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ウイルスとの戦い

2014年08月21日 00時07分 JST | 更新 2014年10月20日 18時12分 JST
Ramesh Lalwani via Getty Images

  • 小さな攪乱者―ウイルス

「ウイルス」という言葉を聞いただけで虫唾が走るという人は多いことでしょう。この言葉の汎用性は現代社会で一層拡大し、生き物だけでなく電子装置に攻撃を加えるものとしても人々から恐れられています。病気を引き起こす物質なる今日の意味で virus という言葉が初めて使われたのは、記録上 1728 年のことらしい (ON LINE ETHYMOLOGY DICTIONARY)。動植物などの多細胞生物は、一つ一つの細胞から構築されています。細菌も一つの細胞であり、細胞は自己複製をします。一方で、ウイルスは単純な遺伝情報 (DNA あるいは RNA) とそれを覆うタンパク質からなり、ウイルスは独力では自己複製することができません。感染先の宿主細胞が持つ遺伝情報の複製機能を活用してはじめて、ウイルスは増殖することができるのです。

ウイルスは生物なのかどうか、という点については科学者たちにとっても議論の対象となる場合がありますが、とりあえず遺伝情報を持った生物様物質と捉えておくといいでしょう。我々が報道でよく耳にするウイルスは HIV やインフルエンザウイルス、ノロウイルスなどで病気を連想させます。2002 年11月から2003年にかけては原因不明の非定型な肺炎、重症急性呼吸器症候群(SARS)が世界中の人々を恐慌に陥れました。

2002年2月11日、広東省で患者の治療にあたっていた一人の男性がある香港のホテルに滞在していました。その感染者である医師から他の宿泊者にウイルスは感染し、ベトナム、香港、シンガポール、トロントなど世界中に感染が拡がってしまいました(外務省 SARS 安全基礎知識)。WHOが2003年9月26日に発表した2002年11月1日から2003年7月31日までの期間における全世界での感染者数は8,098名、死亡者数774名です。

2014年8月現在では、珍しい型のエボラウイルスを原因とするエボラ出血熱がこれまで流行したことのない西アフリカ地域で発生し、その規模はこれまでの専門家の予測を遥かに超え、拡大の一途を辿ろうとしています(図1)。キーワードは「アウトブレイク」。ギニア、シェラレオネ、リベリアは GDP が10億ドル前後で政治的に不安定な期間が長く、健康インフラに対する投資が不十分であり、マラリアをはじめとする風土病の脅威にさらされ続けている国々です。近代科学を含めた西洋文明に対する理解や信頼が乏しい「前近代的な」土壌も残り、かつ従来の流行地とは離れた地域であったことが今回の被害拡大の原因の一つとなっています。中央アフリカとは異なり、国境を越えた人の行き来が多い地域です。

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図1 (A) 2014年8月時点での西アフリカにおけるエボラ出血熱発症者数と死者数。ギニアでの犠牲者373人(506件中)、シェラレオネ315人(730件中)、リベリア323人(599件中)ナイジェリア2人(13人中)。(B)これまでの発生件数と犠牲者数の推移を示す。赤線で発生件数を、青線で犠牲者数を示す (Fauci., 2014)。

エボラウイルスはどこに潜んでいるのか。確定はしていませんが、フルーツコウモリであろうと考えられています。初めはありとあらゆる動物を片っ端から虱潰しに探索されたものの手がかりが得られませんでした。そこで研究者たちはまず健康な動物を何種類も手元に用意して、エボラウイルスを感染させていくことにしたのです。そこから一つの手がかりが得られ、エボラウイルスを感染させてもあるコウモリは病態を呈さないことが判明しました。しかしながら、野生のコウモリの血清からエボラウイルスに対する抗体は検出されたことがあるものの、エボラウイルス自体が検出されたことがないため、まだ決定的な証拠がそろっていない現状です。例えば、この西アフリカ一帯にみられるもう一つの急性ウイルス感染症のラッサ熱は、自然宿主が西アフリカに広く生息する野鼠の一種マストミスであり、1970年代にウイルスが分離され伝播経路が判明し、感染の発生件数が減少したという経緯がありました。

