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垣内俊哉 Headshot

大阪の彼女とハイチュー

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高齢者や障害者に対して、日本人は無関心か過剰のどちらかで、見て見ぬふりをする人、声すら掛けない人と、お節介までしてしまう人、過剰な配慮をする人に分かれる。かくいう僕がそうだった。いつも見て見ぬふりをしていた。

どちらがいいとか、悪いとかではない。無関心は、日本人特有の遠慮といった配慮の表れで、過剰は、思いやりや優しさが膨れ上がった結果でしかない。人と人との距離というのは、どうにも埋められないことがある。

例えば、夜の街の客引きもそうだ。車いすの僕は、声をかけられることがない。
「対応が大変そう」「段差、階段があるから」「店が狭いから」
何らかの理由で、声をかけることを躊躇しているのがわかる。

特に飲食店は、バリアフリー化が難しいから仕方がないことだ。仕方がないことであり、急いでいる時なんかは楽で都合がいい。それでも、時に、寂しくも感じる。

数週間前、僕にとって、生涯忘れないであろう出来事が起きた。僕の日記に「ハイチュー事件」と記されていることについて書く。

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大阪に出てきている地元の友人と、堂山の阪急東通を歩いている時だった。大阪名物とも言える積極的過ぎる客引きの嵐に、僕ら一行は遭遇していた。

その嵐の中で、一人、若い女の子が声をかけてきた。珍しく、僕に対してだった。

「ガールズバーでぇす。一杯どうですか?」

久しぶりに声をかけられたことに小さな感動を覚えていると、それも束の間、彼女はさらに続けた。

「ウチ、車いす系男子、めっちゃ好きやねん!」

思わず、車いすをこぐ手を止めた。からかわれてるような気がしないでもなかった。でも、やっぱり感動の方が強かった。

「メガネ系男子」の如く、車いすに乗っていることを、「車いす系男子」なんて言える、その感性に衝撃を受けた。

「ありがとー、またこんどなー」と一言、通りすぎようとした。次いで、彼女は「じゃあ、ハイチューいる?」と聞いてきた。いちごのつぶつぶが入った新しいハイチューだった。

「あめちゃんいる?」の大阪で、ハイチュー。そもそも、「じゃあ」の意味がよくわからない。思索を巡らせた末、いよいよ笑いがこみ上げてきた。

究極の「ユニバーサルマナー」、革新的な「あめちゃん文化」に触れ、彼女の提案にノッてやるしかない!と腹を決めた。

引き返そうとするも、ツレはスタスタと先へ行ってしまった。結局、つぶつぶ入りのハイチューは後から自分で買った。

彼女の一言に、意識の変化、時代の変化を垣間見た気がした。大阪という街が、もっともっと好きになった。

(2015年3月15日「ミライロ 垣内俊哉のブログ フロム106」より転載)