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産後うつからの回復は自分自身との対話

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医療問題ジャーナリストの熊田梨恵と申します。私は2015年、長男を出産後に「産後うつ」を経験し、初めてその苦しみと孤独を思い知りました。

仕事柄「産後うつ」という言葉は産婦人科医から聞いたことはありましたが、まさか自分がそうなるとは思いませんでしたし、妊娠中は誰からもそんな大変なことがあるとは聞かされませんでした。

私の場合は、産後うつや睡眠不足、片頭痛などから日常生活が送れなくなりました。そんな私がどうやって産後うつの苦しみと向き合い克服していったのか。このブログでは、産後うつ経験者として一つの体験談をお伝えしたいと思います。

前回までは、産後うつになる土台には両親の愛を求める子どもの頃の自分がいて、そのために恋愛依存・DVや摂食障害など数々の依存症が引き起こされ、死の淵に立ったこと、多くの人の助けを借りながら回復の途上に立ったものの、癒し切れなかった過去の傷が産後うつとして爆発したという話を書きました(過去記事のリンクは下)。

今回は、産後うつからどうやって回復していったかを書きます。

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そして私の心身はますます不調になっていき、以前書いたような寝たきり状態にまで落ち込んでいった。

私はうっすらと、自分自身の問題だということ、ここまで自分の心身を追い込んだのは自分だということも分かっていた。

そしてどん底まで落ち込んだと思った時、たまたま亀田総合病院で働いていた時にお世話になった医師に連絡することがあり、彼に現状を告げると一つのヒーリング手法を勧めてくれた。

自分の中にあるネガティブな信念体系をポジティブな信念体系に(例えば私の場合なら「私は愛されない」を「私は周囲や仲間と愛し愛されている」に)置き換えていけるという一つの手法だった(ヒーリングといっても何か怪しげなおまじないではなく、量子力学や心理学の話が多く私には馴染みやすいものでした)。

少し説明すると、ここまでのブログでは「信念体系」という言葉を使ってきたが、心理学等様々な分野では信念体系のほかに「ボトムビリーフ」「ビリーフパターン」「ビリーフシステム」、他にも「認知フレーム」などといった言葉で説明されている。

コーチングやカウンセリング等を少し勉強した方なら耳にしたことがあると思う。

自分の潜在意識の中にあるものの見方の枠組み、台本のようなもので、成育歴、過去の出来事などを基に作られるそうだ。

潜在意識は思考を現実化させる力が顕在意識より強くプラスとマイナスの区別がつかないため、潜在意識は信念体系がどんな内容であれ引き寄せて現実化してしまうと言われる。

人間関係や仕事で同じパターンの失敗を繰り返したり、治ったと思っても元に戻ってしまうのはこの信念体系が変わっていないからだという。(この辺りの話は専門書に書いてあります)

(信念体系が現実に影響を及ぼす例)
Aさんは「私は人から馬鹿にされる」という信念体系を持っている。
Bさんは「私は誰とでも楽しく笑い合える」という信念体系を持っている。
この二人とCさんが3人で会話し、Cさんがあるところで笑うと、
Aさんは「Cさんに馬鹿にされた」と受け止めて傷つく。
Bさんは「Cさんと一緒にいると楽しい」ともっと楽しくなる。
同じ事象であっても、持っている信念体系によって受け止め方が全く異なってしまうということ。日常生活でもよくあることだと思う。 

  
 

私は実家に戻り、療養しながら徹底的に自分と向き合った。

育児休暇を取ってくれた夫や、長年自分が苦手としてきた父と母の助けを借りながら、とにかく自分の内面を掘り下げた。

私は「自分は愛されない」という以外にどんな信念体系を持っているかを洗い出すために、過去を探った。

余談だが、私は、過去に何があったのか、真実はどうだったのか、何がトラウマだったのかという「原因を突き止める」ことは実はどうでもいいと思っている。

それよりも、それらの出来事によって自分の中にどういう信念体系ができ、考え方、見方、行動のクセができたのか、ということが最も重要だと考えている。

それらが現在の日常生活に支障を来たす基になっているからだ。
  
よくカウンセリングや各種セラピーなどでクライアントの過去のトラウマを見つけることに躍起になり、見つけたら指摘して終わりで相手のことはほったらかし、「見つけた私すごいでしょ?」とドヤ顔。