アフリカにおけるエボラ出血熱の惨禍はどのような背景でおこったのか。本稿では封じ込めに成功しつつあるポリオの場合と比較検討し、これからどのように推移していくのか、読者の皆様と一緒に考えてみます。さらにエボラ出血熱に対抗すべく進みつつある先端研究を紹介し、現代において我々がウイルスに対して持つ武器を把握しておきます。日本では毎年毎年インフルエンザワクチンを大量生産しています。どのような方針で、どのような方法で生産され供給されているのでしょうか。最後にこの点を把握しておき、医薬品のロジスティックを大雑把に捉えてみましょう。

  • 歴史を変えた一人の患者

1921年、ある一人の紳士がポリオに感染したと診断されました。その紳士は、後にホワイトハウスの主となり、大英帝国の宰相チャーチルとともに今日の戦後世界の形成に重大な役割を果たすことになる、フランクリン・D・ルーズベルト (FDR) でした。少なくともポリオウイルスの脅威に怯えることもなく現代の我々が日々を過ごせるのは、健康で丈夫だった壮年の野心家がある日突然(偶然にも)下半身の自由を奪われ、かつアメリカ合衆国の権力の頂点へと登り詰めた、この事実を抜きにしては語ることができないでしょう。

大統領はポリオに対し「宣戦を布告」し、後に "March of Dimes" (10セント硬貨の行進)としても後に知られることになる基金を創設し、ポリオが猛威を振るい社会問題となりつつあった現状を打開すべく政治指導力を発揮しました。この基金が原資となり開発されたワクチンは、世界中の人々に恩恵をもたらすことになります。

1907年 ポリオ(小児麻痺)の原因ウイルスが同定される

1921年 後の米大統領 FDR がポリオによる小児麻痺発症

1938年 FDR、ポリオに対し「宣戦を布告」

1953年 ジョナス・ソーク博士がポリオワクチン(不活化ワクチン)開発

1955年 ソークワクチンの効果が大規模実験により、科学的に証明される

1957年 サビン博士らが開発した生ワクチンの検証実験開始。ソ連を中心に数年間で

  1000 万人もの子供たちに経口投与され、効果が実証された。

1962年 FDA により生ワクチン認可される

この日本も多大な恩恵を受けた国の一つです。日本では1940年代から全国各地でポリオは流行していました。1960年春には北海道を中心とするポリオの流行が発生し、全国で5,606人と届出患者数は過去最大となり、小さな子供を抱く母親たちを恐怖の淵へと追いやっていました。この事態に政府高官は危機感を強め、非常事態の政治決断が下されます。迅速果断な実践がなされたことは、当時国内の認可がない状態で、海外で実績の挙げられていた生ワクチンの緊急輸入の手筈を整え、冷戦当時のソ連から大量にワクチンを入手し、「およそ一か月の間に生後3か月から5歳までの小児に、また、流行地では9歳までの小児にもれなく投与された」事実からも明らかです。「藁をもすがる」思いで下されたぎりぎりの決断は成功裏に終わり、グラフに表れているように日本でのポリオは根絶へと向かいました(図2)。

