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【赤ちゃんにやさしい国へ】そこでは私たちの未来が作られていた〜赤ちゃん先生プロジェクト見学記〜

2014年10月08日 17時08分 JST | 更新 2014年12月07日 19時12分 JST

「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」の記事への大きな反響があったことで、子育てについての取材活動を続けているのだけど、その端緒となったのが"赤ちゃん先生プロジェクト"を取材した記事だった。この時【赤ちゃんにやさしい国へ】のサブタイトルを初めて使ったのだ。

【赤ちゃんにやさしい国へ】お母さんはメディアになり、赤ちゃんは先生になる〜赤ちゃん先生プロジェクト〜

読んでない方はぜひ上のリンクから読んでください。今日書くのはその続きになるので。

さて赤ちゃん先生プロジェクトの恵さんがたまたま東京にいらした時に取材したのが2月だった。そのあと、恵さんにもう一度お会いしたかったし、赤ちゃん先生の実際の活動も見てみたかった。どうせなら本拠地・神戸にうかがいたいなと考えていたら、9月にその近辺に出張があった。そこで、仕事の翌日に訪問しようと恵さんに連絡してみた。ちょうど神戸市内の小学校でプログラムが行われるので、それを見学させてもらうことになった。残念ながら恵さんご自身はその日、神戸にいないそうだが、その回の責任者の方をご紹介いただいた。

その日のプログラムが行われる鈴蘭台小学校は神戸市立とは言え、三ノ宮の駅からさらに私鉄に乗って30分ほどの街にある。神戸電鉄という電車に乗り込むとどんどん山の中に入っていき、不安になっていたら突然町並みが現れた。高度成長時代にニュータウンとして整えられた、落ち着きのある住宅地。その中に鈴蘭台小学校はあった。

赤ちゃん先生プロジェクトに初期から参加して恵さんを支えてきた山田博美さんが迎えてくれた。この日から数回に分けてスタートするプログラムの初日だという。プロジェクトに参加しているお母さんのお子さんがこの小学校の生徒で、自分の母親の活動を同級生に見て欲しい、自分の家の赤ちゃんをみんなに見せたいとお子さんの方から頼んできたそうだ。

聞いて驚いたのだが、神戸市近辺ではもともと「赤ちゃん講座」として学校に赤ちゃんを招く活動が前々からあったそうだ。赤ちゃん先生プロジェクトはそんな風土がベースにあったからこの地に生まれたのだろう。

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会場となる教室に行くと、その日のプログラムがボードに書かれていた。9時45分に赤ちゃん先生が入場し、実際に子どもたちと赤ちゃんが触れあうのは9時50分から15分程度。あとは感想を言ってもらって、10時10分には赤ちゃん先生退場とある。そんな15分とか20分程度で短くないのかな?

会場に子どもたちが集まり、5つのグループに分かれて準備が整った。彼らは小学二年生だという。低学年とは言え、果たして現代の子どもたちが赤ちゃんを素直に受け止めるのだろうか。なんかめんどくせー、とか思っちゃってないかな?生徒たちを指導しているのは若い男女の先生と、年配の穏やかな男性の先生。指導していると言うより、先生たちが赤ちゃんと生徒たちの出会いを楽しみにしているのがありありとわかった。生徒たちはそんな先生たちの期待を、わかるはずもないが。

やがて五人のママ講師が、五人の赤ちゃん先生を抱っこして生徒たちの前に現れた。それぞれを紹介する山田さん。生徒たちは、おとなしく聞いている。うーん、興味あるの?ないの?

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5つのグループにそれぞれ、ママ講師と赤ちゃん先生がやって来た。ぞわぞわぞわ。生徒たちがざわめきだした。

おっかなびっくりで赤ちゃんにふれてみる子どもたち。だんだんわーっと声を上げはじめる。ほっぺに触れてやわらかい!手を握って、ちっちゃい!足の長さを比べて、ぜんぜんちがう!いちいち驚いている。わーっきゃーっと喜んでいる。かわいいね、おもしろいね。どんどん盛り上がっていく。いつの間にか、一種の躁状態。子どもたちがハイになっている。

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中には泣き出す赤ちゃんも出てくる。あっちでうえーん!こっちであーーん!子どもたちはたじろぐ。赤ちゃんの泣き声、そのパワーに気圧される。でもなんとか泣きやませよう、あやそうとしはじめる。お茶を渡したら泣きやんだ。そうか、のどが渇いていたのかな?

