2020年の夢を現実にするために トップアスリートのキャリアを切り拓く

2017年02月28日 00時22分 JST | 更新 2017年03月06日 18時36分 JST
toto dream

対談 室伏広治氏 × サニブラウン・アブデル・ハキーム選手


ハンマー投の第一人者として2004年アテネオリンピックで金メダルを獲得するなど世界のトップ選手だった室伏広治さんは、現在大学教授として、さらに東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツ局長(兼 スポーツディレクター)として活躍の幅を広げています。一方、サニブラウン選手はアスリートとしてのさらなる成長を目指し、2017年秋から日本スポーツ振興センター(JSC)の「有望アスリート海外強化支援」事業の支援を受けてアメリカへの留学を予定しています。今後の活躍が期待される若き後輩に、陸上界のレジェンドは何を伝えるのでしょうか?


陸上の魅力は、誰が一番なのかがわかりやすいところ


――室伏広治さんは、2016年6月まで現役のアスリートとして活躍されていました。17歳のサニブラウン選手は2015年から世界陸上などのシニアの大会に出場しています。すでに大会などで顔を合わせ、お知り合いだと伺いしましたが、お互いにどんな印象を持っているのでしょうか。

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室伏 サニブラウン選手は、日本陸上界のホープです。初めて生でトラックを走っているのを試合で見たのは2015年の中国・北京で開かれた世界陸上でした。日本だけでなく世界中が衝撃を受けたと思います。まだまだポテンシャルもあります。日本人選手で、陸上で世界にインパクトを与えるようなアスリートはなかなかいないので、みんなが順調に育って欲しいと願っている選手だと思います。

サニブラウン 室伏さんはいつもフィールドにいて、ハンマーを手にしている力強い人、という印象でした。陸上界の大先輩で、オリンピックで金メダルも獲られるなど世界の頂点で戦ってこられた。すごく尊敬している選手の一人です。

――お二人が陸上を始めたきっかけを教えてください。またその魅力も教えてください。

室伏 私が本格的に陸上を始めたのは高校に入ってからです。父(室伏重信氏)が陸上選手でハンマー投をしていました。父は大学の先生でもあったので、グラウンドに行く機会が多く、学生との交流もたくさんあり、その中で教えてもらいながら始めました。

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サニブラウン 僕は小学校3年生までサッカーをやっていました。でも、チームスポーツにはあまり向いていなかったみたいで。そこで母が陸上を勧めてくれました。好きで始めた感じではなかったのですが、中学生になってタイムが伸び始めた頃から楽しくなってきました。

室伏 陸上は誰が一番なのかがわかりやすい。目の前でタイムや距離がはっきり出ますから。

サニブラウン そのとおりだと思います。走る競技なら速くて一番にゴールした人が勝ちです。観客の方も難しいルールを知る必要はほとんどなく、見たとおりなのでわかりやすいスポーツです。また陸上は道具なしにどこでもできるのが魅力だと思っています。サッカーはボールさえあればできると言われていますが、陸上は場所さえあればどこでも練習できて、どこでも競えますし、裸足でもできます。世界のどこにいても、誰であってもできる、いいスポーツだと思います。チームスポーツに向いていないなと思ったら、ぜひ、やってみてほしいですね。


世界大会を経験したら、もう一度あの舞台で走りたいと思うようになった


――お二人は、いつから世界を意識して戦うようになったのでしょうか。

サニブラウン 2015年からだと思います。いざ、世界陸上に自分が出るとなってから意識し始めましたし、一度、世界の舞台を経験すると「もう一度あの舞台で走りたい!」と思うようになりました。世界陸上の前の日本選手権でシニアの選手と一緒に走ることができたのも、大きなモチベーションになりました。

室伏 ハンマー投は技術を習得するのが難しいので、私の場合は、ずいぶん後になってからだと思います。9歳の時のロサンゼルス大会からオリンピックを見始めて、いつかこういう舞台に自分も出られたらいいなと思い描きましたが、それが現実になるかどうかは別の話です。いろんな環境や先生方の指導をいただいて、自分の人生と向き合うことで、世界を意識して戦うことができたと思います。

サニブラウン オリンピックの最初の記憶は、室伏さんも出場していた2004年アテネ大会で、一番印象に残っているのは2008年北京大会です。100m決勝で初めてウサイン・ボルト選手を見たのですが「なんで、ゴール前で横向いているのかな」と不思議に思いました(笑)。

――2016年のリオ大会は陸上男子400メートルリレー決勝で、ウサイン・ボルト選手がアンカーを務めたジャマイカに次いで日本チームが2位に入りました。サニブラウン選手はケガのため出場することはかないませんでしたが、どんな気持ちで見ていたのでしょうか。