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図2 ポリオ届出患者数の推移

横軸は年を、縦軸は患者数(人)を示す。1961年には患者数が5,606 人に達した。↓でワクチン導入、定期接種が示されている。

http://www.jspid.jp/journal/full/01902/019020189.pdf

1988年には全世界で35万件と推計されていたポリオ発生件数は2013年にはたった407件へと減少し、劇的な改善を見せています。天然痘の地上での根絶に成功を収めた人類ですが、ポリオウイルスについては2014年現在残り 1% の駆逐に苦戦を続けている現実があります。2014年3月、最も根絶が技術的にも難しいと考えられていたインドで、ポリオ根絶が発表された時には関係者の間には楽観論すら流れていました。当初の計画が延びに延び、2014年が終わるまでに地上からポリオウイルスを根絶することが目標にされていたようですが、この達成は困難と見積もられています。根絶を達成できていない国や地域の政治情勢が政策実行に色濃く影響を与えているからでしょう。報告書を読むとWHO はじめ、関係者が理論的には根絶可能であるのに実現されない現状にもどかしさと不満を抱き、政策が遅々として進まない目標未達成の国の政府関係者に対し、苛立っている様子がにじみ出ていました。

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図3 ポリオ根絶への歩み

赤色はポリオが根絶されていない国を、白色はポリオが根絶された国を示している。左が1988年当時の状況で、右側が2014年4月29日現在の状況。アフガニスタン、パキスタン、そしてナイジェリアが赤色で塗られている。

http://www.cdc.gov/polio/progress/

世界で野生株のポリオウイルスが生き残っている3カ国は、アフガニスタン、パキスタン、そしてナイジェリアです。これら3カ国はイスラム過激派の動きも活発であるという共通点があります。ただし、アフガニスタンではウイルスの封じ込めには成功しつつあるとされており、根絶に成功すると考えられています。パキスタンには北西部に中央政府の権限の及ばない FATA と呼ばれる地域があります。

FATAはアフガニスタンと隣接したパキスタン北西部に広がる地域で、さまざまな部族が居住しており、広く自治権が認められています。パキスタン政府もこの地域の管理を伝統的な部族長会議「ジルガ」に委ねてきました。その結果、貧困削減や経済開発への取り組みが遅れ、1998年の国勢調査によれば、 FATAに住む成人男性の識字率は29.5パーセント、女性は3パーセントと、パキスタンの全国平均(注1)よりもかなり低い水準となっています。しかも 近年は、タリバンなど武装勢力の拠点地域として、パキスタン政府・米国の対テロ対策の対象地域とされています。2009年10月に始まったパキスタン軍に よるFATA南ワジリスタン管区における軍事作戦以降、数十万人規模の国内避難民が発生し、人道・復興支援への取り組みが急務となっています。しかし、治安の問題からJICAも現地に足を踏み入れることができません(JICAA)。

(http://www.jica.go.jp/topics/2009/20100122_01.html)

ポリオワクチンを持った医療関係者たちも同様に足を踏み入れることが難しい地域となっています。2012年12月以降で医療関係者やセキュリティーチームを含め、80人以上の犠牲者を出し、今年に入っても、ポリオチームが道路に仕掛けられた爆弾や、バイクに乗った狙撃手の犠牲になっています。Bhutta 博士は Nature news の記事の中で、アメリカの秘密諜報作戦や無人爆撃機による攻撃によって、人心の中に生じた医療関係者に対する根強い不信感が影響していると分析しています。特に、なぜポリオに対策が集中しているのか疑念を強く抱く住民も多く、他の感染症対策とパッケージにする活動を行えば、アフガニスタンのように受け入られやすくなる可能性があると博士は考えています。今年の6月には次のような報道がありました。

 

米オバマ政権が、予防接種を装ったCIA(中央情報局)の情報収集活動を今後は行わないと決めたことが分かった。パキスタンで医療チームがテロの標的となるため活動が困難になってポリオ(小児まひ)が広がり、国内外で批判が高まっていた。

 2011年に米軍がパキスタンに潜伏していたオサマ・ビンラディン容疑者を殺害した作戦を巡っては CIA が、協力するパキスタン人医師を通じて、予防接種を装ってビンラディン容疑者の家族らからDNAサンプルを採取したとされている。

 この後からイスラム武装勢力が本当の予防接種もスパイ活動と疑うようになり、予防接種に携わる医療関係者が殺害される事件が発生。パキスタン政府や国連の活動が困難になっていた(朝日デジタル 2014年6月12日17時51分)。

