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三菱電機のエレベーター、強固な保守ビジネスを支える「見えないハイテク」

2017年07月13日 23時48分 JST

“乗車賃無料”のエレベーター その知られざるビジネスモデル

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あまりにも身近な乗り物なので、普段私たちが意識をせずに使っているエレベーター。そのビジネスモデルはどうなっているのだろか。写真は三菱電機が手がけるエレベーターとゲートが一体になった行先予報システム

私たちが毎日、お金を支払うこともなく乗っているエレベーター。身近な乗り物なので、意識をせずに使っている人がほとんどだろう。そこで改めて考えてみたい。エレベーターのビジネスモデルはどうなっているのだろうか。

2017-05-15-1494888282-7950911-dol_logo2.jpg 本記事は「ダイヤモンド・オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

世界のエレベーター・エスカレーターの新規設置数は年間約100万台。その3分の2が中国で、次がインドである。一方、日本の新規市場は年間2万台と、世界の中では2%にすぎない。

エレベーターは、そのグレードによって、プレミアム、中級、ローエンドの3つに分けられる。ローエンドは主に新興国のエレベーターメーカーが占めており、日本メーカーは、高級ホテルに入るようなプレミアムと、台数を取るためのボリュームの大きい中級に参入しようとしている。

三菱電機は、国内では長い間トップシェアをとり続けている。国内では、三菱電機、日立製作所、東芝、フジテックの日本勢と、オーティス、シンドラー(新規は撤退)の外資の6社で寡占状態にある。同社では昇降機というくくりで事業をしているが、そこにはエレベーターとエスカレーターが含まれ、台数比で言うと9対1の割合でエレベーターが多い。

業界全体の収益構造は、ハードはとんとんだが、保守でゆっくり回収していく仕組みである。

ハードを収めて保守で儲けるジレットモデルは維持できるか

従来、エレベータービジネスは“ジレットモデルの優等生”として、ハードを納めた後、長く保守で儲けるビジネスモデルで有名であった。しかしこのモデルも、維持することが容易ではなくなってきた。

エレベータービジネスの顧客は、ハードと保守で異なる。本体と設置に関しては、ゼネコンや施主が顧客になるが、保守は住宅の場合は管理組合、オフィスビルの場合は管理会社となる(公共部門への納品の場合は、顧客は同一になる場合が多い)。「ハードを安くして、メンテナンスで儲ける」というビジネスモデルは、顧客が同じ場合には進めやすいが、別のときは各々の財布の大きさを考える必要がある。

エレベーター本体の顧客であるゼネコンの財布は大きいが、近年の建設費高騰の中で、エレベーター費用を抑える傾向が強くなってきた。

これに対して管理組合、管理会社の財布はゼネコンに比べて小さく、大幅な値上げは難しい。さらに独立系の保守専門業者が、シェアを拡大するために低価格攻勢を強めてきている。このようにジレットモデルの維持は、だんだん難しい状況になってきた。

一方、設置から20~25年目になると、本体で再度ビジネスチャンスが訪れる。エレベーターの更新(モダニゼーション)だ。エレベーターの法定償却耐用年数は17年であるが、機能的寿命は20~25年目あたりで、このタイミングで更新の提案をする。保守を通じて顧客との関係を継続していることから、こうした営業が可能になる。

しかしモダニゼーションは、20~25年目に突然訪問して獲得できるものではなく、日頃の保守スタッフと住宅・ビル管理者との良好な関係がベースとなる。

無人のエレベーターが勝手に動く? ITでコストを削減する仕組み

収入を堅調に増やすことが難しいとなると、持続的なコスト削減が必要となる。エレベーターは、何にも増して安全が第一である。カゴをロープで吊るすという物理的な構造は変えることができず、故障の程度によっては重大な事故につながる可能性もある。事故が契機となり、日本から撤退を余儀なくされた企業さえある。

そのため建築基準法で、所有者、管理者に対して「常時適法な状態に維持するよう努めなくてはならない」と定められ、保守が努力義務とされている。いわば、“法的後押しのあるジレットモデル”と言える。

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普段、何げなく使っているエレベーターだが、実は見えないハイテクに支えられた保守・点検によって、利用者の安全・安心が守られている

エレベーターの保守は、従来は労働集約的な面が強かったが、最近ではインテリジェント化が進んでいる。三菱の場合、エレベーターの状態は、保守を行う三菱電機ビルテクノサービスに電話回線を通じて知らされている。

たとえば、早朝4時頃、誰も乗っていないエレベーターが上下している光景を見たことはないだろうか。これは、幽霊が乗って行く先階のボタンを押しているわけではない。エレベーターのリモート点検システムが稼働しているのだ。最近20年ほどの乗用エレベーターには、リモート点検システムはほぼ設置されている。

リモート点検システムは、遠隔点検と遠隔診断の2つから成る。前者は24時間、365日、故障に至る変調を見逃さず、センターに自動通報し、故障を未然に防止する。後者は、通常運行とは異なる状態を意図的につくり、診断する。たとえば、利用者の少ない深夜などに、満員時の2倍のトルクをエレベーターに加えてのブレーキ診断や、ドアの駆動力を落として開閉にかかる時間を計測し、敷居溝への異物混入などを診断する。