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サニブラウン 決勝は学校の夏合宿中で、長野県の野尻湖で見ていました。部員みんなですごく盛り上がりましたね。ケガがなければオリンピックの舞台に自分もいたのかな、などとも考えましたが、結構客観的に見ていた面もあるので、悔しさとかはありませんでした。まずはしっかりケガを治して、次の東京大会に出ようと気持ちを切り替えていました。いろんな人に色々とサポートしてもらい、栄養やリハビリなどの知識も増えたと思うので、この経験を今後の自分の陸上人生に活かせることができればと思っています。オリンピックに出られなかったのは残念ですけど、2016年はいい年にできたと思います。

室伏 今後、男子の400mリレーは、4人の中で最低2人が9秒台を出すことができればメダルの色が変わってくるチャンスも出てくる。東京大会まであと3年ありますから、サニブラウン選手にもぜひ出てもらいたいと思います。どの競技でもオリンピックで決勝に残ることは本当に大変ですし、今まで日本人選手が苦手とされていたトラック競技で活躍して勇気を与えることは素晴らしいことだと思います。


誰もやってないことをやって、自分の人生を切り拓くための留学


――サニブラウン選手は2017年からアメリカの大学に進学し、アメリカを拠点にします。その決断をした理由を教えてください。

サニブラウン 日本で活動していく道もあったと思うのですが、誰もやっていないことをやってみる、それがいいチャレンジになるし面白いと思ったので、渡米を決めました。もともと両親に留学を勧められていたこともあり、その影響も大きかったかもしれないですね。アメリカの大学は選手のレベルが高く、高い技術を持っている選手といっしょに練習できることは貴重な経験になると思っています。

室伏 周りのアスリートのレベルがより高いところで挑戦するのは刺激になりますし、ぜひ、揉まれて強くなってもらいたいと思います。また、アメリカの大学は競技以外の授業も日本より大変です。陸上だけでなく勉強もがんばることによって、自分の人生がひらけてチャンスが出てくると思うので、両方しっかりやってもらいたいですね。

サニブラウン 陸上を引退した後のセカンドキャリアのことを考えて、陸上だけでなく、世界で活躍できる仕事に就きたいという思いがありました。そのためにも留学が必要だと考えました。

室伏さんは大学教授で、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツディレクターです。陸上を引退した後の、今の仕事はどのようにして選ばれたのですか?

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室伏 サニブラウン選手が考えているとおりで、オリンピックで金メダリストになったとしても、その後の人生は自分でつかんでいかなければならない。私は競技者として成功するだけでなく、大学の先生になることも夢の一つでした。そこで、大学院に進学して、自分の競技にも役に立つ、動作解析などを研究して学位をとる道を選びました。今は、大学教授になるという夢を叶えることができ、アスリートにできるだけ長く競技をしてもらうためにケガの予防などの研究をしています。

一方で、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツディレクターのお話をいただきました。私はスポーツが自分を成長させてくれたと考えているので、恩返しできるまたとない機会だと思い、出場する選手のために各競技団体の調整をするなどオリンピック・パラリンピックの成功のために組織委員会の一員として活動をしています。

ところで、サニブラウン選手はアメリカの大学で何を専攻するか決めたの?

サニブラウン スポーツマネジメントを専攻しようと思っています。

室伏 いいですね。スポーツマネジメントは、経営学も関わってきて、活躍できる分野が広いので、いい選択だと思います。ただ方向性を決めても、自分が本当に向いているものが何かわからないことがありますし、自分が希望していることが向いていることだとは限らない。

せっかくアメリカに行くなら、スポーツだけではない違う分野の先生や仲間と交流しながら、色々なことを吸収してほしいですね。私は大学教授の立場として、常に学生には選択肢を狭めないように言っています。いろんな選択肢を持っていることはアスリートとして必要だと思います。

サニブラウン 非常に役に立つお話です。


東京2020大会は自分にとってはまだ夢の舞台だけど、ぜひ参加したい


――東京2020大会に対する、それぞれの意気込み、どんな大会にしたいかを教えてください。

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サニブラウン 僕にとっては、まだ夢です。オリンピックは夢の舞台ですね。3年後に東京で開かれることすら、まだ信じられないです。3年は長いようで短い感じがします。最高の舞台になるでしょうから、ぜひ参加できればと思います!

室伏 競技者として、オリンピックは「第二の父」だと思っていました。4年に1度のオリンピックを目標にして、あらゆる方向から自分を成長させてくれる存在でした。

今はスポーツディレクターとして、オリンピックの28競技、追加の5競技、そしてパラリンピックの22競技の運営に携わっています。オリンピックの経験者として、本番で選手が十分に力を発揮できるようにしっかり取り組んでいきたいですね。

陸上競技では、短距離で決勝に残ってほしいし、少しでもメダルに近づく選手が出てもらいたい。もちろん、サニブラウン選手にも期待しています。メダルを獲ることが難しい競技ですが、難しいだけにやりがいがあるので頑張ってもらいたいですね。当然、投てき選手の活躍も期待しています。

サニブラウン オリンピックの舞台で、短距離で日本人選手が決勝進出した例は少ないので、より多くそのステージに行けるように頑張りたいと思います。また陸上界の先輩である室伏さんが舞台を整えてくれているので、それに応えられるように、2017年からはアメリカで勉強と競技の両方をがんばっていきたいと思います。