という勘違いした援助者を見かけることがある。こういうタイプは害悪だと私は思っている。トラウマを見つけて相手に伝えたなら、それを解決するところまで担うのがプロだと思うのだ。

突然「これがあなたのトラウマだ」と言われたクライアントはどうすればいいのか。

本人はどうしていいか分からず、傷を浮き彫りにされて苦しくなってしまうだけかもしれない。

もしかしたら苦しみからその傷を日常生活で振りかざし、良好だった人間関係を悪化させ、周囲が迷惑を被ることもあるかもしれない。

中にはトラウマを捏造する援助者もいると聞くが、そうだとしたら、相手の生活が今より悪くなることさえもある(米国で起こったハーマンのトラウマ理論による数々の訴訟がいい例ではないだろうか)。

これは、援助者が相手より優位に立ちたい、社会的に認められたいというエゴだと思う(もしくはその援助技術に相手をはめこんでしまっている)。

そういう援助者はクライアントを利用しているし、共依存に陥りやすい。

クライアントを見ているのではなく、誉められたい、優位に立ちたいという自分を見ているだけだ。そういう人は、まず自分と相手を区別し、自分で自分を癒してから、人を癒すことを考えてほしい。

誤解しないでいただきたいのは、過去の傷やトラウマの存在そのものを否定しているのではない。

その傷によって悲しい、つらい、苦しいと思っている心があれば、それら感情にしっかり耳を傾け、時間を取って十分に癒されるべきだ。

傷付いた自分をほったらかしにしては前に進めないから。

その上で、これから自分はどう生きていきたいのかということを初めて考えられると思う。

過去を思い出す、というのは、今自分がどういう信念体系を持ってしまっているのかを探るための一つの手段だと私は考えている。過去の傷を特定することは、目的ではない。
 
 
そうして私は、過去の傷ついた感情を癒しながら、数々の信念体系を洗い出していった。

私の中にある「私は愛されない」と同等に強固だったのは、「私は頑張り続けなければならない」という信念体系だった。

私は小さい頃、勉強をしていなかったら父に怒られた。

父は私が部屋にいると突然ドアを開けて、私が勉強しているかどうかを確認した。していれば無言でドアを閉めるのだが、してなければ怒鳴り散らして私を叱る。私が家の中で許される行動は家の手伝いと勉強だった。

私の部屋は2階にあったので、父が階段を上がってくる音がしたら、急いで読んでいた漫画をしまって教科書を出した。頼み込んで買ってもらったテレビゲームは、父のいないときにこっそりやった。

私は両親から誉めてもらいたかったが、誉めるタイプの親ではなかったので、とにかく勉強を頑張った。しかし98点をとっても「この2点はなんだ」と言われ、3位をとっても「なんで1位じゃないんだ」と言われる。

私は頑張っても頑張っても、誉めてもらえなかった。しかし、頑張ること以外に誉めてもらえそうな手段は見つからなかったので、頑張るしかなかった。

そのうち、自分の中にいるもう一人の自分が「もっと頑張れ」と自分を追い立てるようになった。誉めてもらえなかったらもっと頑張れと、それでだめならもっともっと頑張れ、それでだめならもっともっともっと頑張れ、それでだめならもっともっともっともっともっと・・・・と。

「頑張れ」の無限ループだった。

どれほど頑張ってもさらに上があり、その上を目指せと私が私に鞭を打った。

鞭を打って頑張れば、「ほらできるじゃないか、今まではサボってたんだ」と頑張った自分を貶めた。そして「もっと頑張れ」と鞭を打った。

その繰り返しで、私は疲弊していく一方だった。

目指す「上」には限りなんてない。結局は他人との比較だからだ。

頭のいい人、美しい人、絵の上手な人、歌のうまい人、運動の得意な人、それぞれの部分で自分より優れいている人なんて世界中にいくらでもいるのだから、上を目指してもキリがないのだ。