 中東の混乱も重なり、ウイルスはパキスタンの国境を越え、シリアやイスラエルへと飛び火しており、懸念が深まっています。ナイジェリアは2013年7月から2014年3月にかけて、ワクチン接種率が目標である 80% に到達していた地方政府の割合が45%から92%へと劇的な改善を見せていました。しかし、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」の活動や、2015年に行われる総選挙に政治家が集中し、ウイルスの封じ込めに対する意識が希薄化する懸念が増しているようです。ナイジェリアから南ソマリアへとポリオウイルスは飛び火しています(南ソマリアではアルシャハブがワクチン投与を禁じており、脆弱な地域とされている)。またカメルーンはじめ周辺国でのポリオ流行 (outbreak) の原因ともなっており、根絶に向けた絶え間のない取り組みが必要とされています。

ナイジェリアは北部地域を実効支配できておらず、パキスタンは北西部に実効支配が及んでいないという共通の特異な点があります。たいていの場合、「国家」は国民から税金を収奪し、人間が生きていくのにはおよそ不要な存在であると捉えている人もいるかもしれません。しかし国境まで支配できていないという、およそ国家の体をなしていない政情不安定な「地域」では、インフラ整備や感染症といった社会問題が発生して、「悪魔」がのさばる姿が可視化されているように見えます。我がニッポンはナイジェリアに資金を貸付け、その取り組みを推進すべく協力しています。人道的な面からも、世界に冠たる民主主義大国として、日本が果たせる役割は大きいものがあるのです。

  • アウトブレイク

まずは用語の整理から入ります。

エンデミックとエピデミックはどちらも「流行・地方流行」などと訳されることが多いが、明確に区別しなくてはならない。感染症のエンデミックは一定の地域に一定の罹患率で、または一定の季節的周期で繰り返される常在的な状況である。特定の地域に強く限定される場合は「風土病」と呼ぶ。

一方のエピデミックは一定の地域にある種の感染症が通常の期待値を超えて罹患する、またはこれまでは流行がなかった地域に感染症がみられる予期せぬ状況で、一定の期間に限られた現象である。エンデミックは予測することができるが、エピデミックでは予測は困難である。エピデミックの規模が大きくなった状況を outbreak と呼び、エピデミックが同時期に世界の複数の地域で発生することをパンデミック (pandemic) と呼ぶ(国際保健用語集)。

ギニアを中心とする今回のエボラ出血熱の流行は、outbreak だと考えられています。

すなわち、本来この型のエボラウイルス (Zaire) が原因で流行が発生する地域とは離れた、予想外の地域で大規模な流行が発生しており、今後の予測は困難だということです。アウトブレイクは、感染症対策が脆弱な地域で流行していることを意味し、今回のように被害の拡大に拍車をかける危険性が高まるのです。よって専門家が「アウトブレイク」という言葉を使った時には、注意を払う必要があります。西アフリカでは、5種類存在するエボラ出血熱のうち、感染者の致死率が90% という厄介なウイルスが猛威を振るっている可能性があると考えられています。

たしかに専門家の中には、もともとギニアに潜んでいたエボラウイルスが原因ではないか、

Zaire の配列と3% 異なることを根拠に議論している研究者もいますが、本当にギニアに潜んでいたものならば、もっと配列が異なるはずだ、と主張する説の方が腑に落ちます。一方で本当に Zaire 型であれば従来致死率は 90% にもなるとされていたため、今回の致死率 60% を鑑みて、本当に Zaire 型なのかどうか結論付けるのは難しいところです。

人が潜伏先のポリオウイルスと違い、エボラウイルスは恐らくコウモリの一種と人との接触が着火点となります。未だ伝播経路の特定には至っておらず、発症者の病態は発熱・嘔吐・下痢といった他の疾患でも見られるようなもので、エボラ出血熱かどうかの判別が難しいという面があります。また親族が亡骸をきれいに洗って送り出す風習などが残っており、感染の拡大の原因ともなっていると考えられています。自分たちの手で家族を送り出すことができないことも仕方がない面があると、納得するには相当の教育が必要となります。納得できず習慣が否定され続けた場合は、その分だけ住民側の抵抗も強くなります。

