「私も稼いでいるから、あなたも家事をして」は危険!?  夫婦に関する情報発信も行う狩野さんが考える、夫婦のフェアネス

夫婦間でモヤモヤしているものは、社会や制度じゃなくて、ちょっとした言葉のやり取り

ラシク・インタビューvol.92

patomato主宰 狩野さやかさん

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ウェブデザイナーの狩野さやかさんはウェブサイトやアプリを制作する傍ら、「親」を考える場作りを行う「patomato」を主宰し、産後クライシスを考えるワークショップの開催や、イベントへの出展、「MAMApicks」での記事執筆など、夫婦や親としてのあり方について日々、情報発信を続けています。

夫婦間の問題として、女性に家事や育児の負担が偏っていることが指摘されがちな中で、狩野さんは大事なのは家事を完全に分担することではなく、どれだけ気持ちが寄り添っているかだと語ります。

「私も稼いでいるんだから、あなたも家事をするべきだ」というワーキングマザーのパートナーに対する主張は当然であり正しい一方で実は危険も孕んでいるという狩野さんに、どうすれば不公平感なく、家事育児に臨めるか、お話を聞いてみました。

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夫婦間でモヤモヤしているものは、社会や制度じゃなくて、ちょっとした言葉のやり取り

編集部:狩野さんがいわゆる「産後クライシス」問題に関心を持ったのはいつ頃なんですか?

ライター業を始められた頃の記事はもっとテーマが"子育て"寄りだったような気がするんですが。

狩野さやかさん(以下、敬称略。狩野):私がウェブサイトでの執筆を始めた2011年、2012年頃って、誰かを攻撃したり、辛い思いを吐露するような強めの論調の記事がよく読まれているように感じていました。

私はそういう強い感情を表現するのは苦手だし、誰かを強く論評するより、自分の経験から出てくることを書こうと決めて始めたから書く内容は自ずと"子育て"だったんです。

そんな中で、夫婦をテーマにした「妻の不機嫌ループ ~困惑する夫たちに捧ぐ~」という記事をMAMApicksで書きました。

この時はまだ「産後クライシス」という言葉を知らなくて、ただただ夫婦2人の間でモヤモヤしている感じを、こちらが主張するだけではなく、相手も傷つけることなく書けないかなと考えていたんだけど、読んだ人には「この人何を言っているんだろう」って受け取られるんじゃないかという思いもあって、そんなに共感を呼ぶとは思わなかったんです。

だけど、すごくプラス面での共感が多くて、大きな反響を呼んだので「みんなこんなことで同じように悩んでいるの?」と驚きもしました。

そして、これだけ共感を呼んだのだから、共通要素を取り出したら何か法則があるんじゃないかと思ったんです。

育休が十分に取れないとか、保育園を作らない自治体が悪いとか、制度とか社会には怒りが向いていているんだけど、本当はみんなのモヤモヤしているものって家の中、もっと言うと部屋の中で起きていることやちょっとした言葉のやり取りなんだと気づきました。

だったら社会的な制度が全部整ってクリアできても、自分とパートナーの中に問題があるって気付かないことには絶対モヤモヤは晴れないと思ったし、逆に自分の問題が解消したら、制度や社会に多少ハードルがあっても乗り越えられるんじゃないかなってその時確信しました。

でもこのモヤモヤを共働きの二項対立として「私も稼いでいるんだからあなたも家事を分担してください」って言ってしまうとすごく簡単なんだけど、お金と時間でしか計れなくなって、専業主婦や育休中の女性が抱え込んでいる悩みは除外されちゃうんです。だから男性も「うちの妻は今働いてないんだからいいんじゃない?」とか「じゃあ妻が復職するときにやればいいんだよね」ってなってしまう。

たとえ共働きでも育休中は一時的には専業主婦という状態になるんだし、「育休中だから私が家事も育児も中心でやります」で通しちゃったら何も解消しないんじゃないかなと思うんですよね。

ただ、女性も「自分が家にいるから夫に家事頼んじゃ悪いかな」、とか「喧嘩になるのがイヤだから言わないけど、でもちょっとやってくれたらな」とか我慢しているうちに、一緒に育てている感がなくなっちゃうんですよね。

男性は男性で未だに「自分の苦手なことだからやらない」とか「自分稼ぐことが本分だから責任は果たしている」とか本気で思っている人も大勢いるし、お互い誤解していたりもするんですよね。

その固まっている意識が何かのきっかけでほぐれたら、楽になるのに。

夫婦間で「これが子育て」と認識しているものが違うことをお互いまず理解してほしい

編集部:意識が変われば楽になる。その意識を変えるためには双方にとって何が一番大切だと思いますか?