本来なら、自分と比較すればいいのだと思う。以前できなかったことができるようになった、今日はこれに取り組めた、とか。以前より前進したり、今日頑張った自分を誉めるのが大事だと思う。そして否定するとしても、自分の人格を否定するのではなく、行動を否定する。「こういう行動する自分は嫌い」ではなく、「こういう行動は良くない。でも自分自身は好き」というように。

そうやって自己肯定感、自尊心は育っていくのだと思う。

しかし、他人と比較され続けた私は、比較することでしか自分の存在を確かめることができなかった。

そうやってできた「私は頑張り続けなければならない」という信念体系は、生活の全てに反映された。

育児、家事、仕事、趣味、ようやく楽しめるようになったお洒落ですらも、すべて「頑張り続けなければいけない」という苦しいものに変えてしまっていた。

では「どういう時に頑張らなくてもいいと思えるのか?」と自分に尋ねると「意識を失うほど疲れて倒れた時」という答えが返ってきた。

前回私が子どもの泣き声に苦しくなって倒れて気を失ったことを書いたが、私の潜在意識がそういう現実を引き寄せてしまった、という見方もできる。

日常生活が不能になって寝たきりになったのも、同じかもしれない。

そこまで理解してようやく、もうこの「私は頑張り続けなければならない」という信念体系は手離していいと思えた。
  
他にも「私は母を守らなければならない」「母と同じ人生を歩まなければならない」「私は犠牲にならなければならない」「私は劣っている」「私は苦労しなければならない」などの色々な信念体系があった。私はそれらを一つ一つ納得して理解し、過去の傷付いた感情も癒しながら、手離していった。そういう作業を、ほぼ1年かけてひたすら続けていった。
 
 
潜在意識レベルで手離したとしても、私の頭や体には長年の考え方と行動が染みついてしまっているため、その軌道修正も必要だ。そちらの方が努力も時間も必要で、今も続いている。私は「考えること、話すこと、行動すること」に注意し、今までのようにネガティブに捉えるクセが出てきそうになったら考える方向を変えたり、気を逸らしたりしながら、頭と体にも新しい思考と行動を覚えさせるため頑張っている。
 
 
そのために頑張っていることが、もし同じように苦しんでいる誰かの参考になればと思い、書いてみる。

私が勉強してきた様々な心理学、心理療法、行動療法、セラピーなどで提案されていることのミックスだが、私が実際に効果があったと思うものだ。

とても地道な作業なので、なんだそんなものと思われるかもしれないが。

  1. 自分を誉める・・・慣れていない人は非常に難しい。どんなことでもいいので誉める。買い物に行った。郵便を出した。料理をした。鉛筆をしまった、開けっ放しのドアを閉めたとか、とかどんな些細なことでもいいので、やったことを無心で書き出し、できたことにマルを付けて誉める。頭の中で誉めててもあまり響かないので、書いた文章を目で見て声に出して誉めるのがポイント。
  2. ネガティブな思いがもたげてきたら「今ここ」に集中する・・・私はゲシュタルトセラピーも相性が良かったが、そこで勧められていることの一つ。モヤモヤしていて、そのモヤモヤが生産性がなく整理しても意味のないモヤモヤである場合は目の前に見えること、聞こえること、肌が感じることなど、「今ここ」で感じることを頭の中に並べる。「コップがある」「人の声が聞こえる」「なんとなく肌寒い」とか。ネガティブな思いはどこかに消え、集中力が増す。また、ゲシュタルトセラピーではないが、無心で「ありがとう」を繰り返し、数を数えていると脳がα波になり、ネガティブな考えから離れやすくなるという話もある。
  3. ネガティブな行動をしそうになったら・・・明らかに過去の自分の影響でネガティブなことをやらかしそうだなと思ったら、自分の周囲にいる自分の好きな人(自己肯定感の高い人がいい)だったらこの場面でどう振舞うだろう? と考え、その人になり切って行動してみる。演劇でその人の役を演じるような感覚で、普段の自分と全然違う自分になって行動できて面白かったりする。新しいポジティブな行動パターンを自分の中に発見でき、別の場面でも応用できたりする。
  4. 休む・・・自己否定する人は自分で思っている以上に疲れているし、体が緊張している。何しろ24時間365日、ずっと自分が自分を否定するのだから。疲れたと思ったら、とにかく休む。寝るだけでなく、好きなことをするとか、嫌なことはしないとか。