先進国の医療関係者が感染拡大を防ぐべく、地域の慣習を阻む当然の対策は、やがては住民の怒りや不信感を増幅し、必要な対策をとるのが困難となる場合も多いといいます。悪い噂は広まり、ただでさえ困難な状況をさらに悪化させています。「新参者どもは遺体から臓器を回収し、人体実験をやっているのだ」。

1976年以来、20回以上のアウトブレイクがこれまでに発生しましたが、犠牲者数は1600人に満たないほどでした。それが今回のアウトブレイクでは既に 1000名を超える尊い命を奪い去ってしまった。なぜ今回の規模はこれほど大きいのでしょうか。

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図4 主要なアウトブレイク(エボラ出血熱)

紫色は1976-2012 年の間に発生したアウトブレイクを示す。赤色は2014年の現在進行中のアウトブレイク(7月23日時点のもの)。円の大きさは凡その被害規模を示している (Reardon., 2014)。

これまでの事例では、多くが都市部ではなく田舎・郊外で発生しており、発生後は感染者及び感染者と接触したものを割りだし、隔離することで人から人へのウイルスの連鎖反応を断ち切ることに成功していました。その結果、ウイルスの拡大を特定の地域で食い止めることができていました。一方で、今回アウトブレイクが発生した地域は都市部でも発生しており、感染者とその接触者を割り出すことすら困難です。国境を越えた人の移動により、ギニアからシエラレオネ、リベリアへとウイルスの嵐は拡大しました。長年政争に明け暮れた、国民の信頼の薄い政府が実行する政策はうまくいくこともなく、権威ある政府関係者ばかりでなく医療従事者に対しても強い不信の目が向けられているのです。先日は群衆たちに感染者が連れ出される事態が発生しました。

  • Something is Better Than Nothing

2014年8月19日 NHK web ニュースで以下の記事が掲載されました。一部を引用します。

日本時間の12日夜、スイスのジュネーブで会見を開いたWHOのキーニー事務局長補は「この異例な 規模での感染拡大において、未承認の薬の使用は倫理にかなうという点で専門家の意見は一致している」と述べて、安全性などが最終的に確認されていない未承認の薬の使用を一定の条件の下で認める方針を明らかにしました。

具体的には患者に薬のリスクなどを事前に説明したうえで本人の同意を得ることや、地元政府などの理解を得ることなどが必要だとしています。

現在のところ、ワクチンが2種類、モノクローナル抗体(開発者多数)、RNAi の技術やウイルスの一本鎖 RNA に特異的に結合し、その機能の破壊を誘導するためのアンチセンス鎖が開発されているようですが、いずれも実用段階には程遠い。開発者は公的機関や企業、両者のコラボなど開発体制は様々です。実際にはどのような代物なのでしょう。

ウイルスの糖タンパク質を認識する3種類のモノクローナル抗体を混合した薬品である ZMap は、実際に2名のアメリカ人患者と一人のスペイン人患者に投与されました。効果は証明されていませんが、アメリカ人2名は助かり、スペイン人は亡くなりました。未承認薬ですが効果が期待されている薬剤の一つです。抗体生産コストを削減すべく、植物に感染するウイルスをベクターに用いて、抗体生産をタバコ科植物に担わせる技術が用いられています。植物 1Kg あたり 0.5g の抗体が得られるようです (Giritch et al., 2006)。

この抗体カクテルの利点としては、他の方法論では今のところ感染前に投与されて効果を発揮するのに対し、ZMap は感染後24hr、そして 48hr の投与で効果が認められていることでしょう。

