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ルールを作るということ-澤井芳信

2013年08月08日 22時56分 JST | 更新 2013年10月08日 18時12分 JST

早稲田大学大学院修士課程

澤井 芳信

2013年8月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

前回「甲子園を目指したメンタルトレーニング」でイメージについて書かせていただいた。実は早稲田での授業で、星槎グループの宮澤会長とお話したことが きっかけで、前回は「イメージ」について書いたのである。宮澤会長は生徒が2人しかいないところから塾を始められて、今や幼稚園から大学まで1万人を超え る生徒が在籍する学校法人の会長を務められている。宮澤会長も「学校を作る」ということを早くからイメージしておられたそうだ。目標を持ってイメージする ことは大事だと改めて感じている。

そして今回は、「ルールを作る」ということについて書いていきたい。どこの野球部にも「ルール」は存在すると思う。試合中、練習中、チーム内で様々なルー ルが決められているであろう。私たち京都成章野球部にも「ルール」があった。それは「炭酸を飲まない」、「赤信号を渡らない」、「バスや電車では荷物を座 席に置かない」、そして極め付けが「試合中、ガッツポーズをしない」である。いつからこの「ルール」が始まったか覚えていない。しかし、これが京都成章の ルールであった。中学校時代、強豪チームに在籍しておらず、ほぼ軟式野球部出身のチームだった私たちは、個人の能力がない分、チームがまとまらなければな らないと考えていた。こういったルールを守るということは、チームの組織力にもつながるのではないだろうか。

学校に通うために使用する私たち野球部のバックには、大きく「Seisho」とローマ字で書かれていた。誰かが学校を離れた場所で社会的に悪い行動をとる と「Seisho」の野球部だとすぐにわかってしまう。そういったところからも、社会の模範的行動をとり、みんなに迷惑をかけないということが一人一人に 自覚をもたらした。

こういった発想は高校生ならではかもしれないが、自分たちで決めた「ルール」を守らなければ、自分のプレーに出る、ということが知らず知らずのうちにチームに浸透していた。プレーに出るということは、自分がミスをしてしまうということだ。「ルール」を守らない→「自分がプレーでミスをする」→「チームに迷 惑がかかる」、だから「ルール」を守るのだ。炭酸を飲んでもホームランを打つ選手もいるだろうし、信号無視をしても三振をバンバン取る選手もいるだろう。 しかし、こういったルールは、守るからいい結果がでるのではなく、当たり前のことを当たり前にやること、そしてチームのために自覚を持たせることが目的で あると私は思う。

一つ面白いエピソードがある。本人は私が見ていたと気付いていないと思うが、自宅が同じ方向の同級生が、学校へ向かう途中、私の50メートルくらい前を歩 いていた。朝6時過ぎ、他に歩行者はほぼいない。そんな中、たった5メートルほどしかない横断歩道の前に彼は立ち止った。歩行者の信号は赤。誰も周りにいない、誰も見ていない、そのたった5メートルの横断歩道を彼は止まり、信号が青に変わってから歩き出した。ベンチには入っていた選手であったが、決して常 にレギュラーで試合に出ていた選手ではない。人は、誰も見ていないところであれば、「誰も見てないし。」と「ズル」をすることがあると思う。しかし、この 時、彼を見て私は「これがこのチーム強みだ」と感じた。ルールを守るということが、やらされているのではなく、それぞれが自覚を持って、またチームのため を思って行動している。このチームワークはどこにも負ける気がしなかった。京都成章高校野球部の強みである。

もう一つ、私たちの代の面白いルール「ガッツポーズをしない」がある。私はガッツポーズをして感情を出すことはとてもいいことだと思うし、調子乗りの私 は、むしろガッツポーズをしたいくらいだった。でも私たちは強いチームではないと自覚していたので、勝つまでは気を緩めるな!という意味を込めて、試合中 はガッツポーズをしないことになっていた。もちろん勝利した時は感情剥き出しで喜ぶ。でも試合中は気を抜かないためにしなかった。周りから見れば喜んでい るように見えない。タイムリーヒットを打っても、塁上ですぐに監督の次のサインを見ている。甲子園のテレビ放送では、それが改めて目立っていた。対戦した 相手校から、不気味だとも言われた。高校生で感情をコントロールすることは難しい。しかも甲子園という大舞台でいつも通りやるということは、非常に困難で ある。しかし私たちが淡々とプレーができ、勝ち続けたのは、この「ルールを守る」ということも一つの要因だと考えている。

結果論かも知れないが、チームの誰か一人でも、この「ルールを守る」ということに自覚を持って取り組めない選手がいたら、京都成章高校が甲子園で勝ち続けることはできなかったと思う。社会人となった今、改めてルールを守る重要性を感じている。大人になればなるほど、「これくらいいいだろう」ということが出てくる。そして「これくらい」が次第に大きくなる。先日友人に「お前」という言葉を使用した際、友人の子供に「お前って言っちゃだめなんだよ。」と注意さ れた。その時ハッとなった。子供達や後輩に偉そうに指導している自分が結局できていない。スポーツはルールがあって成り立っている。それが守れなければ反 則になるし、スポーツマンシップに反する。決められたルールの中で最大限力を発揮するからこそスポーツは面白い。ルールを守れない人が増えれば、今のスポーツ市場は成り立たない。「ルールを作る」そして作ったら守る。改めて自分の行動を見直そうと思った。

<略歴:澤井芳信>

京都成章高校では主将を務め、98年夏の甲子園準優勝。卒業後は同志社大学に入学し、硬式野球部に所属。3年時には関西学生リーグベストナインを取得。大学卒業後は、社会人野球「かずさマジック」(元新日鉄君津硬式野球部)に入団。(株)新昭和に配属され、4年間の現役生活を経て引退。現在はアスリートの マネジメントを行ないながら、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程に通う。

(※この記事は2013年8月8日発行のMRIC Vol.195 「ルールを作るということ」より転載しました)