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米朝「チキンゲーム」は続く(3)消えた米国の「斬首作戦」--平井久志

2017年07月07日 17時19分 JST

米国のトランプ政権は、2月中旬から約2カ月かけて対北朝鮮政策の見直しを進めてきた。

トランプ政権は、オバマ政権の「戦略的忍耐」と呼ばれた対北朝鮮政策は失敗したと断定し、武力行使から北朝鮮を核保有国として認めるという選択まで、すべてのオプションをテーブルの上に上げて再検討をしたわけだが、結局は常識的な線に落ち着き、それは「最大限の圧力と関与」という言葉で集約された。

北朝鮮に経済、外交的なあらゆる圧力をかけながらも、最終的には「関与」(対話)に持ち込むという政策だ。

米韓合同軍事演習が4月30日に終わると、米国は微妙な姿勢の変化を見せ始めた。トランプ大統領は5月1日に、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長を「なかなかの切れ者(pretty smart cookie)だ」と言って見せたり、「私が彼と会うことが適切であれば、私は断固として会うつもりだし、それを光栄に思う」とまで言ってのけたりしたのだった。

「軍事的圧迫」をかける米国

一方、米軍は4月26日と5月3日に、西部カリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地からICBM「ミニットマン3」の2度にわたる発射実験を行い、約6400キロ離れた太平洋のマーシャル群島付近に落下させた。北朝鮮への軍事的な圧迫とみられた。

さらに米軍は5月30日、米本土を攻撃するICBMを想定した初の迎撃実験を太平洋上で行い、成功させた。国防総省によると、太平洋のマーシャル諸島クェゼリン環礁から発射した模擬のICBMを、太平洋上の海上配備型Xバンドレーダーが追尾し、バンデンバーグ空軍基地から発射した地上配備型迎撃ミサイルが迎撃した。

米国は中距離弾道ミサイルを想定した迎撃実験を過去17回行っているが、成功したのは9回で、必ずしも信頼性は高くなかった。過去の実験では、標的を破壊する迎撃ミサイルの弾頭部分が本体から分離しないという問題が生じるなどしたのだ。さらにICBMは、中距離弾道ミサイルよりも速度が速いため、迎撃がより難しいとされる。米国のICBMの迎撃実験は初めてだったのだが、無事成功した。

さらに米軍は、米海軍横須賀基地を母港とする原子力空母「ロナルド・レーガン」を5月31日までに日本海に投入した。日本海では、空母「カール・ビンソン」が既に活動中で、異例の空母2隻態勢で北朝鮮を圧迫した。

日本も報復の対象に

マティス米国防長官は5月19日の記者会見で、北朝鮮問題を軍事的に解決しようとすれば「信じられないほどの規模の悲劇」をもたらすと指摘し、「米国は国連、中国、日本、韓国と協力して現状から抜け出す策を見つけることに取り組む」とした。

さらに同国防長官は5月28日、『CBSテレビ』との会見で、北朝鮮と軍事衝突すれば破滅的な戦争になる、と発言した。北朝鮮が米国にとって直接的な脅威であるとしながら、北朝鮮のロケット砲が「地球で最も人口が密集した地域の1つであるソウルを射程に収めている」と指摘したのだ。

米国はクリントン政権時代の1994年に、北朝鮮・寧辺の核施設への攻撃を計画したが、 北朝鮮の報復攻撃で膨大な犠牲者や負傷者、さらに経済的な打撃を受けるとして、断念した経緯がある。

それから20年以上が経過し、北朝鮮の核・ミサイル能力が飛躍的に向上している中で、軍事的な方法で北朝鮮問題の解決を図ろうとすれば、米国は、同盟国の韓国が「信じられない規模の悲劇」に見舞われるという現実に直面したといえる。その悲劇に日本が巻き込まれる可能性も高い。

日本でも安易に北朝鮮に対する「敵基地攻撃」を主張する人たちがいるが、日本がそうした軍事的な行動に参加すれば、韓国だけでなく日本も報復の対象になることは自覚すべきであろう。朝鮮半島では、軍事的な解決はテーブルの上に置くことが事実上、不可能だということである。

