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過渡期にある権利

2016年02月20日 00時59分 JST | 更新 2017年02月19日 19時12分 JST

Neela Ghoshal

Senior Researcher, Lesbian, Gay, Bisexual, and Transgender Rights Program

Kyle Knigh
Senior Researcher, Lesbian, Gay, Bisexual, and Transgender Rights Program

赤ん坊が生まれれば、産科医か親、または助産師が「女の子」か「男の子」だったと告知する。地球上の隅から隅まで同じようなやりとりが行われている。その一瞬の「割り当て」が、人生の様々な側面を支配していく。同時に、私たちの大半が、その「割り当て」を疑問に思うことすらない。

でも、疑問に思う人がいることを忘れてはならない。出生時の女の子/男の子という「割り当て」とは異なるジェンダー/性が発達し、厳格で伝統的ないわゆる男性・女性の概念にあてはまらなくなることもある。

こうしたジェンダーの発達が、政府に認められるか否かや、医療・教育・雇用へのアクセスといった基本的な権利を享受できるか否かに、影響を及ぼすようなことがあってはならない。しかしトランスジェンダーの人びとにとってはそれが現実なのだ。しかも、その影響は屈辱的で、暴力に満ち、時には命を奪ってしまうほどに。

「トランス・マーダー・モニタリングプロジェクト」(Trans Murder Monitoring Project)は世界各地で起きているトランスジェンダーの人びとに対する殺人事件情報を収集・分析して報告するイニシアチブで、2007〜14年に世界で1,731件の殺人事件を記録した。その多くは衝撃的なほど残虐で、一部には拷問や四肢の切断も含まれていた。

容赦ない暴力だけがトランスジェンダーの人びとの生活における脅威なのではない。HIVに感染する可能性は一般の50倍といわれているが、偏見や差別が医療へのアクセスの障害となっていることもその原因のひとつだ。米国・カナダ・欧州での研究から、周縁に追いやられ、侮辱される社会の仕組みに耐えかねたトランスジェンダーの人びとの自殺率が極めて高いことも明らかになった。

マレーシアやクウェート、ナイジェリアなど複数の国々は、反対の性として「ふるまうこと」を法で禁じており、トランスジェンダーの人びとの存在そのものを違法としている。ほか多くの国々でも同性愛行為を犯罪と定める法律を適用して、トランスジェンダーの人びとを逮捕している。

このデータから見えてくるのは、トランスジェンダーの人びとが直面する恐ろしい暴力と差別のほんの一部にすぎない。自分で認識しているジェンダーであると法律上認めてもらえず、それに関連する権利・保護もない。よって、身分証明書提示を求められたり、服装や外見をチェックされたりという日常が、暴力と屈辱的な扱いへとすぐにエスカレートしうる。そして、多くのトランスジェンダーの人びとを暗闇に追い立てるのだ。

自認するジェンダー/性を法律上でも認めて欲しいという願いは、多くの政府に倫理上のパニックを引き起こす。しかし、これは重要な闘いだ。トランスジェンダーのコミュニティが活性化するために、そしてプライバシー権、表現の自由、尊厳がすべての人間に保障されるために、人権ムーブメントは、法律上認められる権利を恣意的に妨害する、人権侵害に満ちた差別的な手続きの廃絶を優先課題とする必要がある。

国家はもはや、性自認の基本的権利を否定したり、不当に規制する立場にないことを、各国政府は受け入れるべきだ。 [1]

▪︎ 変わりつつある流れ

近年、世界各地のトランスジェンダーの人びとは、自認する性の法律上の認定に向けて、大きな前進を遂げてきた。

アルゼンチンは2012年に法律上の性認定において、画期的な法律で金字塔をうちたてた。18歳以上はだれでも自ら性を選ぶことができ、性別適合手術や司法上・医学上の承認なしに公的書類を変更することもできる。子どもも、法的代理人の同意か、裁判官の立会いのもとの略式手続きで同様の変更が可能だ。

その後の3年間に、コロンビア、デンマーク、アイルランド、マルタの4カ国が、法律上のジェンダー認定に関する様々な障壁を明確に排除。この改革により、「男性/女性」という枠組みの変更を全く認めない国や、限定的条件(手術・強制不妊・精神科医診断・長期の待機期間・離婚など)を満たした場合のみそれを認める国との差が大きくなった。これらの国々では初めて、適切な書類に記入するだけで性別を変更できるようになったのである。

