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プティ・ミュゼは心のベンチ~ここらでホッと~

2015年02月21日 18時10分 JST | 更新 2015年04月21日 18時12分 JST

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医療の使命は「抜苦与楽」すなわち、苦痛を取りのぞき心地よさを与えることにあります。医療は医学だけで対処できるほど生易しいものではありませんので、ほかのさまざまな力を借りて目的を果たさなければなりません。それにはどのようなものがあるのでしょうか?

人間の精神活動は、煎じ詰めれば、科学・宗教・芸術に収束していきます。この三つを抜苦与楽の観点から見ると、

(1)技術的に苦痛を除去させるのが科学

(2)精神的に苦痛を回避させるのが宗教

(3)代替的に苦痛を忘却させるのが芸術

となります。

これを現場に即して少し詳しくお話ししますと、科学に関して言えば、もちろんわれわれ医療者は、医学のみならず、心理学や社会学などの周辺科学の知識を総動員して、少しでも患者さんの苦痛を取りのぞこうと努力します。

近年は緩和ケアの方法論もずいぶんと患者さん寄りのものとなり、医薬品の開発も急速に進みました。さらに、麻薬そのものも手軽に使えるようになったため、がんの末期でさえ、身体的な苦痛を取りのぞくことは、技術的にそれほど難しい作業ではなくなりました。

それでもわれわれがどんなに頑張っても、患者さんの心のひだの奥深くにまで分け入ることはできません。

科学という概念がまだ確立されていなかった古代、医なるものは宗教に包摂されていました。薬師如来というコンセプトは医療システムそのものであるし、抜苦与楽という言葉は元来仏教用語です。抜苦与楽の手段として、宗教が十分使えるツールである以上、医療者はもっと積極的に宗教とかかわりを持つべきであると考えます。

わたしは個人的に仏教の奥義は「どうでもいいじゃん」ということであると認識しています。こだわらず、とらわれず、とどまらず、苦痛からもひらりひらりと身をかわす、それが仏の教えであると思います。近年、臨床宗教家を名乗る宗教人が出てきたことは、とても心強いことだと思います。

芸術には、苦痛を忘れさせる力が本来備わっています。しかし単なる鑑賞者にとどまっていては、そこまでの境地に至ることはできません。その壁を克服するヒントが日本の美の神髄にあります。

茶道や華道、あるいは歌舞伎や能などの伝統芸能などでもしばしば見られるように、日本の美の神髄は「取り合わせ」にあります。それぞれ一つずつでも十分に美しいものを、絶妙な間合いで組み合わせることによって、いかに美しさの相乗効果を引き出すか、先人はその行為そのものに大きな価値を認めてきました。そしてこれこそまさに鑑賞が新しい創造になる瞬間です。

小さな美術館「プティ・ミュゼ」は、みんなの心の中にあります。扉を開ける秘密の呪文は、「プティ・ミュゼは心のベンチ~ここらでホッとひと休み」。

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プロフィール

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河内 文雄 

大学病院を経て、医療法人社団以仁会  稲毛サティクリニックにて「町医者」を務める。「待合室から医療を変えようプロジェクト」代表。