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赤ちゃんという優秀な人材を活用できる社会に

2016年12月25日 22時51分 JST | 更新 2016年12月25日 22時51分 JST

今年9月に長男出産後に妻が亡くなり、これまで、たくさんの友人に助けられてきたことは前回のブログで書いた。その友人たち以上に私のことを支えてくれているのは、他でもない長男千汪だ。彼が私とずっと一緒にいてくれるおかげで、私は何とか生きる希望を捨てないでいる。

妻のことを思い出して、どれだけ涙しても、千汪に笑いかけられたら、笑い返すことしかできない。私だけでなく、千汪の微笑は老若男女、誰もを笑顔にさせる不思議なパワーがある。

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しかし、日本人男性がこの赤ちゃんのパワーをもらえる機会は乏しい。第一子の里帰り出産は全体の5割とも言われているし、男性の育児休暇取得率は2パーセントで、その多くは1ヶ月未満。そういう意味では、生まれてから3ヶ月丸々、自分の子どもと一緒にいられる私は、とても恵まれているのだが、それを理解してくれない人がいる。

義母は「男に育児は無理よ。私が3歳まで引き取ってあげる」と言ってきたし、友人の中には「あなたが大変なら私たちが1ヶ月預かってあげるわよ」とか「実家に戻ればお母さんが育ててくれるから安心だね」とか言われる。

と言いながらも、精神的不安状態になりながらの育児は結構きつい。昼夜問わず、3-4時間おきにくる授乳時間。新潟の実家に戻れば、両親のサポートが得られるかと思ったが、母は76歳、父は79歳。7キロの千汪を持ち上げるのもきついという。

そしたら母が「友人のCさん(60代女性)がボランティアで千汪のお世話をしたいって。子どもが大好きだから」と言う。ボランティア?東京でベビーシッターを頼めば、一時間2-3千円になる。Cさんは0歳児の育児経験はほとんどなく、ボランティア気分で大事な息子に接しられてもなあ、と最初は躊躇した。

しかし、千汪と接してみて、育児に必要なのは、経験でも知識でもなく、その人が赤ちゃんに注ぐ愛情や接する時間がより大事なのだということを痛感した。私の母は7人の子どもを育て、20年保育士をやっており、経験も知識も私の何十倍もある。それでも、母では泣き止ますことができない千汪を、私が抱いて泣き止ますことができる。それは私が千汪とより時間を多く接し、どういう接し方を好むのかを熟知しているからだ。

12月10日、Cさんに家に来てもらった。「なんで、無償でベビーシッターをしたいのですか?有給でできるところ、いくらでもあるだろうに」との私の問いに、「田舎はシッターの需要は少ないのです。私は、元夫からの暴力でずっと精神的に参っていて、何をするにも自信がなかった。でも、赤ちゃんの表裏のない無邪気な笑顔を見るととても励まされる」と言う。

千汪に癒されているという意味では、私も同じで、深く共鳴した。「定期的に来ていただけるのでしたら、どうかお願いします」と伝え、毎週金曜日午前10時から午後4時まで来てもらうことになった。「金曜日が待ち遠しくてたまらない」と言いながら、Cさんは、白いエプロン姿で、千汪に絵本を読んであげたり、抱っこして鏡を見せてあやしたり、おでこを撫でて寝かせつけたりしてくれている。

Cさんや私の様に赤ちゃんから元気をもらいたい人は山ほどいるだろうに、今の日本は、赤ちゃんが行き場を失う「待機児童問題」に頭を悩まされている。保育園や保育士を増やすことも大事かもしれないが、赤ちゃんを支援される側から、支援する側に位置づける「赤ちゃんセラピー」のような発想転換があってもいいのではないか。

もし、「赤ちゃんセラピー」をお試ししたいなら、いつでも、私の新潟の実家に来て下さい。妻からの最後で最高のプレゼントの千汪と歓迎いたします。

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