狩野:たとえばこういう図を夫婦に見せると、妻が「こういう仲間みたいなバランスがいい」って思っているのを夫は気づいていなかったりするんですよ。

例えば「リアルに手を動かしてこそ、子育てだ」って妻が思っていても、夫が「稼ぐことが子育て」って思っていたらそもそも話がかみ合ってない。

実際にはもう少し微妙で、妻が「忙しいのは仕方ないけれど、気持ちだけは子育ての仲間の側にいて欲しい」と思っているのに、夫は「手を動かさないことに対して文句を言われている」って思っている場合が多いようです。

定義が違うことに気づかないまま、「もっと子育てに関わってよ」って言っても、夫にしたら「もうやってるし、これ以上時間は作れないから無理」って思うだろうし、妻もそう言われると「今は私は稼いでないから仕方ない」って返せなくなっちゃう。

そういうベースがまず違うってことに気付いてお互い補正していくことが大切です。そんなちょっとのことでコミュニケーションの質は変化します。

たとえば子どもが夜中に熱を出して、救急に連れていくほどじゃないんだけどどうしよう、不安だなって状況がありますよね。そんな時、夫が「俺が出来ることはないから黙って寝る」って態度だとつらいですよね。実際に手を動かすことだけでなく気持ちの寄り添いも子育てへの関わりなんだと知っていたら、何か不安に寄り添う言葉をかけられるはずなんです。

家事を分担したら当然最初は効率が落ちる。それでも「2人でやっている」という気持ちになれることが大事

編集部:確かに今は働く女性が増えて、ワーキングマザーの意見が多くなっているから家事分担って話になりがちで、気持ちの問題は置いていかれがちな気がしますね。

狩野:大企業の人も、自営業の人もいて、仕事の上で割り切れる分量も違うから、制度を整えて男性も育休が取れたらそれですべて解決ではないですよね。

たとえ忙しくても気持ちの上でちゃんとキャッチアップして、把握して、関わってくれてる感があると、妻には安心感があると思うんですよ。

家事だって細かく分割したら1日5分10分でできることがたくさんあるし、今の若い男性なら一人暮らしの経験がある人も多いんです。だから、自分のタイムラインに夫の時間を組み込んで、自分の手足のように使おうとしたり、「褒めて伸ばす」なんて相手をバカにするようなことをするんじゃなくて、家事を1つ丸ごと任せちゃった方がうまくいくと思います。

女性は女性で家事を「これくらいまでやりたい」っていう理想があるだろうけど、

自分で握るのをやめてレベルを下げる必要もあると思う。

働いているお母さんが、例えば週末に食事の作り置きをひとりで頑張ってしまうのではなくて、毎日手作りは無理ってあきらめることも重要。女性が女性の努力だけで解決する問題から抜け出さないと、すぐに限界が来てしまいます。自分が諦めるものを増やして、とにかく夫に任せる。夫クオリティを受け入れるんです。

もちろん、譲り渡すのは勇気がいると思うんですよね。特に子どものことに関しては自分が一番分かっていると思うから。

でも意識的に手放していかないと、放っておいたらいくらでも自分で抱え込んじゃう。

当然、分担した直後は家事の効率なんて落ちるんだけど、それでも手が二つがあることの方が重要って思わないとダメかもしれない。

妻が一人でバーっとやっちゃった方が絶対早くすむんですよ、でもやり方がめちゃくちゃでもクオリティが下がっても、2人で回していくことが悪くないよね、って思えた方がずっといい。「これが"私たち"の限界」とふたりで目標レベルを下げられたら少し楽になるはずです。

夫も妻のやり方で家事をする必要はない。そして妻は抱え込んでいるものを手放した方がいい

狩野:気持ちの上でのフェアーですよね。

自分でやっちゃえば説明もしなくていいし、効率もいいだろうけど、「私ばっかりやってる」って不満を溜めるよりも「お互いやってるし」って気持ちになれた方がいいですね。

男性も「無理だったら頑張ってごはん作らなくていいよ」って簡単に言うんだけど、それだと「じゃああなたが代わりに作ってくれるの?」って思っちゃうでしょ。

だけど夫にはそんな時間もないし、料理だってあまり得意じゃないかもしれない。

だったら夫の方から「じゃあ毎週金曜日はお弁当買ってくるし後片付けもするから、それでいいことにしない?」って提案すれば、妻のやり方じゃなくても関われる。

妻のやり方で皿を洗わなきゃいけないとか、片付けなくちゃいけないってことをスタートにしなくていいんですよ。そして妻もその提案に乗って、自分で握ってるものを手放しましょうって。

妊娠出産って身体的にはもちろん、社会的にも精神的にも時間的にも大きな変化なわけですよね。

男女関係なくそれだけの変化を強いられるのは相当なストレスだし、言葉も通じない国に放り込まれて生活をするのと同じくらいの変化なんです。

そこを1人でやろうとして「できないけど我慢」って美徳にしちゃうんじゃなくて、「2人でやればもっと楽になる」って思えたらいいんじゃないかな。

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ここ数年、ネット上やTV番組などで見聞きすることが増えた「産後クライシス」、とても根が深い問題のように思えますが、狩野さんと話していると実は夫婦でお互いのことを誤解していただけというほんの些細な行き違いから始まっているのだと気づかされました。

夫婦間がフェアーであるというのは単純に家事や育児に向きあう時間や量ではなく、気持ちの問題というのも非常に納得。女性が自分で握っているものを手放す、ということについても一度考えてみたくなりました。

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【狩野さやかさんプロフィール】

株式会社Studio947のデザイナー・ライターとしてウェブやアプリの制作、技術書籍の執筆等に携わる一方、育児系ウェブ媒体に子育てにまつわるコラムを寄稿している。「ふたりは同時に親になる」をテーマにpatomatoを主宰し、ワークショップなどリアルな場づくりや情報発信をしている。

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文・インタビュー:真貝友香

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