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女性と自信 ...自家発電型と外部獲得型

2015年09月12日 21時41分 JST | 更新 2016年09月10日 18時12分 JST

MANABICIAの池原真佐子です。現在、働く女性や働きたい女性が自信を持ち、一歩前に進むことができるようなメンタルサポートを提供しています。

このブログを通じて「女性が自信を深めていけるためのヒント」を一緒に探していければと思っています。

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一人一人の自信を育むことは平和で豊かな社会につながる

もともと私は、10代の頃から国際交流や教育支援に興味があり「教育を通じて、異なる背景の人がお互いに分かり合える平和な社会を作りたい」という思いを持っていました。

他者を認め合う平和な社会を作るには、まずは「一人一人が自分自身を認めてあげる自己肯定感を育むこと」が前提です。自分を認められない人は、他者を排除してしまいます。許せない相手とうまく距離を取ることができず、傷つけることもあるかもしれません。

平和な社会の構築のために、インフラ整備や政策立案、仕組み作りをする。それはとても分かりやすく重要なことです。一方で「自信を育む」という働きかけは、非常に地味で測定しにくい。しかし、本当に豊かな社会を構築するためには、どちらの面も欠かせません。私は、教育を通じて一人一人の自信を育むことで、社会に貢献しようと決めました。

そこで、学生時代には、国際交流や移民・難民の教育支援に関するインターンやボランティア、研究に関わります。社会人になってからは、組織心理学を学びながら、コミュニケーションや人材育成の仕事に携わってきました。 それらの経験を通じて、人がどうすれば自己肯定感や自信を得ることができるのかをずっと探求してきました。

そして、試行錯誤の末、「感情を言葉にする」という方法に思い至りました。今年8月のインタビュー記事「美しく生きる人たちがたくさんいる世界を創りたい」では、その過程についてお話させていただきました。

私は今、昇進や復職、転職、留学など、キャリアの節目にいる女性を対象に「言葉にしにくい気持ちを言語化していく」セッションを行っています。もやもやした感情をはっきりと言葉にすることで、気持ちが整理できるだけではなく、他の人からのサポートも得られやすくなり、やりたいことを実現する自信につながると確信しています。

自信の付け方には2種類ある?!

セッションを通じ、私は日々多くの女性と接しています。皆さんのお話を聞くうちに、彼女達の自信の付け方は大きく分けて2種類あることに気づきました。

今日は、そんなお話をさせていただきたいと思います。

1.「自家発電型」

自分は何が好きで、何をどこまですれば満足するのか、その基準やリミットを明確に持っている人がいます。そのような人にとって「自信が無い」というのは、自分が設定した基準の中で、何かしらの具体的な項目が不足している状態を指します。そのため、不足している項目を満足のいく値まで補うことで、自信を付けていきます。「自分は自分でいいのだ」という確信が強いため、他人と比べることは少なく、必要以上に基準を上げ続けて自分を追い込むようなことはしません。

2.「外部獲得型」

何かを「獲得しつづける」というプロセスそのもので自信を付けていきます。そのためリミットや「ここで上がり」という終着点が無く、次々と高いゴールを設定し、それをクリアすることが大切になります。「何が好きか」「それが手に入るか」ということよりも「どこまで手に入るか」「どこまで行けるか」という冒険を好みます。自分よりも何かを多く手に入れている他人を気にすることが多く、それが良い刺激になることもあれば、プレッシャーになることもあるようです。キャリアを重視する女性に多い傾向があります。

私は、どちらのタイプも個性があっていいなと思います。外部獲得型の人に対して「ありのままの自分を受け止めよう」と言っても逆に焦るでしょうし、自家発電型の人に「自分の可能性をどこまでも広げよう」と言っても、響かない気がします。

私のところへいらっしゃる方は外部獲得型の方が多く、「どうしても自家発電型になれない」と悩む方もいます。たしかに、終わりの無いプロセスを追い続け、常に高く遠いものに向かって手を伸ばすのは、とても疲れることです。獲得した際に得た自信は、すぐに次への不足感へと変わるため、自信も得づらいかもしれません。

私自身も、どちらかと言えば外部獲得型で、常に「努力しつづける」ことで自信を付けようとしてきました。ただ上述のように、どこまで行っても終わりは見えず、疲れます。かといって「ありのままで大丈夫」と思うのも苦手です。

ただ「それも個性だ」と割り切ってもいいのではないでしょうか。

次々と高みを目指す冒険で、その時々で得て行く宝はやがて陳腐化するかもしれません。高いところに行けば行くほど、酸素は薄くなり、「何でこんなことをしているのだろう」と思うこともあるかもしれません。

それでも、私たちの身体そのものに、基礎体力や筋肉はどんどん付いていくでしょう。たとえ宝を全て失ったとしても、鍛えた身体で、またいつでも旅を始めればいいだけです。

曖昧さと揺らぎを受け止める

「このままでいいのか」という不安と、「これでいいのだ」という確信。

私たちは常にこれらの狭間で揺れ動いています。

自信がついた、と思ってもすぐに弱気になったり、弱気になっていたのに急に勇気が出ることもある。自信とは、かくも曖昧なものです。

その曖昧さと揺らぎそのものさえ、きちんと言葉にしていけたら、私たちはもっとおおらかな気持ちで、自分を受け入れていける気がします。