泣きやまない赤ちゃんもいる。何をしても、泣きつづける。どうやっても、泣きやまない。ぼう然としてしまう子どもたち。泣きやまない時は、泣きやまないんだなあ・・・

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子どもたちがものすごい勢いで赤ちゃんを体感している。赤ちゃんの強烈なパワーを身体で感じている。そして、はしゃいでいる。面白がっている。その可愛らしさを発見している。

一方で戸惑ってもいる。何をしたらいいのか、わからなかったりもする。泣き出すとなんとかしてあげたくなる。意外にかんたんなことでなんとかなったりもする。でもなんとかならない時はどうしようもない。ぼう然とするしかない。

そうやって、赤ちゃんと接するということが彼らにとって一大イベントになったのが見ているとよくわかった。類いまれな体験をしている。赤ちゃんとはどういう存在なのかを身体いっぱいで受け止めているのだ。ここではまさしく、赤ちゃんそのものが先生だ。赤ちゃん先生プロジェクトのネーミングがやっと理解できた気がした。

子どもたちが赤ちゃんを取り囲んで楽しげな様子を見ながら、ちょっとしたデジャヴ感に襲われていた。うーん、これは前にも見た光景だぞ。

思い当たったのは、自分が子どもの頃の光景だった。

ぼくの両親は昭和一桁世代で兄弟が多い。子どもの頃は、正月だ盆だお祝いだと何かと母方の親戚で集まったものだ。母は三人姉妹の長女だった。ぼくと年の近い従兄弟がいたが、叔母たちが新たに赤ちゃんを生んだりもした。その時は同世代の従兄弟が生まれたての赤ちゃんを囲んで、手を握ったりミルクをあげたり抱っこしたり。あらゆることを赤ちゃんにやってみた。赤ちゃんってこんな柔らかいんだ。意外に重たいんだ。よく泣くんだ。記憶の中のぼくたちの興奮は、目の前の平成の小学生たちとほとんど変わらない。

赤ちゃん先生プロジェクトは、昔当たり前にあったのに失われた光景を再現してくれているのだ。地縁血縁が薄くなってしまったこのニュータウンに、21世紀のやり方で地縁血縁を別の形で再生している。赤ちゃん先生プロジェクトは母親たちが孤立しないようにと生まれた活動だが、同時に社会にとっても必要な仕組みなのだ。

嫌みなことを書いてしまうが、数日前にあるライターが書いたベビーカーについての記事が炎上していた。彼はベビーカーなんか必要ないし邪魔なのにわざわざ電車に乗り込んでくるなんてと心の中で思いつつベビーカーの母親に手を貸すと書いて大ひんしゅくを買っていた。ぼくも酷い内容だと思ったが、子どものいない彼には、30代後半になったいままでの人生で、赤ちゃんと接した経験がないのだろう。彼に欠けていたのは、赤ちゃん先生プロジェクトのような体験だった。

時間が来て、赤ちゃん先生たちは子どもたちから離れた。お別れの時間だ。山田さんが子どもたちに感想がある人、と聞くと、坊主頭の男の子が勢いよくハイっと手を上げる。「えっと・・・」手を上げたわりに言葉につまる男の子。「・・・えっと・・・たくやくんは、ずっと泣いてたけど・・・なんか笑顔を見せたなーと思いました!」・・・何を言っているのかわからない。思わず笑ってしまった。だが彼は、きっとどうしても何か言いたかったのだ。赤ちゃんと接してなんだか心が強く動かされて、とにかく何か言いたかったので手を上げてそれから何を言うか考えて出た言葉だったのだろう。その興奮だけは強く伝わってきた。