達成まで長い道のりを要したこのような前進は、しばしば好意的とは言いがたい裁判所に対し、自らの生活やアイデンティティを進んで審理させる勇気を持った個人の存在があってこそ実現されてきた。

たとえば、アイルランドの法律上の性認定法案(2015年)は、元歯科医リディア・ホイ氏の22年にわたる法廷闘争のたまものだ。法的手続きの挑戦に勇敢に立ち向かい、彼女は1997年のみならず2007年にも、アイルランド高等裁判所で女性としての性が法的に認められるための裁判を起こした。この闘いの背景には、手術や専門家の意見ではなく、性自認と人権に基づいた性認定手続きを開始するようアイルランドに求めていた、国内外の人権団体の支援があった。

絶え間ない圧力がかけられていたにもかかわらず、政府は2015年まで性自認に基づき法律上の性の認定することはなかった。ようやく認めたのは、アイルランドの憲法改正国民投票で婚姻の平等(同性婚)が圧倒的な勝利を収めた後のことだった。

​南アジアでは、生まれは男性だが成長とともに女性と自認するに至る人びとを指すヒジュラ(hijras)という第3の性が存在する。これらの人びとは長らく、法的ではないにせよ、文化的に受け入れられてきた。活動家たちは、ヒジュラも第3の性として正式に認められることを目指してきた。

これまでも、結婚式の祝福者としての役割など、ヒジュラの伝統的な地位はある程度保護され、うわべだけの尊敬を得てはいた。しかし、法の下で他者と平等とみなされるのではなく、エキゾチックでアウトカーストな存在として、権利ではなく、境界や限界が支配するなかで生きてきたのだ。

ネパール最高裁は2007年の画期的な判決で、個人が「自らをどう感じるか」をもとに、第3の性を承認するよう政府に命じた。この判決は、性的指向・性自認・人権をめぐる国際基準を世界で初めて成文化した、まだできたばかりだったジョグジャカルタ原則に大きく依っていた。判決に勇気づけられた活動家たちは各政府機関に働きかけ、第3の性を投票用紙(2010年)や国勢調査(2011年)、国籍関連文書(2013年)、そして旅券(2015年)に記載することに成功した。

同様に2009年、パキスタン最高裁も第3の性を認めるよう政府に求めた。バングラデシュでは内閣が、ヒジュラを独自の法律上の性として承認する法令(decree)を2013年に公布している。2014年にインド最高裁は第3の性を認める画期的な判決を下し、「誰もが自らのジェンダーを選ぶ権利」を肯定し、国の福祉プログラム対象者にトランスジェンダーの人びとも含むよう求めた。

いくつかの国々では、性別記載欄の存在目的自体が今や問われている。ニュージーランドやオーストラリアでは、公的書類にジェンダー「不特定」の選択肢が設けられた。オランダ議会では、政府が個人の性別を公的書類に記録する必要性そのものが討議されはじめている。

▪︎ 尊厳の問題

法の下で人として認められる権利は多くの人権条約下で保障されており、個人の尊厳と価値を尊重する根本的要素だ。しかし、自らの性認識に基づいた性を認める国々でさえ、必要手続きが申請者にとって屈辱的かつ有害な対応の原因となることがある。

たとえば、ウクライナで法律上の性の変更を求めるトランスジェンダーの人びとは、最長で45日間もの精神科医の診察を受けるために入院し、「性転換症(transsexualism)」診断の確定または棄却の判断を受けなければならない。

更に、法律上の性の認定手続き要件に記されてはいないものの、強制的な不妊手術や多くの検査なども含め、しばしばかなりの時間的コミットメントや費用、移動を求められる。

そして更に、「性転換症」診断の確定および公的書類変更承認のために、政府委員会による屈辱的な対面審査が行われるのである。

これら手続きは、健康権の尊重を無視するもので、禁じられている非人道的なまたは品位を傷つける取扱いに、トランスジェンダーの人びとをさらす可能性があるものである。

ウクライナ人のトランスジェンダー女性ティナ・T(38歳)はヒューマン・ライツ・ウォッチに、精神科病院での入院検査中に警備の厳重な鉄格子や鉄製ドア付き男性病棟への滞在を強要されたと話す。散歩は一日45分間だけ、30平米の中庭に限られ、トイレには鍵がなかったため不安だったという。また医師たちは、入院中に女性ホルモン注射を許可しなかった。

