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話題の石原さとみドラマ『地味スゴ』 快演で勃発した校閲論争の着地点は

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石原さとみ主演の新ドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(日本テレビ系水曜午後10時)は、あっという間に1時間が過ぎてしまう面白さ。上質なエンタテインメントに仕上がっています。

何よりもまず、石原さとみがピカっと輝き、オーラを放っていて目が吸い寄せられる。スピード感に溢れた演技、「このタコ!」と小気味よいセリフ回し、キレのいい滑舌。

華やかなファッションは千変万化し、目を楽しませてくれる。

物語は......

ファッション誌の編集者を目指して出版社に入社した河野悦子(石原さとみ)。しかし配属先は希望に反して校閲部に。校閲とは、作者が執筆した原稿に誤字や事実誤認が無いかどうか、矛盾点がないかをチェックするという専門性の高い「言葉の番人・職人」。おしゃれ派手好きスーパーポジティブの河野悦子が、そんな校閲部でいかに格闘するかが見所というドラマ。

配役も絶妙です。青木崇高、菅田将暉、本田翼、岸谷五朗といったタイプの違う役者を、上手に組み合わせている。演出はメリハリが効いている。合間に赤字ゲラを配したり雑誌風の誌面や活字を挿入したりと、遊び心も満載。ドラマ作りは文句付けどころがない巧さ。

ところが。

ドラマがスタートした数日後、こんなネット記事が。「放送事故レベルの現実乖離に批判殺到 『校閲をナメるな』」(「Business Journal」 10月8日)。この記事には、現役の校閲者からの批判的な意見がズラリと並んでいた。

簡単にいえば、極めて専門性の高い仕事である校閲において、編集経験のない若手が即大活躍なんてありえない、この仕事をナメるな、いうことでした。

ドラマの中ではたしかに現実離れした誇張も飛躍もある。

校閲の仕事の領域を超えて暴れまくる河野悦子。入社したばかりで超有名売れっ子大作家の作品を校閲し、作家の表現について意見する、といったいくつものシーン。現役校閲者にしてみれば、「とんでもない」ナンセンスな話に映るでしょう。

この批判記事をめぐって、さらにネット上で大議論が勃発。出版業界には関係ない一般視聴者から反論がたくさん寄せられました。.

「ドラマでしょ、厳密さを求めすぎ」「フィクションとして見ればいいのでは」「それを言うなら医療ドラマや警察ドラマは成り立つのか。現実離れのオンパレードだろう」

なるほど、どちらの言い分もうなづける。

「校閲」という仕事について誤解が広がる、と心配する当事者の気持ちも理解できるし、フィクションとしてのコメディドラマなら誇張や飛躍、ディフォルメは許容範囲だろうという視聴者の気持ちもわかる。

広く知られていない専門的な職業をドラマの中でどう描くのか──そんな問いかけのように感じました。

今回の議論の核心を、いったいどこに求めたらいいのでしょう?

私自身も出版界に長くいますが、作家と校閲者、編集者と校閲者はいわばコラボ関係にあります。それは、例えば舞台の上に立つ役者や歌手と、舞台上では見えない大道具小道具担当、照明係、演出家、といった関係にも似ているかもしれません。

つまり、どちらが偉いかという上下関係ではなくて、仕事の内容に「違い」があるだけ。ポイントは、どちらも存在しなければ成り立たない、互いが補完し合う関係だということ。

だからドラマの中で、メリハリや緩急をつけるのはOKでも、仕事に上下関係をつけたり、明暗をつけるのは、NG。私はそう思います。

もし、このドラマに一点だけ注文をつけさせていただくとすれば......

河野悦子という個人にとって「ファッション誌の編集」という仕事は憧れでも、それをわかりやすく表現するために校閲部だけを地下空間に押し込め、ことさら暗く描く必要はない。

単に、別のフロアにすればいい。
全体を俯瞰する「編集」という仕事と、細部を注意深く見る「校閲」。その違いを徹底的に描けばいい。

想像とはあまりに違う仕事に、主人公は最初すったもんだするけれど、次第にその奥深さや凄さに気付く......そこに人間関係、恋愛関係をからめていけば十分に面白くなるのでは。文句なく、人気コメディドラマになるはず。

『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』は応援したいエンタテインメントドラマ。

頑張れ、校閲ガール!

(出典「Newsポストセブン」2016.10.15)