簡単に言うと、自分を好きになる(自己肯定感を高める)ための作業かもしれない。

しかし、長年自己否定を続けている人にとっては、右利きを左利きに変えるようなもので、頭と体にその回路がないので最初は戸惑うし、結構大変だと思う。

私も面倒くさくなって以前のネガティブな自分でいいやと何度も思った。

それでも地道に続けていると自己肯定の回路が太くなって、そっちに慣れてくるのだから、人間はいつでもやり直せるというのはこういう意味もあるんだなと思った。

(ただ、「自分が傷ついた」と思って悲しくなっている時は、まず自分の感情をしっかり感じ、癒すことが最優先だと思う。感情が落ち着いてから、これらの行動をとっていくと自分の変化も早いと思う)
 
こうした地道な作業をしながら、私は少しずつ回復してきた。昨年の冬ぐらいに、私はようやく出歩いたり、料理をしたりできるようになってきた。息子と遊んだりもできるようになってきた。

初めての育児で頭が混乱することはしょっちゅうだが、以前のように子どもの泣き声に自分の幼少期の傷が重なったり、頭がおかしくなりそうな感覚はほぼなくなりつつある。
 
 
心の傷の回復や信念体系の洗い出しに使う手法は、人によって相性のいいものであれば、カウンセリングやコーチング、心理療法や行動療法、各種セラピー、なんでもいいと思う。

ただ、私に回復のきっかけをくれた医師からも言われたが、中途半端でなく徹底的に勉強することは大事だと思う。

中途半端だと知識も行動も中途半端になってしまうので、自分の心と体を変えていきたいと思うなら、その道のプロを探して徹底的に勉強することが大切だと思う。

私が産後うつから回復する過程は、自分との対話であり、自分自身を理解することだった。

過程では何度も躓いたが、自分を諦めなかったこと、多くの方々の助けを得られたことで、回復していったと思う。

今でもまだ自己肯定感を高めるための地道な作業は続けているが、以前の自分よりは相当マシになってきた。

少なくとも以前よりは、こんな自分のことが好きだと思えている。
 
 
(2017年5月31日「ロハス・メディカルブログ」より転載)

前回の記事

     ①産後、何が、なぜ大変になるのか? 私が「産後うつ」の苦しみを語る理由
     ②「誰かこれで大丈夫だよと言ってほしい」初めての出産で経験した産後うつ
     ③「抱っこしなければ」の奥底にあるもの 私が産後うつを語る理由
     ④「お父さん、お母さん、私を愛して」幼少期の心の傷が産後うつに
     ⑤「死にたい」過去の傷が引き起こした自傷行為や買物依存、産後うつの土台
     ⑥「普通に愛されたいのになぜ」DV・恋愛依存、産後うつの土台は愛の渇望
     ⑦「太りたくないなら吐けばいい」産後うつの土台にあった摂食障害
     ⑧「こんな世界で生きていたくない」 摂食障害とDVで死の淵に立った私
     ⑨「私が愛し愛されたいのは私自身だった」摂食障害やDV、依存症からの回復
     ⑩「鏡に映る自分が嫌い」から「こんな自分も悪くない」へ-外見コンプレックス解消への挑戦
     ⑪産後うつ「誰か助けて、いっそこの子と...」子どもの泣き声に重なる心の傷