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HPVワクチン騒動にみる反科学主義

2013年12月04日 15時28分 JST | 更新 2014年02月02日 19時12分 JST

血液・腫瘍内科医 

小林 一彦

2013年12月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  

子宮頸がん予防ワクチン接種後に重篤な副反応が相次いで報告されたため同ワクチンの接種勧奨を中止している問題で、厚生労働省は10月28日に2回目の副 反応検討部会を開催し、引き続き積極的な勧奨を差し控えると決定した。同部会によるとサーバリックスとガーダシルの2剤は、発売から本年7月31日までに約890万回が接種され、重篤な副反応は56.3件(100万接種あたり)だった。

これらHPVワクチンは特に"痛い"ワクチンで、接種直後から数十分は局所が強く痛む。インフルエンザやMRワクチンよりかなり痛みが強いので、筆者もサーバリックスを初めて処方した時には、なにかミスでもあったのかと戸惑った記憶がある。だから、副反応の集計には多くの"報告バイアス"が紛れ込んでいるのだろうと考えていた。ところが同様に"痛い"ワクチンであるはずのプレベナーやHibワクチンと比べると、重篤な副反応はそれぞれ27.5と22.4 件(/100万接種)であり、HPVワクチンの半数以下となっている。HPVワクチンの副反応には報告バイアスだけでは説明しきれない何らかの現象が発生している可能性がある。また、副反応後に後遺症が残った症例については、因果関係解明を待たず速やかに救済措置を講じた方が良いだろう。

しかし接種勧奨は、副反応が多いというだけでは中止する理由にならない。社会全体として副反応を上回る効果が期待出来るのであれば、毅然として接種を勧めるべきだ。これはワクチン被害者の救済とは全く別次元の議論であり、HPVワクチンのリスクとベネフィットを科学的根拠に基づいて冷静に判断する必要がある。

ScienceDebate.orgの創設者で、政策立案における科学的根拠の重要性を主張するS.L.オットーは、米国政治家の幹細胞研究やワクチンの効果を否定する反科学的な発言について警鐘を鳴らしている。オットーによると、民主党にはワクチンが自閉症を引き起こすと誤って信じこんだ議員がおり、共和党には進化生物学の否定を売りにする議員までいるという。2011年フロリダ州での大統領予備選討論会では、ミネソタ州選出の下院議員バックマンが「いたいけな12歳の少女がHPVワクチンを政府から強要され後に精神遅滞を引きおこした」と発言し物議を醸した。これはHPVワクチンが性の乱れを促進して いると考える宗教的保守派層の票を当て込んでのものだった。バックマンは見事にその目的を達成したが、HPVワクチンと精神遅滞を結びつける科学的証拠は 見つかっていない(Sci.American;2,2013)。

ワクチン行政における意思決定の場面では、科学主義を徹底しない限り宗教などによる権威主義が横行し、結果として社会の停滞を招いてしまう。米国ではこういった反科学主義に対する警戒感が高まっているようだ。本邦においても、今回の騒動が市民の感情を煽動する誇張やレトリックを用いて報道されていないとは言えず、ワクチン行政が科学主義による判断を下すことができるかどうか、注意して見守る必要がある。

 

HPVワクチンは、その有効性に関して時にヒステリックな議論が交わされてきた。3月28日の厚生労働委員会の質疑に見られる様に「子宮頸癌の原因となる HPVが検出されるのは0.7%と少数なのだから、そんな少数にしか効果のないワクチンは社会的に有効だとは言えない」といった、全人口中のHPV感染率と子宮頸癌におけるHPV感染率が混同され、結論がミスリードされかねない議論が横行していた。しかし、PATRICIA試験後4年の追跡調査でワクチン接種時HPV未感染群における子宮頸癌予防効果が100%であり、HPV既感染群やHPV16/18以外の型にも一定の予防効果が認められたこと (Lancet Oncol;13 2012)や、先んじて定期接種が始まった米国で実際にHPV罹患率が11.5%から5.1%へと激減したこと等の科学的事実が広く知られるようになると、現在その有効性については穏当なコンセンサスが形成されるようになった。

より真摯に耳を傾けなければならないのは、疼痛に関連する副反応についての議論だろう。全国子宮頚がんワクチン被害者連絡会によると、ワクチン注射後の局所的な疼痛が軽快した後にも、「激しい痛み」、「けいれん」、「学習障害」など、「学校にも通えず、日常生活にも支障をきたすような神経症状」がでていると言う。2013年7月19日、WHO諮問委員会はHPVワクチンについて、日本を含む世界で1億7000万回以上接種したデータを元にレビューし、引き続きHPVワクチンの安全性が確認されたと述べているが(http://www.who.int/vaccine_safety/committee /reports/Jun_2013/en/)、日本における疼痛関連の副反応がHPVワクチンに引き続いて生じていることは否定できず、重篤な副反応を経験した方々が納得するには至っていない。

従来の医学的知見からはワクチン接種との因果を見いだし難いこの疼痛関連副反応をどのように考えるべきなのだろうか。副反応部会で報告されているようにサーバリクスでCRPSが0.071例、CRPSを含まない疼痛が広範囲に渡る症例が0.71例、ガーダシルがそれぞれ0.162例と0.701例(それ ぞれ10万接種毎)と少数に留まり単なる紛れ込みに過ぎないのか、あるいは全国子宮頚がんワクチン被害者連絡会が主張するように多数の症例を見逃してお り、実はワクチン接種による新手の自己免疫疾患が発生しているのか、急ぎ一例一例を詳細に分析しなければならない。しかし医学の場合、どれほど研究・検討を尽くしたとしても真実に辿り着けないことがあることも想定しておかなければならないだろう。

そうであれば、問われるのはその議論の行われ方だ。WHOにしても副反応検討部会にしても、資料からはどのように症例検討が行われ、誰が議論をリードしているのか見えてこない。一方に被害を被った(ように見える)人々がいる以上、顔の見えない議論を続けても対立が深まるばかりで、結果として反科学主義を助長しかねない。

一部でHPVワクチン陰謀論まで飛び交っているが、どこの国でもワクチンには推進派と反対派の対立がつきもので、その議論は感情の混乱を招きやすく、その報道はセンセーショナルになりがちだ。我が国のワクチン行政にはMMRの失敗という苦い経験があり、お陰で現在でも麻疹や風疹の流行が続いている。思い出してみると、あの時も反科学的な報道が行政によるMMR接種中止という判断に繋がったのではなかったか。HPVワクチン行政における意思決定には徹底した科学主義が望まれる。

(※この記事は2013年12月3日発行のVol.294 「HPVワクチン騒動にみる反科学主義」より転載しました)