Huffpost Japan
ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

橋本直子 Headshot

「移民・難民の大量受け入れに反発してイギリスがEU離脱した」の「ウソ」

投稿日: 更新:
印刷

去る6月24日の国民投票でイギリス国民の過半数がEU離脱に投票した件について、あちこちで「移民・難民の大量受け入れの反発が主な理由の一つ」とされています。でも、実はそこにはいくつかの「ウソ」が含まれているのです。2014年末現在の数字を使って、少し丁寧に解説したいと思います。

まずは移民の数。イギリスの人口(約6500万人くらい)のうち、「外国生まれでイギリスに住んでいる人」が大体13%(約830万人)、「外国籍を有してイギリスに住んでいる人」が大体8%(約500万人)。日本的な感覚では恐らく後者「外国籍を有してイギリスに住んでいる人」が「移民」のイメージに近いと思うので、この数字で話を進めます。

「外国籍を有する住人」が人口に占める割合は、EU諸国では大体7%~15%くらいが「普通」です(ルクセンブルクに至っては45%)。なので、EU諸国内で比べると「イギリスに住んでいて外国籍を持つ人」の割合が突出して多い訳ではありません。しかも「外国籍を有してイギリスに住んでいる人」のうち、半分くらいは他のEU諸国出身ですが、常に半分くらいがEU域外の出身なので、EUから離脱したからといって突然インド人やパキスタン人がイギリスから居なくなるわけではありません。ヒースロー空港では相変わらずターバンのおじさんが出迎えてくれるでしょう。

更にそもそもイギリスは(EU域内での移動の自由を保障している)「シェンゲン協定」に入っていないので、EUに入っているから他のEU諸国から移民が何の管理もなく自由にジャンジャン流入しているというのも被害妄想です。もちろんEU域内出身者には域外出身者にはない「就労の自由」や社会保障の権利などが認められていますが、今までもこれからも、EU域内・域外身出を問わず出入国管理はしっかり行われるでしょう。ちなみに、離脱派が声高に訴えていた「ポイント制度」も、(EU域外出身者を対象に)既に2008年から導入されています。

「イギリスに住んでいるEU諸国出身の人」の国籍は、多い順にポーランド、アイルランド、イタリア、ルーマニア、リトアニア、ポルトガル、フランス、ドイツですが、そのうち多数(といっても全人口の1%強)を占めるポーランド人の多くが、地元のイギリス人がいずれにせよ就きたくないような農業・建設業・清掃業・介護の分野、あるいは自営業(エスニック・スーパーなど)で働いています。なので、仮に彼ら全員が居なくなったからと言って、地元民が就きたいと思っている「良い」仕事が突然空くわけではない。

しかも、EU域内から来ている移民の多くが若くて元気でスキルがあって勤勉でハングリー精神あふれる人達なので、雇用主が彼らの後任としてスキルもやる気もない地元民をすぐに雇うという保障もありません。もちろん、後任募集の際に「英国籍を持つ人に限る」といった国籍条項を設けることは理論上は可能ですが、普通に考えれば、空いた雇用はEU域外出身者に流れておしまいかと。

次に難民ですが、2012年~2014年のイギリスでの庇護(難民)申請者数は毎年2万人強。2015年は3.2万人に増えましたが、ドイツの44万人やスウェーデンの16万人と比べたら少数ですし、ギリシアやイタリアにやってきた庇護申請者と比べたらもう霞むような数字です。しかもイギリスは「EUのダブリン制度」(ごく簡単に言うと、庇護申請者が他のEU諸国を通過してきたら、最初の通過国が庇護申請の責任を負うという取り決め)に入っているので、そのような庇護申請者は他のEU諸国(例えばフランス)に追い返せることになっています。

その一方で、去年の9月にEC(欧州委員会)が決めた「イタリアとギリシアにいる庇護申請者のEU諸国間での緊急分担制度」などの「EU内での義務的痛み分け制度」には入ってないので、「EUによって庇護申請者が押し付けられている」というのもウソ。かえってダブリン制度から抜けざるを得なくなることで、庇護申請者は微増するのではないか、というのが私の読みです。

イギリスに辿り着いた庇護申請者のうち、イギリスが(第一次審で)難民認定したのは2012年が5135人、2013年が5736人、2014年が7266人、2015年が9975人。この数字は他のEU諸国やOECD諸国と比べて極端に大きい訳ではありません。単純な国際比較はできませんが、私の感覚でいうと「中堅どころ」といった感じです。

実はイギリスは、難民認定制度について様々な最低基準を定めたいくつかの「EU指令」にも入っていないので、「EU規則によって難民認定制度が左右されている」というのも完全な濡れ衣。恐らく大きな「ハードル」の一つになっているのが欧州人権条約に定められている人権基準ですが、これはストラスブールにある欧州評議会と欧州人権裁判所による基準と判決であって、EUとは全く別の組織です。なので、EUから離脱したからと言って「欧州人権条約」の基準を無視できるようになるわけでもない。