2005年にラッサ熱ワクチンの開発を報告したフェルドマン博士は、今回のアウトブレイクは避けられたはずだ、と語ります。自身の開発したワクチンの有効性を信じ、ワクチン開発に資金が集まらず、実用化が遅々として進まない現状に苛立ちを隠せないのでしょうか。

動物実験の結果から、ラッサウイルスの粒子構造を物理的に破壊し、不活化したワクチンではラッサ熱発症を防ぐ効果は見られないが、生ワクチンを用いると効果的であることが認められていました。ウイルス除去に細胞性免疫が重要であり、ウイルスの外皮タンパク質がズタズタに壊れた状態となる不活化ワクチンを投与されたところで、本物のウイルスの除去には役立たないのでした。

ただラッサウイルスそのものをワクチンとするわけにはいかないことから、フェルドマン博士は別の種類のウイルスを用意し、その一部の遺伝子をラッサ熱の遺伝子と置換してラッサウイルスの部品を一部もつ遺伝子組み換えウイルスを用いることを考えました(図5)

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図5 ラッサ型のグリコプロテイン (GP) を持つ水泡性口内炎ウイルス (VSV)

(左)ラッサウイルスの GP を発現する VSV の模式図。N; ヌクレオカプシド, P; リン酸タンパク質, M; マトリクス, L; RNA ポリメラーゼ、LVGPC; ラッサウイルスのグリコプロテインをコードする遺伝子。緑の丸はラッサグリコタンパク質を示す。

(右)実際の遺伝子組み換え VSV の電子顕微鏡写真像 (Geisbert et al., 2005)。

2004年に発表された論文では、マウスを用いて人工生ワクチンの効果が検証されていました。その中で、エボラウイルス型のグリコタンパク質 (ZEBOVGP) を発現する VSV (VSVΔG/ZEBOVGP) で免疫したマウスは、致死量のエボラウイルスを与えても少なくとも 28日間は生存することが明らかにされていました。他のウイルスのグリコタンパク質を発現する VSV では効果はなく、また不活化ワクチンも効果がないことが示されていました(図6; Garbutt et al., 2004)。

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眼前の悲劇をただ黙して眺めていることしかできないのか。

"Something is Better Than Nothing"

ある研究者の語った言葉ですが、多くの研究者の集合的意識はこの言葉に集約されているでしょう。エボラ研究に長年従事してきた研究者は、もし自分が不運にも感染してしまった場合は迷うことなく未承認薬の治療を求めるだろう、と言っています。

40年間で2400件ほどの報告しかなかった感染症に対し、十分な研究資金や治療法開発資金が分配されることは合理的ではありませんでした。十分な資金が提供されなかったことは、長年の研究の歴史があるのに、研究の最終的な果実である商品(治療薬)が一つとして市場に出回ることがなかったことが雄弁に語っています。研究のための研究などに、上の言葉を残すような研究者たちが価値を置くはずはない。とはいえ、現実的にはこのような状況であり、研究者たちの成果は次回のアウトブレイクで試されることになるのでしょう。

補遺

インフルエンザワクチン

国内で提供されるインフルエンザワクチン製造は、WHO の監視網と国内独自の監視網から得られた情報に基づき、流行の恐れのある型を3種類ほど選定することから始まります。選定過程の議事録が公開されているので、ご興味のある方はご覧になってください。

ウイルスは大量の鶏卵に打ち込まれ、その中で増殖します。その増殖したウイルスを回収・精製し、化学処理によって副作用をもたらす脂質成分を除去し、不活化したウイルスをワクチンとして使用しています。最近では鶏卵を用いた手法では、効果を発揮できない型のウイルスが出現しているようです。