人びとを望まないまたは不必要な医療措置の対象とすることが、アイデンティティを認定するためには全く不要であることは、明らかにみえるかもしれない。しかし、一部の西ヨーロッパ諸国やラテンアメリカ諸国、米国などLGBTの権利に関して進歩的であると自認する国々でさえ、トランスジェンダーの人びとは公式書類の性別欄を変更するために、不妊手術さえ含む屈辱的な手続きを経ることをいまだ強制されているのである。

法律上の性認定を得ようとすれば避けられないこうしたマイナス効果は、個人が重要な公共サービスにアクセスする能力や、暴力・差別から解き放たれて安全に暮らす力を、深刻かつ有害なかたちで制限する結果を引き起こす。

▪︎ その他の権利へのとびら

法律上の性認定はまた、プライバシー権や表現の自由、恣意的に逮捕されない権利、雇用・教育・医療・安全をめぐる諸権利、法の裁きへのアクセス、移動の自由といった基本的権利の重要な要素でもある。

2015年10月のデリー高等裁判所判決は、法律上の性認定を受ける権利とその他の権利の本質的なつながりを明らかにした。19歳のトランスジェンダー男性が、両親と警察による嫌がらせに対し法的手段をとる権利を認めた判決で、シッダールタ・ムリダル裁判官は次のように記述している:

性自認および性的指向は、尊厳、自由そして自己決定権の根幹をなすものである。これらの自由は、個人の自立性と自由の中心にある。トランスジェンダーであるという感覚、またはジェンダー経験は、個性と存在の核部分に必要不可欠だ。私の理解によれば、法は誰もが自らが選んだ性を認められる基本的権利を有している。

▪︎ 雇用と住居

公的書類の性別欄と外見が一致しないために、就職や入居を拒まれたというトランスジェンダーの人びとからの報告は日常茶飯事だ。

米国では2011年に、全米トランスジェンダー平等センターと全米LGBTQタスクフォースによる全国調査が実施され、公式書類の性別欄とは別の性を生きる回答者のうち64%が、雇用の際に差別を受けたとし、書類上の性別を変更した回答者の52%と差が出た。性別欄と異なる外見を持つトランスジェンダーの人びとは、同様の差別を家やアパートを借りたり買ったりする際にも経験しているデータもある。

マレーシアのトランスジェンダー女性シャランがヒューマン・ライツ・ウォッチに証言したところでは、彼女は女性として生活しているが、法律上の性認定手続きが存在しないマレーシアでは、就職活動の際に男性としての身分証明書を提出せねばならないという。以下は面接での体験だ:

面接のときに面接官が男性だとまず聞かれるのが、「その胸は本物か。いつ性転換したんだ」ということ。自分はトランスセクシュアルな女性なのだと答えると、今度は「ペニスと膣どっちなんだ。性交相手は男か女か。どっちのトイレに入るんだ。性転換手術をしたのか。なんでホルモン注射をすることにしたんだ」と聞いてきます。仕事にまったく関係ない質問です[中略]そうして2週間以内に結果を電話で知らせると言われたきり、電話が鳴ることはありません。

▪︎ 教育

トランスジェンダーの子どもや若者は、性暴力からいじめ、男子校・女子校への強制的な入学、生まれたときに決められた性別の制服の着用など、学校の中での人権侵害に直面している。

日本では、中学生および高校生がヒューマン・ライツ・ウォッチに、厳格な男子・女子の制服規則の弊害について証言。「性同一性障害」の診断なしに制服を変えることは許されずに極度のストレスとなり、長期間、または繰り返し学校を休んだり、自主退学してしまったりするという。性自認にそった大学入学や就職活動ができるよう大人になる前にすべての手続き(日本の性認定手続きは性転換手術を義務化している)を終わらせるプレッシャーを感じるという生徒たちもいた。

マレーシアでは、連邦直轄領(クアラルンプール)の教育省が、明らかに差別的な政策を施行している。同政策は、同性愛および「ジェンダーの混乱」に対し、むち打ち、停学、退学を含む懲罰を定めている。

マルタ共和国は、トランスジェンダーの子どもが