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「立憲民主主義」の反対語は?

この政党は、いったい何をめざすのか。

2017年10月03日 11時24分 JST | 更新 2017年10月03日 11時24分 JST

中妻 じょうた

昨日、枝野幸男さんが記者会見を行い、立憲民主党の結党を発表しました。

民進党と希望の党の合流をめぐる混乱の中、たった一人での新党立ち上げという、苦渋の決断をなされました。

これを見て私は、かつてたったひとりで全日本プロレスを出奔した、故・三沢光晴選手を思い出しました。

三沢は何の見通しもなく、ただ「おかしいことはおかしい」という想いだけで全日を飛び出しました。

しかし、三沢に大義を感じた多くの全日所属レスラーが続々と三沢のもとに結集し、三沢が立ち上げた「プロレスリング・ノア」はブームを巻き起こし、「ノアだけはガチ」という流行語も生まれました。

立憲民主党にも、おそらくは今後、多くの同志が集まってくるのではないかと思います。

*

さて、近年立ち上げられる新党の名前はやわらかい感じのものが多かったのですが、この度立ち上がったのは「立憲民主党」という、古風でいかつい名前の政党です。

この政党は、いったい何をめざすのか。

「立憲民主主義をめざす」といえばそのとおりなのですが、もっとリアルに感じ取るためには、「立憲民主主義の反対語」を考えるとわかりやすいと思います。

「立憲民主主義の反対語」とは、何だと思いますか。

「保守」などではありませんよ。

それは、「人治独裁主義」です。

明文化されたルールを民主的に決定して統治するのではなく、統治者のやることが絶対とし、ルールよりも統治者の判断を優先させる支配体制です。

保守とかリベラルとか、関係ありません。

「立憲民主主義」は近代国家なら当然の体制であり、「人治独裁主義」は前近代の支配体制です。

ところがいまの日本では、ルールに基づいた民主的な統治体制という、近代国家として当然の体制が揺らいでいます。

長年の憲法解釈を、安倍内閣の判断で変更して、集団的自衛権を認めました。

森友・加計学園問題では、平等公平に適用すべきルールが、首相とそのお友達には適用されてない疑いが濃厚になっています。

その疑惑の中で、統治者に都合の悪い情報はうまいこと破棄されたり、記憶からなくなったりします。

都民ファーストの会および希望の党の「人治独裁主義」もひどいものです。

ブラックボックスの中で党首がいつの間にか変わる。

所属議員は自由な情報発信もできない。

前原誠司氏には民進党所属候補全員受け入れを約束しておきながら、いつの間にか「全員受け入れる気はさらさらない」「排除する」と言い出し、恣意的な選別を行う。

自党の議員にすら自由と民主的意思決定を認めない政党に、自由で風通しのよい社会が実現できると思いますか?

「人治独裁主義」ということは、ルールは当てにならず、「人」を見ていないといけないということです。

権力者の顔色を伺う「忖度」が横行し、権力者に気に入られれば無能・悪質であっても出世し、正しいことを言って権力者の機嫌を損ねれば左遷・排除される。

どれだけがんばっても権力者次第なら、がんばる気がなくなるじゃないですか。

いまの日本の閉塞感を打破するためには、まずこの「人治独裁主義」という前近代性を打破するところから始めなければならないのではないでしょうか?

すなわち、ルールと民主的手続きに基づき、一人ひとりの意見を反映させた政策が実施される社会をつくっていくこと。

いまの日本は、ここからやらなければならないのではないでしょうか。

*

立憲民主主義という「ガチの大義」によって、日本を「近代国家として当たり前の国」として整え、国民一人ひとりの自由と可能性によって日本の発展を促す。

立憲民主党は、そんな政党になっていくと思います。

道のりは遠く険しいですが、まずは来たる総選挙で、国民のご支持を賜れればと思います。

立憲民主党に、どうぞご期待ください!

中妻じょうた 板橋区議会議員