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マララさんの自伝「勉強への飢餓感がない若い人こそ読んで」 翻訳の金原瑞人さんと西田佳子さんに聞く

2014年02月10日 21時23分 JST
Anadolu Agency via Getty Images
ISLAMABAD, PAKISTAN - OCTOBER 8: Pakistani teenager activist Malala Yousafzai's book, 'I Am Malala' seen in a bookstore on October 8, 2013, in Islamabad, Pakistan, on the eve of the first anniversary of an attack on her by Taliban. Malala Yousafzai, an activist for girls' education and a contender to win the Nobel Peace Prize later this week, The autobiography ''I Am Malala'' written with the British journalist Christina Lamb published around the world on Tuesday. (Muhammad Reza - Anadolu Agency)

パキスタンで女性の教育の権利を訴え、2012年10月にイスラム武装勢力タリバーン に撃たれたものの奇跡的に一命をとりとめたマララ・ユスフザイ さん(16)。記者(中野)は、マララさんが銃撃された当時は新聞社のパキスタン駐在でした。タリバーンの暴力に憤るとともに、意識が戻らぬマララさんの病状が気が気でなりませんでした。

事件の発生からマララさんがイギリスに到着するまでを、日々、取材して記事を日本に送りました。彼女が搬送された首都イスラマバード近郊の病院に駆けつけると地元記者であふれかえり、そこに首相や有力政治家も姿を見せました。地元紙やテレビは連日、マララさんのニュースで埋め尽くされました。パキスタン国民にとって一大関心事であることを実感し、さらに世界中にマララさんを心配する輪が広がっていくことに驚きもしました。

その力とは何なのか。マララさんの自伝「わたしはマララ  教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女」は2013年秋に英語版が、同年12月には日本語版(学研パブリッシング)が出版されました。その翻訳を手がけた金原瑞人さんと西田佳子さんにインタビューしました。金原さんは「勉強への飢餓感がない若い人こそ読んでほしい」と話しています。

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タリバーンは女性が教育を受けることを禁じている。マララさんは11歳の時から、パキスタンのテレビなどで、タリバーンは間違っていると主張してきた。一方のタリバーンは、「イスラム教に反する考えを民衆に広めようとしている」ことを理由としてマララさんを暗殺する声明を出し、マララさんへの攻撃を実行した。しかし、結果的にマララさんを世界中で有名にすることになった。「本とペンこそが私たちの武器」。マララさんはそう語る。

malala book

「わたしはマララ」を翻訳した金原瑞人さん(左)と西田佳子さん

――翻訳をして、マララさんにはどんな印象を抱きましたか。

金原 (学校を創立して経営する)お父さんは積極的でボジティブな性格。マララさんはそれを受け継いで楽天的です。親子の絆も強い。幼いときには、お父さんに気に入られようと頑張っていました。タリバーンから脅迫状がたびたび届くので、学校のみんなが怖がります。でも、マララはひるまずに、学校に行くことをやめませんでした。

西田 マララさんは家族に本当に愛されて育ったから周りのみんなを愛せるのかな、と感じました。授業中にぼんやりと「学校の帰りに襲われたらどうしようか」と想像する場面があります。「靴を脱いで、敵をぶんなぐってやろうか。いや、それはやめよう。自分までテロリストになってはいけない」と考えます。面白いです。萎縮するタイプではないですね。

――いまでも思い出す場面はどこですか。

西田 ずっと気を張って頑張って生きてきたマララさんは、タリバーンに撃たれてイギリスの病院に移送されました。泣き言を言わずに一人で我慢していたのですが、病室にお父さんとお母さんが入ってきて再会した途端に、大声を上げて泣く場面があります。「まだ15歳の女の子なんだ」と改めて思いました。そんな女の子があれだけ立派なことをやっていることを、すごいと感じました。

もう一つ、エピローグの中で、(2013年7月に行われた)国連本部でのスピーチの後に母親が泣いている場面があります。ついつい母親の立場に立つというのか、「お母さんよかったね」と思って読みながらウルウルしていまいました。英語はイギリスに行ってからさらに上達したように思います。

――英語の原書を読んで感じたことはありますか。

西田 英語のネイティブの表現ではないところがいくつかありました。(共著のジャーナリスト)クリスティーナ・ラムさんが直したり構成を考えたりもしたのでしょうが、マララさんが自分で英語で表現した部分が多いのだろうと感じました。

パキスタンはあまりなじみのない国なので分からないことが多かったです。インターネットで調べ、年表を机の上に貼って訳しました。英語そのものは難しくはなく、読みやすかったです。最後の方にある、国連スピーチは原書には含まれていなく、日本語版に加えました。

――日本の読者に感じてほしいことは何ですか。

西田 マララさんが、パキスタンでの無人機攻撃をやめるよう、アメリカに求めているということはあまり知られていません。アメリカのことが好きなわけではないんです。マララさんを批判する人たちは、特にTwitterなんかには結構書かれていますが、「無人機で殺される少女もいる」「マララさんのように頑張っている女の子は世界にほかにもたくさんいる」などと言います。でもそれはそれ。この本を読んだら意見が変わると思います。

金原 マララさんが「もっと勉強をしたい」と強く思う気持ちは日本人には伝わりにくいでしょう。日本は豊かで、若者には勉強への飢餓感はありませんので。僕も大学で教えているから、「勉強するって面白いことなんだ」ということを伝えたいのだけれど、なかなか難しい。だから、多くの若者にこの本を読んでほしいと思っています。格差やテロ、戦争、平和問題など世界の問題がすべて詰まっています。彼女は将来、パキスタンで政治家になりたいと言っています。日本の若者には、そういう人はほとんど見かけません。

――2013年にノーベル平和賞の候補になりましたが、受賞を逃しました。

西田 アメリカのCNNに対して、長い目でみるとノーベル賞よりももっとほしい賞があると話しています。たくさんの子どもたちが学校に行って、もっと多くの学校が建てられて、多くの先生がいるという光景を見ること。それが「最高の賞」なので、それを手に入れたいと語っています。

マララさんがイギリスから母国パキスタンに帰れる時がいつ来るのだろうか、と心配してしまいます。先日も、パキスタンのマララさんの出身地の近くで予定されていた出版記念のイベントが、地元当局から警備を拒まれて中止を余儀なくされました。武装勢力と地元当局、軍などとの関係も複雑なようです。状況が良くなってほしいですね。

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金原瑞人(かねはら・みずひと) 1954年生まれ。法政大学教授・翻訳家。翻訳書は400点以上。訳書に「豚の死なない日」や「武器よさらば」など。

西田佳子(にしだ・よしこ) 1965年生まれ。英米文学翻訳家。訳書に「赤毛のアン」「小公女セドリック」「新訳 オズの魔法使い」「花言葉をさがして」など。

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この本を読むと、取材に走り回った当時を思い出すとともに、マララさんの心の内や人となりが分かりました。約400ページと少し厚いのですが、読みやすいですし、金原さんの言うとおり、世界の諸問題への関心が増すと思います。

マララ・ユスフザイさん画像集
マララさんが通っていた学校 パキスタンのミンゴラで