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ニュージーランド人男性の死 病院における身体拘束を考える

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ニュージーランドの大手紙ヘラルドが、神奈川県内の病院で死亡した20代の英語教師について、7月13日の紙面で大きく報じています。

NZ Herald: Kiwi family's heartbreak over son who died in psychiatric care in Japan

ヘラルド紙によると、亡くなったのはニュージーランドから来日していたケリー・サベージさん(27歳)。精神疾患を発症して入院していましたが、深部静脈血栓症に続発する肺塞栓症で死亡したと疑われています。

深部静脈血栓症とは、エコノミークラス症候群とも呼ばれ、長時間、体を動かさずに同じ姿勢でいることが原因で、足の深部にある静脈に血の塊ができてしまうものです。この塊が血流にのって肺の血管を閉塞してしまうことを肺塞栓と呼び、患者さんは死に至る危険にさらされます。

サベージさんの家族は、長時間の身体拘束が行われていたのではないかと考え、病院に対して診療記録を公開するよう求めているそうです。ただし、病院側はそれを否定して、食事の時間などで拘束を解いていたと説明しています。

サベージさんの母親は次のように語っています。「国際的な関心が息子の死に集まり、精神症状への身体拘束が行われている日本の現状が変化することを願っている」

残念ながら、日本の病院では精神病棟に限らず身体拘束が横行しています。いや、精神科領域の方がルールが明確ですし、専門医が判断することになってますから、一般病棟より適正化されているかもしれません。

たとえば私の病院でも、専門的なアセスメントもないままに「転ぶかもしれないから」という病棟看護師の直感的な理由で高齢者が縛られていることがあります。患者さんの身体拘束の可否、基準について一般的に規定した法令が存在しないことも問題でしょう。

私は看護部に対して、「すぐに拘束をやめるように求めるつもりはありません。ただ、何人の患者が、どのように縛られているかについて、各病棟ごとにサーベイランスを始めてみませんか?」と提案しています。何が起きているのかを把握せずして、何をすべきかは見えてこないでしょう。

そのうえで、

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  1. 院内の倫理委員会の下に、抑制小委員会を設置すること

  2. 身体拘束を実施したとき、速やかに抑制小委員会に届け出ること

  3. 抑制小委員会は、24時間以内に身体拘束の妥当性評価を行うこと
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を開始できたらいいですね。

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写真:筆者を模擬的に身体拘束したもの

と・・・ こういう話をしていると、「介護施設では拘束なんてしてないのに、どうして病院はやめられないの?」という無垢な指摘を受けることがあります。

でも、生活の場である介護施設で身体拘束をせずにすんでいるからといって、侵襲的処置が行われている病院で同じようにできるはずだと論じるのは、かなり無理があります。病院には病院なりに、身体拘束を排していくための努力があるのです。

身体を拘束しなかったことを「過失」とした判例もあります。それは、意識消失により救急搬送され、ICUに入室していた50代の男性が、看護師が目を離した間にベッドから転落してしまい、頸髄を損傷して四肢麻痺となってしまったという事故でした。

意識回復後もアルコール禁断症状があり、深夜、セレネース(ハロペリドール)を投与し看護師がベッド脇に作業机を置いて作業しながら観察していたのですが、他の患者さんの人工呼吸器アラームが作動したため離れた間に転落したのです。

裁判所は、常時監視できない体制であった等の事情から、「体幹を抑制する必要性があり、その義務があった」にもかかわらず、「抑制帯を用いることがなかった」として病院側の責任を認めています(広島高等裁判所岡山支部平成22年12月9日判決)。

結局・・・、様々な事情を総合的に勘案したうえで、身体拘束するかしないかを決定していかざるをえないのでしょう。実際、すべての身体拘束を無くすことはできないと私は思ってます。急性期に縛らざるを得ない人もいますし、回復期であっても、不安定で家に帰せない方もいます。

ただ、病院で身体拘束されている高齢者のなかには、ちょっとしたテコ入れで改善する人もいるはずです。

夜間の点滴を中止してみたり(体の動きを制限されることが精神を不安定にする)、簡易トイレを近くに設置してみたり(夜間にトイレに行こうと迷子になる高齢者は多い)、睡眠薬を中止してみたり(高齢者の意識変容の原因になることがある)、直接あたる蛍光灯の光にシェードをかけたり(光を見続けることは不安を増大させる)、カレンダーや時計をおいたり(時間の感覚を失わないことが大切)、自宅からメガネや補聴器を持ってきてもらったり(自分の置かれた状況を理解するためには必須)、はたまた馴染みの枕を自宅からもってきてもらうだけで、不穏がとれて身体拘束をせずに済むようになる方もいます。

そういう出来るところから取り組んでゆけばよいのです。

それでも身体拘束が必要だと病棟看護師が評価せざるをえないこともあるでしょう。私もどうすれば良いか分かりません。「でも、やっぱり身体拘束をしたくない」という思いを(家族を含め)皆で共有することが大切なんです。そして、その思いをもって、皆で知恵を出し合えば、きっと身体拘束しないで済む方法が見つかるはずじゃないかと信じることです。

サベージさんが亡くなったことは残念ですが、せめて事実関係が明らかになってほしいと私も思います。やむを得ない拘束だったのか、あるいは過剰だったのか・・・。そして、病院における身体拘束の是非について、これを機会に議論が高まるといいですね。

あと、もうひとつ・・・

このニュージーランド人の若者の死から察すべきことがあります。

私も経験があるから分かりますが、異国での入院は辛いんですよ。精神疾患ならなおさらだし、ケアする側も大変だったろうなと思います。私は感染症医として、外国人の隔離入院(究極の拘束ですね)を担当したことが何度かありますが・・・。

まず、日本の病院食が受け入れられない外国人が多いです。ほんと可哀想。入浴方法も異なります。たとえば、水シャワーしか浴びたことがないタイ農村出身の患者さんは、いきなり看護師からお湯をかけられて「殺されると思った」と後に述べてました。こうした整容方法の違いは互いの不信感を高めます。

採血や点滴など苦痛をともなう医療行為への拒否があっても、言語の障壁によって、その必要性を丁寧に説明することが困難です。もちろん、医療通訳を確保する方法もありますが、24時間いるわけではありません。

外国人患者は怒りっぽくなり、異文化になれていない看護師は「何をされるか分からない」と強い不安を感じるようになります。日中なら複数の看護師で対応することができますが、夜間のケアでは1人きりで男性患者と向き合うことも少なくありません。そして、身体拘束の閾値が低下してゆく・・・。日本人なら言語でフォローができますが、沈黙したまま体を縛られることほど外国人患者にとって恐怖はないでしょう。

テレビをつけて気分転換させようにも、ほとんどの病院には衛星放送が入っておらず、英語や中国語の番組を見ることができません。とくに隔離入院されている患者さんにとっては、絶望的なほど空白の時間に包まれます。精神疾患がなかったとしても、患者さんの精神は壊れてゆきます。

長野県の病院に勤めていたときは、技能実習で来日していたアジアからの若者が結核を発症し、隔離入院を余儀なくされることがありました。ときに、何週間にも及ぶことがあり、そんなときは(他との接触がないよう注意しながら)夜中に、病棟の隣を流れている千曲川の河川敷に連れ出していました。

信州の星空のもとで、20代の中国人の女の子が「私の村と同じ空」と言って、大声で泣き始めたことがありました。あのときはもらい泣きしながら、この子を早く国に返してやりたいと強く思ったものでした。

というわけで、サベージさん・・・ 事情は分かりませんが、できるだけ早い帰国支援こそが一番の解決策だったろうなと、私は思います。