ここまで読めば、「移民・難民の受け入れを制限するためにEUから離脱しよう!」というのは事実に基づかないデマゴーグであることが分かると思います。しかも、ここで書いた程度の情報は、ちょっと検索すれば誰でも簡単に入手可能の事実統計です。
では、何が起きたのか。。。

イギリスに住んだことがある方であればピンと来るかもしれませんが、イギリスはものすごい「階層社会」です。「1%のエリート層と99%の労働者階級によって成り立っている社会」というのは有名な揶揄。特に田舎に住む労働者階級の人々は、住居や医療、年金などの社会保障制度における様々な問題に大きな不満を抱えていた。それらの社会保障制度の諸問題を解決するには、税金制度の改革であり、より厳格に「所得の再配分」を実行することが有効だと私は思いますが、「1%のエリート層」は抜本的改革に踏み切れなかっただけでなく、私腹はパナマで肥やしていた訳です。

その中で、一部の政治家たちが問題の真の原因と解決策をぼやかすための「別の矛先」として利用し始めたのが「大量の移民と難民」と「EU」です。「彼らのせいであなた方の生活がうまくいかない」、「彼らが居なくなればあなた方の生活はよくなる」、「EUから離脱すれば移民や難民は来なくなる」、これらは統計や実際の仕組みに基づかない全くのウソですが、自分の生活がうまくいっていない労働者階級にとっては、なぜかちゃんと仕事に就けている「隣町のポーランド人」やよく訳の分からない「EU」は恰好の矛先になったわけです。

もちろん離脱票を投じた人の中には、EUの官僚主義や非効率性、イギリスへの経済的負担・制度的束縛といった「EUの本当の問題点」を十分理解して離脱に投票したごく少数の「エリート層」もいるでしょう。でも、投票結果やTVインタビューを見る限り、地方に住む労働者階級の多くが「移民・難民とEUが悪い」と思いこまされて離脱投票したのは明らか。

これはある意味で、90年代に起こった、ルワンダや旧ユーゴで「XX族が悪い」、「OO族を殺せ」といったプロパガンダに、自分の生活に何らかの不満を抱える大衆があれよあれよという間に呑み込まれてしまった現象に大変残念ながら似ています。

では、これからどうなるか。

既にポンドが急落し、ムーディーズ格付けランクが下げられたところからも明らかな通り、イギリス経済は今後しばらく低迷することでしょう。そこで一番最初に煽りを受けるのは、とりもなおさず離脱に投票した労働者階級です。だからこそ労働党のジェレミー・コービン党首は(ちょっと弱腰だったけれど)、労働者の権利福祉を守るために残留を訴えていた。

残念ながら「EUから離脱して移民と難民を追い返せば自分達の生活が良くなる」と思いこまされた労働者階級の人々にとっては、いつまでたっても自分達の生活は一向に良くならないどころか、かえって悪化していくのではないでしょうか。今回のEU離脱の最大の犠牲者は、一部の扇動的な政治家に騙されてしまった労働者階級の人々であり、彼らが数年後そのことに気が付いた時が一番怖いな、と私は思っています。

実は既に、離脱派がついた色々な「ウソ」に気が付き始めている人達も出てきていて、「これはヤバい!」と思った離脱派の旗振り役、元ロンドン市長のボリス・ジョンソン氏が保守党総裁選に出馬しないことを表明し、イギリス独立党のナイジェル・ファラージュ氏が党首を辞めたのが、ここ数日間の出来事です。

もちろん、「イギリスがEU離脱を国民投票で決定したこと」自体が必ずしも悪かったかどうかは別の問題です。それはそれぞれの国民が自由に選択する問題だし、ノルウェーだってスイスだってリヒテンシュタインだってEUに入っていない。でも「EUを離脱する理由と目的」のうち「移民や難民が減って、自分の生活が良くなると思うから」という部分は確実に幻想に終わるでしょう。確かにEU域内からの新規移民は数年後以降から徐々に減っていくかもしれませんが、きっと「駆け込み結婚」が増えるでしょうし、どうせ経済が低迷するので労働力の需給という意味ではそれくらいでちょうど良いはず(つまり地元民の新規雇用は増えない)。

更にEU域外からの移民のうち特にコモン・ウェルス系には歴史的背景があり、「家族移民」や難民は人道的観点から完全には排除できません。そこに加えて既に永住権を持ってイギリスに定住しているEU域内外出身の移民も考慮すると、移民・難民が人口に占める割合が大きく減ることもないでしょう。

ということで今回のEU離脱は、正確にいうと、
「労働者階級が、EUを離脱すれば移民や難民が減って自分達の生活が良くなるというウソを信じてしまった」
のが、大きな要因の一つだったのではないでしょうか。

※6月25日付Facebookの投稿を編集して転載。