現行の卵で製造されるワクチンの問題点と改善への展望

2012/13インフルエンザシーズンは、A(H3N2)ウイルスが国内や多くの諸外国で流行の主流であった。このシーズンは、ワクチン効果が低かったと 国内外から批判が出ているが、これはウイルス流行予測に基づくワクチン株の選定の問題ではなく、上述したようにワクチン株の卵馴化による抗原変異がワクチ ン効果を低下させていることが原因となっている。この卵馴化は、2006/07シーズンからB型ワクチン株で問題視されていたが、2008年以降は A(H3N2)ワクチン株でも顕著になって来ている。現行のインフルエンザワクチンが卵で製造される限り、この問題の根本的な解決は極めて困難であり、ワ クチンの製造基剤を変えるしかない。現在、国内および諸外国では培養細胞を用いたインフルエンザワクチンの製造に切り替えつつあり、これら細胞培養インフ ルエンザワクチンに期待したい

(IASR Vol. 34 p. 336-339: 2013年11月号)

日本の取り組み

ほとんど報道されることはないニュースですが、ナイジェリアを含む西アフリカ諸国に対する支援を日本政府が行うことが決定されました。外務省のホームページからそのまま引用します。

ナイジェリア連邦共和国に対する円借款に関する書簡の交換

1. 5月26日(現地時間同日),ナイジェリア連邦共和国の首都アブジャにおいて,我が方庄司隆一駐ナイジェリア大使と先方オニェブチ・チュク保健大臣 (Mr.C.O. Onyebuchi Chukwu, Honourable Minister of Health)との間で,「ポリオ撲滅事業」につき,82億8,500万円を限度額とする円借款に関する書簡の交換が行われました。

2. 対象案件の概要

 この事業は,ナイジェリア全国の5歳未満児を対象に,ポリオ・ワクチンを投与するポリオ・キャンペーンを実施するためのポリオ・ ワクチンの調達費用を支援するものです。約4億7,600万ドース(ドース:1回当たりの経口摂取量)のポリオ・ワクチンが調達されることでポリオ予防接 種キャンペーンの実施を支援し,同国のポリオの早期撲滅に寄与し,同国における保健医療状況の改善,民生の向上に貢献すると共に,ナイジェリアの野生株が 原因と見られる周辺国へのポリオ・ウィルスの伝播を未然に防ぐものとして,この協力には大きな意義があります。

 また,本件は,ナイジェリア政府 がポリオ予防接種キャンペーンを着実に実施した場合,ビル&メリンダ・ゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation. マイクロソフト創始者ビル・ゲイツ氏らが設立)がナイジェリア政府に代わり我が国に対して円借款を返済する予定であり,円借款を呼び水とし民間の財団の資 金を動員しようという協力です。

シエラレオネ、リベリア及びギニアを始めとする西アフリカ諸国で発生したエボラ出血熱対策のための緊急無償資金協力

1 本4日,我が国政府は,国際連合児童基金(UNICEF)を通じて,ギニアにおけるエボラ出血熱対策に資する物品調達等に対する約52万ドル(約5,040万円)の緊急無償資金協力を実施することを決定しました。

2 本年2月,ギニア南部のマセンタ県,ゲケドゥ県で熱病が報告され,3月22日,エボラ出血熱であることが確認されました。その後,首都コナクリ5県他で,4月3日までに疑い例を含む発症者137名(内死亡者86名)が確認されるなど感染が急速に拡大しており, 緊急の対応が求められています。

文献

Fauci AS. Ebola-Underscoring the Global Disparities in Health Care Resources.

N Engl J Med 2014

Garbutt et al. Properties of replication-competent vesicular stomatitis virus vectors expressing glycoproteins of filoviruses and arenaviruses. J Virol 2004;78(10):5458-65.

Gisbert et al. Development of a new vaccine for the prevention of Lassa fever.

PloS Med 2005;2(6):e183.

Giritch et al. Rapid high-yield expression of full-size IgG antibodies in plants coinfected with noncompeting viral vectors. PNAS 2006;103(40):14701-6.

Reardon S. Ebola treatments caught in limbo. Nature 2014;511(7511):520

平山宗宏. ポリオ生ワクチン緊急導入の経緯とその後のポリオ

小児感染免疫 2007(19);189-196