が、長銀事件を持ち出して、刑事事件化に消極論を唱えているのだとすれば、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」の類だと言わざるを得ない。

「事件化は困難」との趣旨が書かれた東京地検特捜部からの書面を一瞥した監視委幹部が「こんな結論は認められない。検察は全く分かっていない」と吐き捨てた(前掲日経記事)というのも当然である。

この問題に関して私の脳裏に浮かぶのが、約四半世紀前の埼玉土曜会談合事件の告発をめぐる問題のことだ。拙著【告発の正義】(ちくま新書:2015年)では、この談合事件をめぐって、告発をめざす公正取引委員会の動きが、それを断念させようとする検察に抑え込まれた経緯について、当時、公取委への出向検事として事件に関わった私自身の体験も含めて述べている(74頁以下)。

告発見送りを正式に決定した公取委と検察との協議の場で、当時の最高検財政経済係検事が、「そもそも66社もの談合の事件を告発などしようと考えるのがおかしい。そんな事件を告発されたら、検察がどれだけの検事を動員してやらなければならなくなるか。公取委には、排除勧告とか課徴金とか、自分でやれることがあるんだから、それでやっていればよい。」と言い放った(前掲【告発の正義】、97頁)。まさに、「検察の独善」を象徴する検察幹部の発言だった。

前掲日経記事では、「過去最高の課徴金を(監視委員会が東芝に対して)命じた意味をどうとらえるのか。」という検察幹部の言葉が、73億円もの課徴金を課したのだからそれで勘弁してやればいいではないか、という趣旨で紹介されているが、それは、前記埼玉土曜会事件での検察幹部の発言と重なる。四半世紀を経ても、「告発の正義」に対する「検察の独善」は何一つ変わっていないのだ。

今回の東芝の会計不正の背景には、日本の伝統企業の「宿痾(しゅくあ)」とも言えるコーポレートガバナンスの機能不全の現実がある。粉飾決算の刑事事件として事案の真相を明らかにし、その真の原因を追求することが、日本企業のガバナンスに対する国際的な信頼回復のために不可欠である。それが埼玉土曜会事件と同様に、課徴金納付命令だけの中途半端な形で終われば、日本の経済社会に大きな禍根を残すことになりかねない。

金融商品取引法違反事件の刑事告発は、「証券市場の番人」たる行政機関の証券取引等監視委員会の固有の権限である。佐渡賢一委員長の適切な指揮の下、刑事事件化に向けて最終段階の調査が着実に行われ、「検察の独善」に屈することなく、「告発の正義」が貫徹されることを期待したい。

(2016年8月20日「郷原信郎が斬る」より転載)