米国の「4つの基本方針」

米国務省のジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表は5月25日、訪米中の韓国の国会議員らと会い、米国の新しい北朝鮮政策である「最大限の圧迫と関与」の具体的な中身について説明を行い、その中で米政府の「4つの基本方針」を明らかにした。

ユン特別代表が示した米政府の「4つの基本方針」とは(1)北朝鮮を核保有国として認めない(2)北朝鮮に全ての制裁と圧力を加える(3)北朝鮮の政権交代を推進しない(4)最終的には対話で問題を解決する――というものであった。

米韓間ではこれまで、金正恩党委員長を含む北朝鮮首脳部を除去する「斬首作戦」なども、対北朝鮮政策の1つとして議論され、米韓合同軍事演習では、斬首作戦の一環ともいえる精密攻撃などの演習も行われたといわれる。

しかし、米国政府は北朝鮮政策の洗い直し作業の中で、こうした方法による北朝鮮指導部の交代を追求しないことを決めた意味は大きい。

マティス米国防長官が指摘しているように、朝鮮半島で軍事力を使った問題解決に出れば、米国は勝利できるが、同盟国の韓国を中心に、場合によっては日本を含めて膨大な被害が出るために、事実上、軍事的な解決策は使えなくなった。その延長で、斬首作戦も追求しないという方針だ。

しかし、トランプ政権がオバマ前政権と異なるのは、(2)の「北朝鮮に全ての制裁と圧力を加える」という政策だ。

これは北朝鮮に対して、外交や経済を動員してあらゆる圧力を加えていくという方針で、中国だけでなく、東南アジア諸国や北朝鮮の労働力を受け入れている国などにも、政治・外交・経済の各方面から働き掛けを強め、北朝鮮を追い詰めようというものだ。

究極的には対話に応じるが、その対話の場に北朝鮮を導き込むために「ムチ」のレベルではなく「ハンマー」で殴るほどの強い圧迫を加えようという政策のようにみえる。

しかし、米国が、北朝鮮問題の解決は最終的には「対話」しかないと考えていることは重要だ。北朝鮮が「制裁と圧迫」で体制崩壊に追い込まれるというのは幻想に過ぎない。米国も最終的には、北朝鮮と対話するしかないという認識を持っている点は意味がある。

問題は制裁と圧力を掛けて、どの段階で対話に転換するかである。そのタイミングの読み方が問題となるが、トランプ政権の米国と文在寅(ムン・ジェイン)政権の韓国には大きな差があるようにみえる。

「斬首作戦」を意識している金正恩氏

金正恩党委員長が、米韓の北朝鮮指導部を除去するという「斬首作戦」を意識していると思わせるいくつかの兆候があった。

例えば、元日や金正日(キム・ジョンイル)総書記の誕生日(2月16日)、金日成(キム・イルソン)主席の誕生日(4月15日)などには、金正恩党委員長は午前零時に、金正日総書記と金日成主席の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿を訪問していたが、最近は正確な時間が報道されなくなった。

これはこうした記念日に金正恩党委員長がいることが確実視されれば、攻撃目標になりかねないということを恐れての措置とみられる。

韓国の情報機関である国家情報院が6月15日、国会の情報委員会で行った非公開の報告では、「金正恩党委員長は情報機関を動員し、(自身に対する)米韓の斬首作戦についての情報を収集することに血眼になっている」とした。

国情院は、米韓の斬首作戦への対応として

「金正恩氏は米軍が(衛星などで)偵察できる時間帯には、活動しても早朝に動き、地方を訪問する時は自分の専用者には乗らず、他の幹部の車を利用している」、

「米韓の斬首作戦に備えて警備を強化している」

と報告した。国情院によると、金正恩党委員長は地方へ出張する時は、専用車のベンツを使わず、幹部に贈った多数あるトヨタのレクサスを使っているという。(つづく)

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平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2017年7月4日フォーサイトより転載)