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ビジョンに欠けるエネルギー基本計画

2014年04月01日 00時21分 JST | 更新 2014年05月31日 18時12分 JST

この国の将来を決める上でとても重要な「エネルギー基本計画」が閣議決定されようとしていますが、日本の政治家や官僚が、長期的なビジョンに欠け、難しい課題に目をつぶり、問題を先送りする体質を持つことを象徴する、とても情けない計画になろうとしています。

急激な脱原発をするかしないかはさておいて、高速増殖炉には実用化の見込みはないし、危険なプルトニウムの備蓄を増やすだけの六ヶ所村の再処理工場を本格稼働する理由は今や全くありません。本来ならば、河野太郎が率いる自民党エネルギー政策議員連盟が主張する様に(参照)、原発を「過渡的な電源」と素直に認め、「核燃料サイクル」が失敗に終わったことを素直に認めるべきです。

それにも関わらず、なぜ自民党の執行部は経産省が作って来た、「核燃料サイクル」を維持すると明記されたエネルギー基本計画をそのまま閣議決定しようとしているのでしょうか。

理由は、大きく分けて三つあります。

一つ目は、リーダーシップの不在です。自民党の政治家たちは、長年の間、政策・法案作りを官僚に任せ、自分たちは党内の派閥争いや、次の選挙のための票集めにばかりエネルギーを注ぐ、傀儡(かいらい)になっていました。そのため、「核燃料サイクルからの撤退」のような痛みを伴う改革を官僚や電力会社や電力労連の反対を押し切って進める力も意思もないのです。

つまり、今回閣議決定されようとしているエネルギー基本計画は、ビジョンのかけらもない政治家が、官僚と電力会社の圧力に負けて、「痛みを伴う改革はしない」という問題の先送り以外の何ものでもないのです。

二つ目は、核燃料サイクルの撤退を決めてしまうと、原発が動かせなくなってしまうからです。福島第一での事故で多くの国民が知る様になったとおり、日本各地の原発のプールには危険な使用済み核燃料が大量に貯まっています(1万4000トン)。場所によっては、臨界ギリギリまで使用済み核燃料を詰め込む「リラッキング」という手法さえ採用されています。

それでも置き切れなくなった分は、再処理のため、という名目で青森の六ヶ所村のプールに保管されていますが(2900トン)、これは、国と青森県の間の「再処理以外の目的で六ヶ所村には使用済み核燃料を貯蔵しない」という条約のもとの中間貯蔵でしかないのです。つまり、国が核燃料サイクルからの撤退を決めたとたんに、電力会社はこの使用済み燃料を引き取らなければならなくなり、その結果、使用済み燃料の置き場所がなくなって、原発が稼働出来なくなってしまうのです。

そんな状況に陥ることだけは何としてでも避けたいと考えている経産省と電力会社が、六ヶ所村での使用済み核燃料の中間貯蔵を可能にしている核燃料サイクルを維持することを強く主張しているのです。

三つ目は、1988年に米国と結んだ日米原子力協定で得た「准核保有国」の地位を失いたくないという、安全保障上の理由です。

1963年に国連で採択された核拡散防止条約は、核軍縮を目的に、既に核兵器を保有する米・露・英・仏・中の5カ国以外の核兵器の保有を禁止する条約ですが、日本はこれを不平等条約と見なして、すぐには批准しませんでした。

この状況を打破するために日米の間で結ばれたのが、1988年の日米原子力協定なのです。これは、核兵器の製造技術として本来5カ国以外に持つことが認められていない、ウラン濃縮と再処理(使用済み核燃料からプルトニウムの抽出)の技術を、日本だけに特別に認めるものなのです。これにより日本は「准核保有国」の地位を国際的に得、「核兵器を作ろうと思えばいつでも作れる技術力」を得ることができたのです。

非核三原則を持つ日本が「准核保有国」の地位を持つ、というのは一見矛盾する話ですが、これが当時首相だった中曽根康弘氏が本音と建前を上手に使い分けることによって手に入れた、絶妙なバランスだったのです。

これが、自民党の石破茂が言う「核の潜在的抑止力」であり、ここだけは安全保障上の理由で譲れない、と考える政治家が未だに自民党の主要なポジションを占めているのです。

日米原子力協定は、締結から30年後の2018年には効力を失ってしまうため、日本の「准核保有国」の地位を維持するためには再締結が必要です。しかし、それ以前に日本政府が「核燃料サイクルからの撤退」を決めてしまうと、「平和利用のためのプルトニウムの抽出」という大義名分が失われてしまい、日本の「准核保有国」待遇の維持が難しくなってしまうのです。

そのため、例え高速増殖炉の実用化が無理で、これ以上プルトニウムを備蓄することは危険だと知りつつも、核燃料サイクルだけは維持し、2018年以降も「准核保有国」の地位を死守したい、と石破茂氏らは考えているのです。