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人は自分の死が近いことを察するのか?

2014年04月07日 18時40分 JST | 更新 2014年06月06日 18時12分 JST

人は自分の死が近いことを察するのでしょうか? 私は、10年間音楽療法士としてホスピスで働きながら、死を間近にした沢山の患者さん達の話を聞いてきました。病気と共に生きていく事に疲れた患者さんは、「もう死にたい」と言います。時にはその言葉が「もう死にたい」から「もう死にます」に変わる時があるのです。そういった患者さんは、大抵2,3日中に亡くなります。不思議な事に、認知的能力が弱まった患者さんでさえ、自分の死を察するようなのです。

音楽療法のインターンをしていた当時、私はハーブという元ジャズシンガーの患者さんに出会いました。アルツハイマーの末期の症状に苦しんでいたハーブは、老人ホームに住むホスピスの患者さんでした。怒りっぽく常に落ち着きのない行動をとり、娘の名前さえも忘れてしまっていてコミュニケーションを図る事はとても難しい状態でした。時には動揺して好戦的になり、時折ぶつぶつ言う事を除けば話す能力も無くなっていたのです。しかしハーブは、昔の曲だけは覚えていました。

私がギターの伴奏で「What A Wonderful World」などの昔の曲を歌うと、ハーブは落ち着きを取り戻し、曲の最後には必ず笑顔で拍手をするのでした。音楽を通じて、私たちは有意義な時間を過ごす事ができたのです。それ自体奇跡でしたが、この後起った事はさらに予想外でした。

ある日、セッションを終えて部屋を出ようとすると、ハーブが「今日は歌を歌うよ」と言ったのです。振り返ると、いたずら好きな子供のように微笑むハーブがいました。日ごろから「もう歌は歌えない」と言っていたハーブの突然の言葉に、私は驚きました。

そしてハーブは、低い声でゆっくりとジャズの曲を歌い始めたのです。普段は会話もおぼつかない彼から、言葉が容易に出てきました。音程は外れてましたが、昔は堪能な歌手であったのでしょう。曲の最後に私が拍手をすると、ハーブは満足な顔で微笑みました。その瞬間、私は初めて本当のハーブの姿を見たような気がしたのです。海軍兵として第2次世界大戦で戦ったハーブは、奥さんを若くして亡くし、一人で娘を育てたのでした。そして何よりも、彼の人生は音楽に満ちたものだったのです。

しかし、なぜあの日突然歌を歌う気持ちになったのでしょうか? 私には、その事がとても不思議でならなかったのです。

セッションの2日後、ハーブは突然亡くなりました。それは私自身を含め、ホスピスのスタッフにとって予想外の事でした。ここ数週間ハーブの様態に変化は無く、医者でさえも彼がこんなに早く死ぬとは予想してなかったからです。ハーブの突然の死に、娘さんは動揺を隠せない様子でした。しかし、ハーブが亡くなる2日前、音楽療法のセッション中にジャズの曲を歌った事を知ると、娘さんは落ち着きを取り戻し、こう言いました。「昔から父がとても気に入っていて良く歌っていたジャズの曲があるの。父が亡くなる前に歌った歌は、その曲じゃないかしら」

ハーブは自分の死を潜在意識で悟っていたのでしょうか? ハーブのような患者さんに何人も出会った今、彼は死を悟っていたのだろうと思います。死ぬ人はみな、自分に迫った死というものに気づくのだと思うのです。もしかすると、だからあの日ハーブは歌を歌ったのかもしれません。それが確実にわかることはないでしょうが、1つ言えることは、彼の歌が娘さんへの最後の贈り物になったということです。たとえ短時間であっても、あの日ハーブが自分らしくいられたという事が、娘さんに安らぎを与えたからです。そしてハーブは、私達に死の不思議さというものを教えてくれたのだと思います。