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豪潜水艦受注競争「敗北」の本質

投稿日: 更新:
HAKURYU
GARDEN ISLAND, SYDNEY, NSW, AUSTRALIA - 2016/04/16: The Japanese Soryu-class submarine JS Hakuryu and two destroyers are training with Australian military forces and impress with their bid to win the contract to replacement Australia's Collins Class fleet. The historic arrival is the first time a Japanese submarine has entered Sydney Harbour since 1942, when three Japanese midget submarines slipped into the harbour and one attacked an Australian navy vessel, killing 21 sailors. (Photo by Hugh Pe | Pacific Press via Getty Images
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日本、フランス、ドイツが競い合ったオーストラリアの次期潜水艦受注競争が一応の決着を見た。ターンブル豪首相は4月26日、「2030年代以降に導入する潜水艦はフランスと共同で開発する」と発表したのである。
 
当初圧倒的に有利と言われていた受注競争に、日本はなぜ負けたのか。これまでの経緯をたどりながら分析を試みたい。

必要に迫られた豪州の次期潜水艦

発端は、豪州海軍のコリンズ級潜水艦の更新計画だった。コリンズ級は水中排水量3300トンの通常動力型潜水艦で、スウェーデンのコックムス社が設計。オーストラリアの国営造船会社(ASC)で建造され、1996年から現在まで6隻が就役している。
 
だが、この潜水艦は優れたものではなかった。水中での騒音がひどく、特に船体構造と足回り(ディーゼル発電機や推進装置等)が弱かった。

豪海軍は2000年代後半から、中国の積極的な海洋進出による南シナ海を含めたアジア海域の緊張の高まりも鑑み、後継潜水艦についての検討に入る。結局、遠距離での作戦行動も可能な4000トン級の通常動力型潜水艦12隻を導入することを決めた。
 
当初は、通常動力型で輸出実績のあるドイツやスペインの潜水艦が調査対象だったとされるが、2011年、日本が武器輸出3原則を緩和したことで風向きが変わった。海上自衛隊が2009年から運用を開始している最新鋭潜水艦・そうりゅう型もその対象として急浮上することになったのだ。

浮上した"そうりゅう型"

ドイツやスペインの潜水艦の排水量は2000トン前後だから、4000トンの潜水艦を造るには、大型化に伴う新たな建造技術が必要となる。簡単そうに見えるがこれが実際にはなかなか困難で、コリンズ級の失敗もそれが原因といわれている。

一方そうりゅう型は水中排水量4200トン、通常動力型潜水艦として世界最高の性能を持つとされ、豪海軍の要求にはうってつけだった。そこに、武器輸出3原則の緩和である。オーストラリアはそうりゅう型の「技術」に大きな関心を寄せるようになった。
 
2014年になって、追い風はさらに強まった。まずは4月、従来の「武器輸出3原則」に代わり、「防衛装備移転3原則」が新たな政府の方針として制定された。これによって武器・装備品の輸出や国際共同開発が、基本的に可能になったのである。
 
続く7月に行われた安倍首相とアボット豪首相(当時)の会談後、両首脳は「日豪防衛装備品・技術移転協定」に署名した。これは防衛装備品・技術の共同研究、開発及び製造を通じて日豪間のより深化した協力を容易にするというものだ。この頃から「技術協力」という話が、「そうりゅう型輸出」という話に変わっていく。
 
豪軍は米軍との相互運用性が非常に高いこともあり、コンピューターや武器管制システム、ソナーなど頭脳にあたる部分は米国製、船体と足回りは日本製、運用は豪海軍という、日米豪が共同して建造する潜水艦の誕生が検討され始めたのである。

当時の日本側としては「豪州が日本に依頼した案件」との認識だった。オーストラリアに輸出されることになるであろうそうりゅう型潜水艦を「ごうりゅう(豪龍)」と呼称する日本側関係者も散見されたほどだった。

痛かったアボット退陣

だが、この日本にとって追い風かつ「受け身」でよかった話は長くは続かなかった。
まずはオーストラリアの製造業の不振だ。自動車メーカーの撤退が相次ぎ製造業が急速に縮小する中、「潜水艦までも"完成品"を輸入するという事態になれば、雇用不安はますます増大する」との声が国内で上がりだした。潜水艦建造なら、評判が悪いとはいえ、「建造実績を持つASCがあるではないか」と。
 
アボット首相は"完成品"の輸入については地元経済の影響よりも軍事的な観点から判断するとしていたが、結局2015年2月、「調達先は日本、ドイツ、フランスの中から選ぶ」「建造や保守管理にはオーストラリアの企業が最大限加わり、地元の雇用を維持する」と言明せざるを得なくなってしまった。
 
そして、同年9月のアボット首相退陣である。代わって登場したターンブル首相は、雇用問題を重視したといわれる。日本のライバルとなったフランスとドイツはここにつけ込み、「潜水艦はオーストラリア国内で建造する」を標榜して積極的な売り込みを展開したのだった。

体制作りが後手に回った日本

これらの状況変化に対して、日本は後手に回ってしまったと言わざるを得ない。
 
当初の"完成品"を豪州に輸出するとされていた時期も、実際には種々の問題が整理されていなかった。例えば日本の潜水艦は造船会社2社で建造されているが、仮に他国用の潜水艦を造るとなると、海自潜水艦以外の生産ラインが必要となる。会社としては、「この新たな設備投資は本当にペイするのか」となる。その後のロジスティックサポートも含め、当初から官民間の微妙な距離感が存在したのだ。
 