これによって、作業員が行かなくても点検・診断が可能になり、毎月足を運んでいたものが、3ヵ月に一度で済むようになる。

もう1つは、事前にエレベーターの状況を把握しておくことにより、作業員が保守に行ったときに、とりかかる作業の優先順位が前もってわかるため、短時間で効率的に作業を進めることができる。これは建機にGPSとセンサーを搭載したコマツのKOMTRAXと同じような効果をもたらしている。

フラグシップ効果は新興国では圧倒的に有利

香港では、第三者機関により、エレベーターの保守ビジネスにレーティングがなされている。それは故障の頻度だけでなく、修理に駆けつけるまでの時間なども評価対象となっている。

しかし日本には、こうした認証はない。「エレベーターは品質が良くて当り前」と考えられる文化だからかもしれないが、国産大手3社の間では、品質で差別化を図るのは難しいレベルにある。

三菱電機は1935年、日本で初めてエレベーターを発売し、見える形で技術的フラグシップを目指してきた。1993年に横浜ランドマークタワーに設置したエレベーターでは、高速でも床に立てたコインが倒れないという快適性をアピールした。また最近では、営業運転速度で世界最速(時速73.8km)のエレベーターを上海のビルに設置したが、これは乗客を速く運ぶということ以上に、フラグシップ効果が大きいという。

エスカレーターでも、世界で初めて螺旋型のエスカレーターを実用化し、横浜ランドマークタワーなどに設置した。螺旋型のエスカレーターは、はるか昔の1900年頃に米国メーカーが試みたが、失敗していた。開発・製造・据付のいずれの段階にも非常に高度な技術的な課題があることから、これも同社の技術的優位性をアピールするものになった。

こうしたフラグシップを握ることは、特にアジア・アセアンのマーケットでは、「三菱製のエレベーターを設置していること」がマンションの価値を高める効果があり、パンフレットに記載されていることからも、販促の上で大きな意味を持っている。

ちなみに、エレベーター、エスカレーターにおいてブランド名は、施主が認めた場合のみ表示が許される。

見えないハイテクが快適性とコスト削減を実現

エレベーターは、ただ上下する乗り物ではない。住む人、働く人に快適に移動してもらうための“黒子”の役割もある。

三菱電機が足もとで進めているエレベーター行先予報システムは、エレベーターに乗り込む前に行先階を読み込むことで、複数のエレベーターの中で最適なエレベーターを案内し、最少の停止階で目的の階に行けるというものである。これによりエレベーターの行列が減り、混んでいるエレベーターの中で利用者が階数ボタンを押す必要もなくなり、早く目的階に着くことができ、かつ省エネルギーも図られる。

さらに、セキュリティゲートでIDカードなどと連動させれば、行先階を押す行為自体が必要なくなり、セキュリティとスピードの向上が同時に実現される(カードの中に、勤務階を入力しておく必要があるが)。このシステムは、欧米のエレベーター会社が先行したが、国内への展開時にセキュリティシステムと連動させたのは三菱電機が初であった。

行先予報システムと群管理システム(エレベーターが団子運転にならないようにするシステム)によって、ビル管理会社にとっては省エネになる。行列が短くなることよりも、管理会社にとっては「コストが下がる」ことが導入の決め手となる。

三菱電機は、まず自社の本社ビルで本システムを導入した後、それを“モデルルーム”として、他社への導入を進めている。さらに、エレベーターのハードだけでなく、カゴの中のセキュリティや空調、照明などの管理も行っている。空調・照明などは、まさに三菱電機の総合力が発揮できる分野であるが、警備などは専門の会社と提携している。

あらゆるシナジーが求められるエレベータービジネスの未来

これまでのエレベータービジネスは、バンドリング(バリューチェーンのすべてを同一企業(グループ)が行うこと)によって、グループ内に価値を留めたきた。しかし、IT産業や医薬品産業と同じように、今後はアンバンドリング(バリューチェーンが解体されること)が進むかもしれない。現に競合の日立は、それを見越して英国で全メーカーの保守を行なう会社を買収した。

海外では、大きなビルになると複数の会社のエレベーターが設置されており、誰かがまとめて元請けとして保守を行ない、安全性とコスト削減の両方を実現することを求める管理会社も出てきた。

GEが行っている、他社製航空機エンジンのメンテナンスを一括して受けるようなビジネスは、エレベーター業界では各社ごとの違いが大きく簡単ではないが、時代の流れとして、求められてくるであろう。

こうした時代には、単品としてフラグシップ商品を持つだけでなく、空調、照明、セキュリティなどのビルシステム、さらには動く歩道などの公共システムとのシナジーも期待されるようになるため、三菱電機はもう一段ギアを上げる必要があろう。

その際には、これまで自前主義でM&Aの経験が少なかった三菱電機にも、M&Aによる事業立ち上げのスピードアップが求められるかもしれない。

(早稲田大学ビジネススクール教授 山田英夫)

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