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シリアの友人からの言葉

2017年04月13日 17時27分 JST

今春私はトルコを訪れた。

世界で一番多くのシリア難民を受け入れている国はどこか?なんとなくニュースなどのイメージでドイツを思い浮かべるかもしれないが、ドイツではない。それはトルコである。

国連難民高等弁務官事務所によるとトルコには、約300万人のシリア難民がいるとされている。

トルコに住むシリア人の生活も様々である。トルコ語を覚えお店を開く者、大学やイスラーム教の学校に通う者、学校に行くことができずに父親の仕事を手伝ったり、街中で物を売り歩く子供など。

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左はイスタンブールのガラタ橋 右はある地方都市のシリア人街

今回お話を聞いた中で一番印象に残っている友人がいる。

彼はシリアのアレッポ出身でトルコの大学に通っている。彼はアレッポ大学にあった学術交流日本センタ-を訪れたことがあるらしく、日本の文化を心から愛してくれていた。

私たちは一緒に町や大学に行ったり、何度も食事し、サッカーも見た、家にも泊めてくれた。

彼はシリアでそこそこ裕福で幸せに溢れた生活を送っていた。

彼が生まれる前、彼の父親は10代の頃にアサド政権とは違う政党を支持したために、政治犯として刑務所に10年ほど入っていた。

私が、シリアに民主主義はあるの?と聞いたら、「アサドが決めてそれに反対する人を取り締まる、それを恐れて人々はアサドを支持する。これがシリアの民主主義だ」と皮肉を込めて答えてくれた。

シリアには政治的自由はないが、それでもとても毎日が幸せだったと語ってくれた。

村全体が家族のようで、年齢差も関係なくみんなで遊び、モスクの先生がバス二台を貸し切りみんなでパルミラ遺跡に行ったりした。モスクの先生はとても素晴らしい人だったが、内戦が始まり先生は殺された。

在英の非政府組織(NGO)「シリア人権監視団」によると6年前に始まったシリア内戦での死者は32万1358人に達し、その内民間人の死者は9万6000人に及ぶ。

彼は、先日シリアに帰った時に自宅を撮ったビデオを見せてくれた。そこには今にも崩れ落ちそうな建物、瓦礫で足の踏み場もない庭が映っていた。

彼ら家族がシリアから逃れた後、反政府勢力がその村を本拠地にし、敵対するロシア軍により空爆され故郷は破壊された。

私が見ていたのは紛れもなく瓦礫の山だったが、彼は違った。

「あそこが俺らの部屋で、あそこでみんなでご飯を食べて、あそこにプールが」と、まるでの幸せだった10年前にタイムスリップしたかのように、彼は少年のような眼差しでビデオを見ていた。

しかし、ビデオの中から爆発音が聞こえ彼は現実世界に戻ってきた。彼の目から涙が流れていた。

そして彼は呟いた「no one no win」と。 その言葉が全てを物語っていた。

内戦開始から6年が経ち、お話を聞いた方の中にはシリアへ帰ることを諦めた人も少なくなかった。そして自分達の存在が忘れられることを恐れていた。

4月に入ってからシリアに関する衝撃的なニュースが入ってきた。

シリア北西部イドリブ県の反政府勢力が支配する町を、アサド政権軍が空爆し、付近の住民から化学兵器の使用を疑われる症状がでており、100人以上が死亡した。

反政府勢力はアサド政権が化学兵器を使用したと言い、アサド政権側は化学兵器の使用を否定している。双方の言い分が食い違っている。

ここでは、どちらが化学兵器を使用したかは論じない。この事件で一番の問題は100名を超える尊い命が失われたことだ。

多くの人がこの事件を語る際、どちらが化学兵器を使用したか、化学兵器の種類は何か、アメリカはロシアはどのような行動をとるのかなどを注視している。

一方で、いったいどれだけの人がシリアの市民に起こった悲劇に胸を痛め、涙を流しただろうか。

いつしか私たちは、シリアで人が死ぬのは当たり前のことだと考え始めていないか?

シリアで行われている大国同士のボードゲームに熱中し、被害者である一般市民から目を背けてはいないか?

欧米でテロ事件が起こった際は、何日間もニュースで取り上げられる。パリでテロ事件が起こった際にはfacebookのプロフィールをトリコロールに変え、皆が事件の被害者を追悼した。

私はこれらの行動を批判しているわけではない。被害者を追悼することは当たり前のことだ。

しかし、同時期にシリアやイラク、レバノン、エジプトなどでテロ事件が起こったが、一体どれほどの人がこれらの国々の被害者を追悼したか?どれほどの人がこれらの事件に関心を寄せたか?

ヨーロッパに住む人と、中東に住む人の命の重さに差をつけるべきではない。

我々はどこか潜在的に、中東でテロ事件が起こるのは当たり前。イスラーム教徒は過激。同じ宗教同士で殺しあっている。だから内戦が終わらないのはしょうがない。といったように考えていないだろうか? 

それら全ては明らかな偏見である。そのような偏見から生じる無関心がこの内戦を長引かせているのではないか?

イスラーム教国を訪れるとアッサラーム・アレイクム(アラビア語の挨拶、あなたの上に平安あれという意味)と言われ歓迎される。

街中を歩いているとフレンドリーに話し掛けてきて、見ず知らずの日本人の私を自宅に招いてご馳走してくれたり、自宅に泊めてくれたりする。

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左はモロッコ、右はヨルダンを訪れた際にご馳走していただいた

なぜそんなに親切にしてくれるのか?と尋ねると、「旅人には3日間まで無償で宿と食事を与えなさい」という規定がコーランに書いてあるからだ、と教えてくれた。

このように「弱者に対する救済」がイスラーム教の最大の道徳であり、これこそがイスラーム教の本来の姿である。テロリズムとは対極の位置にある。

そして、シリア人の友人から日本の皆さんにどうしても伝えて欲しいと言われたことがある。

ISはイスラーム教徒ではない。イスラーム教徒はテロリズムを支持していない。我々のことを恐れないでほしい。イスラーム教は平和を愛する宗教なのだから。

皆さんどうかこの言葉を心に刻んで頂きたい。