さらに、オーストラリア側のニーズが変わり"売り込み競争"に状況が変化したことへの対応だ。そもそも日本以外の先進国においては、武器輸出は国家の安全保障政策のみならず経済政策の一部としても位置付けられている。フランスやドイツも、それぞれ年間19億ドル、12億ドル(2014年資料)の武器輸出額を誇っており、"売り込み競争"への参加は、ある意味得意分野といえるのだ。
 
それに比べて日本の防衛省に装備品の開発や管理を一元化するための機関である防衛装備庁が発足したのは2015年10月のこと。実際に官民一体となった"売り込み競争"に臨む体制が作られたのは、昨年秋だったのである。
オーストラリアから見ると、この段階で勝負あった、のかもしれない。

トップクラスの技術をどう守る

潜水艦の優秀さを表す特徴としてよく知られるのは静粛性である。そこに関わる重要ポイントの1つは頑丈なボディ、船体構造だ。
 
潜水艦は潜航して高速航行するため、水圧がかかる船体の内殻(耐圧殻)と呼ばれる部分は円筒形で、その断面は真円でなければならない。また深度変化による縮小・膨張の繰り返しに堪える材質・構造が必要だ。硬いが柔らかい特殊鋼を真円に曲げて溶接するという極めて高度な技術だ。日本の建造会社2社は、世界でもトップクラスの技術を誇っており、しかもその技術は特許法で厳しく管理された、いわば"秘中の秘"なのだ。
 
完成品の輸出の場合、これらの技術をブラックボックスにすれば、外国企業に移転する必要はない。しかし現地生産となった場合、どこまでこれを保全できるのかという懸念が生ずる。今回この点をフランスはどうするか。日本同様、こうした技術は秘密であり、技術流出を防止しつつ現地生産を行うというならば、場合によってはスペックダウンした技術を使うことも考えられるのだ。
 
"売り込み競争"に参加するためには、こういった法的側面も含め、総合的・戦略的にあらゆる対応を考える必要がある。例えば、防衛装備庁に他省庁、民間企業及び防衛省・自衛隊OBなどの知見を持った人材を集め、「防衛装備品・技術移転専門組織」を作ることも一考の価値があるのではないか。

安全保障協力体制に影響なし

今回の日本の敗北について、一部からは「日米豪の安全保障面での連携強化につながるという点での、豪側の優先順位が低かった」「航行の自由を守る南シナ海戦略にとって誤算」といった見方がある。
 
確かにターンブル首相がきわめて中国寄りなのは知られた話だし、オーストラリア自体も貿易面では中国に大きく依存しているため、日本との共同開発を望まなかったという側面はあるだろう。
 
しかし、「日米豪の安全保障面での連携強化よりも中国を選択した」と考えるのは早計であろう。今回の選択は、ターンブル政権にとっての優先順位において、国際政治よりも雇用問題等の国内政治が上位にあったということだろう。
 
南シナ海戦略にしても同様だ。いくらターンブル首相が経済政策で中国を向いているとしても、豪軍と米軍との関係は日本人が想像している以上に強固である。特に運用面における両海軍の関係は極めて緊密だ。それは日本の海上自衛隊も同様であり、3カ国の安全保障協力体制はいささかも揺らいでいないと言って良い。今回も筆者が知る限り、米海軍はその性能からそうりゅう型を推していたし、豪海軍もそうだった。現場が本当に納得した上で今回の決定が行われたかどうかは、疑問が残るところだ。

再浮上の可能性も

本稿の冒頭で、オーストラリアの次期潜水艦受注競争は「一応の決着を見た」と述べた。というのも、これが完全決着ではないかもしれないからだ。
 
フランスは、今回豪海軍が要望する4000トン級通常動力型潜水艦の建造経験がない。同じトン数となると原子力潜水艦しかないのだ。今回の提案も5000トンのバラクーダ級原子力潜水艦の原子炉をディーゼル発電機に変えるものだという。しかし大型通常型潜水艦には出力の大きいディーゼル発電機と、原子力潜水艦には必要のない大量の蓄電池が必要だ。果たしてフランスにそれが作れるのだろうか。
 
片や日本はそうりゅう型に見られるように、4000トン級潜水艦を航行させるディーゼル発電機と世界初の大型リチウムイオン電池を保有している。今後の進展次第では、これらの日本の技術を購入したいという話が出てくる可能性もあるかもしれない。
いずれにしても、今回の経験をしっかりレビューし、今後も続くであろう「防衛装備品・技術移転」に対応できるオールジャパンの組織作りが急務である。

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伊藤俊幸

元海将、金沢工業大学虎ノ門大学院教授、キヤノングローバル戦略研究所客員研究員。1958年生まれ。防衛大学校機械工学科卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、第二潜水隊司令、海幕広報室長、海幕情報課長、情報本部情報官、海幕指揮通信情報部長、第二術科学校長、統合幕僚学校長を経て、海上自衛隊呉地方総監を最後に昨年8月退官。

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(2016年5月3日フォーサイトより転載)