――スポーツくじの収益は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催費用などにも役立てられています。また、陸上競技の若手選手の発掘・育成を始め、地域の陸上競技場の施設整備など多くの活動に役立てられています。「当せんの夢を見て、くじを買って楽しむ」ことが、スポーツ振興のための助成につながるという、スポーツくじの取り組みについてどのような印象を持っていますか。また、スポーツくじの購入を通して陸上をはじめとしたスポーツをサポートしてくれる方々にメッセージをお願いします。

室伏 スポーツをプレーするには、合宿したり食事をしたり、試合に出るにもお金がかかります。スポーツくじによる助成やサポートしていただくシステムは本当にありがたいと思っています。また、選手たちはサポートによって得られた機会を十分に活かしてプレーしてもらいたいと思います。

スポーツは生身の鍛え上げた体で人間の限界までチャレンジしていくその姿を見せることで感動を与えます。今後ともスポーツ界を応援していただき、東京2020オリンピック・パラリンピックでは、4年に1度の大会に自分のすべてをかけるアスリートたちを応援してもらいたいと思います。

サニブラウン 大会や合宿などには選手たちが知らないところで、たくさんのサポートやお金が必要だと聞きました。スポーツくじを買っていたただいて、さまざまなサポートをしてくださる方々に感謝しつつ、今後も競技生活を続けていければと思います。今後とも応援、よろしくお願いします!


アスリートとしての完成を目指し、どんな状況でも結果を残せる選手に


――オリンピックや世界陸上などで世界のトップ選手としのぎを削っていた室伏さんからサニブラウン選手へ、アスリートとして何かアドバイスはありますか。

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室伏 自己管理に尽きると思います。どこに行っても自分の管理ができないということには、一流選手になれない。最悪の状態でもこのくらいの成績を残すことができるというものがないと、オリンピックでのメダルは見えてこない。短距離でオリンピック決勝に残るのは大変なことですが、どんな状況でも結果を残せるような選手になってほしい。

アメリカにはいろんな分野の専門家がいるので、自分をいかに最も調子のいい状態に持って行くかという「ピーキング」という方法を見つけてほしいですね。

私は常に、競技者は二つのことを目指すべきだと言っています。一つは最高の成績を目指すこと。もう一つは自分の競技を追求すること。この二つを成し遂げることが大事です。成績が出ないと1~2年で辞めてしまう人もいますが、みんな調子の良し悪しの波がある。悪いときは自分の走りを追求すればいい。私はサニブラウン選手が最高の走りは何か、ということを考えることによって競技を長く続けられると信じています。

サニブラウン まったく、そのとおりだと思います。記録はもちろん大事ですけれど、9秒台を出すことにこだわるよりも、自分にあったフォームを見つけていくことが、競技者として大切だと思っています。

室伏 自分の走りを追求するというのは、競技に対する姿勢や哲学を全部作り上げないといけない。一人のアスリートとしての完成を目指してもらいたいですね。今後、いろんなことを体験すると思いますが、何か壁にぶつかったら、クローズにしないでオープンに構えると打開策が見えてくるはずです。大学にはスポーツ以外でも道を極めた人がたくさんいると思いますので、そういう先生方と積極的に交流していくことを勧めます。がんばってください!

サニブラウン はい、がんばります!


(2016年12月、東京都港区にて)


■プロフィール

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室伏 広治 (むろふし こうじ)

1974年10月8日、静岡県出身。高校入学後、父室伏重信氏の徹底した指導のもと、ハンマー投をはじめる。1997年、ミズノ株式会社に入社と同時に中京大学大学院体育学研究科に入学。オリンピックでは、2004年アテネ大会で日本人の投てき選手としてはじめて金メダルに輝いた。2012年ロンドン大会では銅メダルを獲得。2014年の日本陸上競技選手権では、前人未到の20連覇達成。2014年6月より東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツディレクターに就任。同年10月東京医科歯科大学教授に就任し、スポーツサイエンス機構スポーツサイエンスセンター長を務める。2016年10月より東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツ局長(兼 スポーツディレクター)に就任。


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サニブラウン・アブデル・ハキーム

1999年3月6日、福岡県生まれ。ガーナ人の父と陸上選手だった日本人の母を両親に持ち、母親の勧めで小学校3年より陸上競技を始める。高校1年時の2014年国体100m(少年B)で優勝し、2015年1月には、東京オリンピック代表選手候補に期待される日本陸上競技連盟の「ダイヤモンドアスリート」に認定された。2015年7月、世界ユース陸上競技選手権大会で100m、200m共に大会記録で優勝し、2冠を達成。同年8月世界陸上の日本代表として男子200mで準決勝に進出。2016年10月に日本スポーツ振興センター(JSC)の「有望アスリート海外強化支援」事業の対象アスリートとなる。2017年の秋期からアメリカのフロリダ大学に進学し、練習拠点もフロリダ州ゲインズビルに移す。


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