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死に逝く人は「死」を恐れない?-彼らが本当に恐れていること

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2009年の夏、福島で農業を営んでいた祖父を訪ねた。そのときに交わした会話を、私は今でもよく思い出す。

「畑に行って、帰ってこなければ本望だ」

仏さまの前にあるこたつに座り、祖父は笑って言った。よくよく話を聞くと、冗談ではないようだった。祖母が数年間寝たきりになり、そのまま亡くなった姿を見たこともあって、自分はぽっくり死にたいと願うようになったらしい。

「実は高血圧の薬を飲んでいるんだ。こんなもの、もう飲まなくてもいい。早くお迎えが来てほしいと思っているんだから。でも、寝たきりになると困るから飲んでいるんだよ」

祖父は、たんすの引き出しから白い紙袋を取り出した。病院の名前が大きく書かれた紙袋には、たくさんの薬が入っていた。

「この年になるとすべて悪い。でも、毎朝畑には行くようにしている」

スクーターに乗れなくなってからも、祖父が自転車でなんとか畑に行っていたことを、私は母から聞いていた。これも、寝たきりにはなりたくないという強い意志の表れだったのだろう。彼の恐れていたことは死そのものではなく、自分らしく生きられなくなることだった。

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畑仕事をする祖父

私は今まで、音楽療法士として、アメリカと日本のホスピスでたくさんの患者さんに出会ってきたが、多くの患者さんは祖父と同じような気持ちを口にする。最期まで尊厳を持った人間として生きたい。この願いは世界共通のように思う。意外かもしれないが、死と向き合ったとき人間が最も恐れるものは、「死」そのものではなく、死に至るまでの「過程」である場合が多いのだ。

アメリカのホスピスで、ジェーンという女性に出会った。COPD(慢性閉塞肺疾患)を患う92歳の患者さんで、寝たきりの状態だった。

ジェーンはいつもこわばった表情で訪問客を寄せつけず、些細なことでスタッフを怒鳴りつけていた。日々孤立していく彼女を心配した看護師が、私に音楽療法を委託したのだった。ジェーンを訪問した日、彼女は言った。

「ここに来てからどこへも行けなくなったわ!歯医者に行ったり髪を切りに行ったりしたいのに、できないのよ!」

彼女は衰弱し、ひとりで歩ける状態ではない。車いすでの移動さえ困難だ。おそらく本人もそれは理解しているのだろうが、寝たきりが何カ月も続いて苛立ちも限界に達しているようだ。

「いろいろな苛立ちがあるようですね」

「もちろん苛立っているわよ!私はね、いつ死んでもいいと思っているの。心の準備はとっくにできているんだから」

「いつ死んでもいい?」

「ええ。もうずっと前からそう思っているわ。長い人生だったしね。私はただ早く逝きたいの。でも、それを言うと『そんなこと言っちゃだめ』とか『もっとポジティブに考えないと』とか言われるだけだわ」

ジェーンが病棟に来てからすでに3カ月が経つ。その間ずっと、彼女は静かに死が訪れるのを待っていたというのだ......。

「待つというのは、つらいことでしょうね」

私が言うと、彼女は大声で泣き出した。

「もしこんな状態で、あと何年も生きたらどうする? それが本当に怖い......」

彼女の目は、涙にあふれていた。病気とともに生きる苦しみ。十分長く生きたのだから、これ以上苦しまずに旅立ちたいという願い。祖父がそうであったように、ジェーンも自分らしく生きられない状態で生き続けることを、何よりも恐れていたのだ。

末期の病気の人たちにとって、死は必ずしも避けたいことではなく、待ち望んでいる変化(transition)となることもある。しかし、日本国内では、望まない延命治療を施されている末期の患者さんが驚くほど多い。胃ろうや過激な点滴などのさまざまな延命治療は、彼らが苦しむ時間を引き延ばしているに過ぎない。

終末期の問題を語るとき、欧米人と日本人は死生観が違う、という点が必ずと言っていいほど話題になる。欧米人はクリスチャンで天国を信じているから、死に対する考えが違うのだ、と。

でもそれは、あくまでも表面的なことだ。死生観がどうであれ、大切な人を失うということは、人生において最もつらいことであり、喪失(グリーフ)による苦悩は人類共通である。

違いはむしろ、誰に尊厳があるかという点だ。欧米の医療では、何よりも患者さん本人の尊厳を重んじる。たとえ家族がそれを望んだとしても、末期の患者さんの命を、彼らが望まないかたちの延命治療で引き延ばすことは、非人道的・非倫理的である、と考えるのだ。

愛する人に「1日でも長く生きて欲しい」と思う気持ちは自然なことだが、「もう逝っていいよ」と言って見送ってあげること。これも遺される家族にできる最期の愛情の表現ではないだろうか。

私の祖父はあれから2年後に亡くなった。畑でぽっくり死ぬという希望は叶わなかったものの、彼の望み通り静かな最期だった。今こうして祖父のことを思うとき、私が思い出すのは、祖父の畑に対する愛情と最後に見た彼の姿だ。

仏様の前で話をした日、私は東京に帰らなければいけなかった。その数日後にはアメリカに戻らなければいけない。おそらくこれが最後の対面となるだろうと思った。玄関まで見送りに来てくれた祖父に私は言った。「おじいさんの願いが叶って、早くお迎えが来るように祈ってるよ」祖父は満面の微笑を浮かべ、手を振った。

この記事は、『死に逝く人は何を想うのか』(ポプラ社)の一部を修正して引用したものです。

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(2017年4月21日 「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)