「他に感想ある人!」「えっと・・・お茶を渡したら・・・泣きやんで面白かった」「小さくて可愛かったから抱っこしたら重たかったけど・・・面白かった」他の子たちも、言いたいことはもやもやしているが、とにかく興奮と感動を伝えようとしていた。そうかそうか、とにかく楽しかったんだな。

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お母さんたちに抱っこされた赤ちゃんにひとりひとりの子どもたちが握手をして別れを告げた。これで20分間。たったそれだけの時間だが、十分だったろう。子どもたちの記憶には赤ちゃんと接した強烈な印象が焼き付けられた。触った感触や大きな泣き声が、身体にも記憶された。子どもたちは今日、赤ちゃんのことが少しだけわかった。残りのプログラムを通して、さらに彼らは何を学ぶか楽しみだ。

赤ちゃんが去ってから、女性の先生が子どもたちに聞く。「みんなどんな気持ちになった?」ハイっとすぐさま手を上げたわんぱくそうな男の子が大きな声で「やさしい気持ちになった!」(もちろん関西イントネーション)・・・そうかそうか、やさしい気持ちになったのか。そんなストレートなことを照れもせずに言われちゃうと、おじさんうるっとしちゃうじゃないか・・・。

そうでなくとも、ぼくは赤ちゃんと子どもたちが触れあっている様子を見ながらずっと目頭が熱くなっていた。いまの子どもたちはもっと冷めてるんじゃないかと勝手に想像していたのだが、こんなにピュアに歓喜するとは。何も促さなくても、子どもたちにとって赤ちゃんは最高に楽しい存在なんだな!可愛くって面白くって、そしてわからない!

赤ちゃんがこんなに愛らしく、でも理解を超えた存在であることを、教えてくれるのは他ならぬ赤ちゃんだ。そこに赤ちゃん先生プロジェクトの力強いコンセプトがあることを、まさに体感することができた。見に行ってほんとうによかったと思う。

終わったあと、先生たちにあらためて紹介していただき、年配の先生にご挨拶したら校長先生だった。若い先生と一緒にジャージで楽しそうにしてらしたので、校長先生とは思わなかった。そこは失礼してしまったが、この催しを楽しむ校長先生は素敵だと思った。きっとこの学校は温かい空気に包まれているんだろうな。

終わってから、ママ講師のお母さんたちと話をした。少し驚いたのだが、お母さんたちがママ講師としての、あるいは赤ちゃん先生の立ち位置とミッションをはっきり自覚しているのがよくわかった。意外なほど冷静に子どもたちを見ていて、自分の赤ちゃんが子どもたちにもたらした影響や心の変化をしっかり把握していた。ママ講師になるためにレクチャーを受けているので当然ではあるが、社会と自分たちとの関係をきちんと自覚している。これも赤ちゃん先生プロジェクトの大きな効用であることが、よくわかった。

赤ちゃん先生プロジェクトは、いまの社会に欠けてしまった事柄を、いろんな角度で補っている。逆に言うと、やはりぼくたちのいまの社会にはシステムとしていろんな角度で欠落があり、それらが少子化にもつながっているのだと言えるだろう。赤ちゃん先生プロジェクトから学ぶべきことは多い。

このプログラムは、会社の業績に追われている人から見ると、悠長に思えるかもしれない。赤ちゃんと子どもが接したからって?こっちは明日の売上に追われてるんだよ!そこにこそ、欠落がある。だから少子化に陥り、明日の稼ぎが得られても二十年後の日本経済は明るさがまったく見えない。

神戸の郊外の小学校で、子どもたちと赤ちゃんの間では明らかに何かが作られていた。会社で業績を追っていても絶対に作れない何かが。それは未来ということかもしれない。未来は作ることができるのだ。子どもたちと赤ちゃんが15分間一緒に過ごすだけで。

※「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」を、無謀にも書籍にします。2014年12月発売予定。

興味がある方は、こちらの↓Facebookページをのぞいてみてください。

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コピーライター/メディアコンサルタント

境 治

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