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恋人との楽しい思い出、うつ病治療に効果あり?

2015年08月21日 22時17分 JST | 更新 2016年08月21日 18時12分 JST

うつ病は、"生涯で4人に1人はかかる可能性がある"と言われているのをご存じですか?

うつ病については様々な角度からの研究が行われていますが、今のところ"飲めばすぐ効く特効薬"は見つかっていません。しかし今回、うつ病を発症する以前の幸せな記憶を思い出すことで、うつ症状を改善することができるという研究が発表され、今後の治療成果向上が期待されています。

元看護師ライター 葛西みゆき

光遺伝学の技術で幸せな記憶を再生

うつ病の症状の一つに"過去の楽しい体験を正しく思い出せなくなる"というものがありますが、脳科学者の第一人者である利根川進教授らの研究グループは、"過去の記憶を意図的に甦らせることが、うつ病の治療に効果的であるか"を研究し、その成果を2015年6月18日、有力科学誌ネイチャーにて公表しました。

この研究ではまず、マウスのオスとメスにお見合いをさせて、マウスに楽しい経験を記憶させました。実験中、脳の記憶に関係する神経細胞(ニューロン)に青色光を当て、遺伝学的な手法で楽しい記憶に"目印"を付けました。こうしておくと、いつでもこの神経細胞を活性化させ、楽しい記憶を甦らせることができます。

楽しい体験をしっかり記憶させた後に、マウスにストレスを与え続けると、マウスは普通なら楽しいと感じられる活動を楽しいと感じられなかったり、困難な状況に直面した時に簡単にあきらめたりといった、うつ病のような状態になりました。

そして、再び楽しい経験を記憶しているニューロンを活性化させると、その間はうつ症状が劇的に回復するという結果になりました。

さらに、5日間にわたって1日に2回、15分間この実験を続けてみると、より長い効果が得られることも分かりました。この研究は、脳の神経細胞を人為的に操作することによって、"楽しい思い出"と"うつ症状"との関係を、脳科学的なアプローチで解明したことになります。

記憶保存のメカニズム、真の姿が見えてきた?

前述のような利根川氏らが研究に用いた手法を"光遺伝子学"と呼びます。特定のニューロンに特殊な光を照射することで、そのニューロンを興奮させたり抑制させる手法です。このような光遺伝学の効果については、実は数年前から研究が進められていたようです。

脳には、"記憶強化"と呼ばれるプロセスがあります。これは、ニューロンに物理的または化学的な変化が起き、記憶が脳の中で固まるプロセスです。その前の段階では、記憶は非常に不安定で、外界からの刺激は、まず"記憶痕跡"とよばれる神経細胞群と、それらのつながりの中に蓄えられると考えられています。この"記憶痕跡"細胞同士のつながりを強めるシナプス増強という過程を経て、記憶が長期的に保存されるのです。

これを実証するために、理研の利根川氏らの研究チームはマウスに対して、ニューロン間での情報伝達を行う成分である"シナプス"の増強が起こらないような条件の環境を作り、光遺伝学の技術を用いてマウスの記憶痕跡に目印を付け、これを人為的に操作することで、記憶の固定化プロセスにおける"記憶痕跡細胞自体の変化"を調べました。

研究グループは、マウスを小さな小箱に入れ、弱い電気刺激を与えることで、マウスに"この箱は怖い"という記憶を与え、それと同時に、脳内で記憶を蓄える海馬にある"記憶痕跡"に目印を付けました。その直後に、被験者となっているマウスに、シナプスが増強を抑制する薬剤を投与すると、"この箱は怖い"という体験を記憶しておらず、足はすくみませんでした。しかし、翌日になって別の小箱にマウスを入れ、目印をつけた記憶痕跡を刺激すると、怖い体験を思い出し、足がすくんでしまったそうです。

この研究からは、従来記憶の維持に不可欠と考えられていた"シナプスの増強"は、記憶を保存する時と記憶を取り出す時に重要な役割を担っている一方で、記憶の維持にはそれほど重要ではなさそうだ、ということが分かってきたようです。

記憶は"保存・維持・取り出し"で構成される

ヒトや動物は、楽しいこと、つらいこと、悲しいことなどの体験を、脳内に"記憶"として蓄えています。そして、それを脳内に維持しながら、何らかのきっかけにより、脳内から取り出すことで「思い出した!」となるわけです。

利根川氏らが行っている"光遺伝子学"の研究が進めば、今後も様々な病気の治療や改善に役立ちそうです。例えば、認知症や外傷などによって"記憶が失われた"人は、本当に失ってしまったのではなく、上手く取り出すことができなくなっているだけという可能性が出てきました。また、"幸せな記憶"を思い出すことがうつ病改善に有効ならば、意図的に"幸せな記憶を思い出す時間"を持つことで、症状を軽くできるかもしれません。

うつ病ではない人も、時々"幸せな記憶"を思い起こすことで、精神的に上向きになれるかも。心のセルフケア、試してみてはいかがですか?

参考資料

理研 光遺伝学によってマウスのうつ状態を改善―楽しかった記憶を光で活性化―

Activating positive memory engrams suppresses depression-like behaviour.

理研 記憶痕跡回路の中に記憶が蓄えられる-神経細胞同士のつながりの強化は記憶の想起には不要-

Memory. Engram cells retain memory under retrograde amnesia.

うつ病とは(厚労省HPより)

4人に1人が精神障害に(英語)

(2015年8月22日「http://robust-health.jp/article/cat29/cat37/000577.php」より転載)

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