『隣の家族は青く見える』 妊活を描く異例のドラマ、なぜ生まれた?

「やっぱり根底には、日本の性教育の未熟さがあると思います」
フジテレビ提供

フジテレビで、妊活をテーマにしたドラマが始まる。

夫婦を演じるのは深田恭子と松山ケンイチ。初回が1月18日夜10時から放送される。

視聴率が安定しやすいと言われる刑事モノや医療モノ、漫画原作モノではなく、ゼロから企画して完全オリジナルで取り組む新しいドラマが『隣の家族は青く見える』だ。

「とてもデリケートな問題だけど、地上波のドラマで扱いたいと思った。それぐらい、身の回りに溢れている問題だから」。

担当した中野利幸プロデューサーに話を聞くと、3、4年前から構想していたものが、やっと身を結んだのだという。ドラマに込めた思いをハフポスト日本版が取材した。

インタビューに応じた中野利幸プロデューサー
インタビューに応じた中野利幸プロデューサー
フジテレビ提供

■妊活はマスメディアで扱うべきテーマ

中野氏はこれまで、家庭内暴力(DV)や性同一性障害と向き合う若者を描いた『ラスト・フレンズ』(2008年)、恋愛に消極的な2、30代女性のリアルを描いた『私が恋愛できない理由』(2011年)など、その時代における社会的なテーマに「ドラマ」という形で挑んできた。

テレビ業界にもたくさん妊活をしている方がいます。同世代の友人からもよく聞くようになったので、実際どうなんだろう、と調べてみたら、やはり多数の方が妊活に取り組まれていることがわかりました。

自分自身が当事者である場合や、当事者の友人である場合を含めると、かなり一般的に広がっているテーマだと思い、ドラマで問題提起したいと思いました。

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実際に、この企画をやると言ってから、色んな人が「実は僕もそうだった」と打ち明けてくれます。男性にとっては特に話しにくいテーマかもしれませんが、ドラマをきっかけに会話が生まれるといいですね。

脚本を担当してくださった中谷まゆみさんは、妊活をする女性を描くなら、子どもが欲しくない女性も絶対描かなきゃいけない、とこだわっていました。それで、ドラマの中に事実婚のカップルが出てくるんです。子供が欲しくない女性も今すごく多くて、それもリアル。もっと色んな選択肢に気づいたり、理解しあったりすべきだと思いますね。

僕は、やっぱり根底には日本の性教育の未熟さがあると思います。「コンドームしなさい」とは教えるかもしれないけれど、卵子の数には限りがあるといった知識をきちんと教えられた人はどの程度いるのでしょうか。

日本はセックスの話が、家庭でも学校でもタブー視されがちだけど、本来は人間の根源的なものなので、もっとちゃんとオープンに会話されるべきだと思う。知るってやっぱり大事です。このドラマで性教育のあり方まで変えられるとは思っていないですが、考えてみる機会にでもなれば嬉しいです。

■家族は、つながりを求めている

主演の深田恭子、松山ケンイチ演じる妊活中の夫婦が住むのは、複数の家族が建設段階から意見を出しあって一緒に作り上げるコーポラティブハウスと呼ばれる集合住宅だ。ドラマでは、主人公夫婦の他に、男性の同性カップルや事実婚のカップルなどが住んでいる。

僕が妊活をテーマにドラマを作りたいと思っていて、脚本家の中谷さんはLGBTをテーマにドラマを作りたいと思っていた。その2つの思いが、コーポラティブハウスという座組みを発見することで、1つになりました。

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実際、コーポラティブハウスに住む人って増えているんですよね。マンションのように最初から出来上がった内装ではなく、いちから設計に参加できるし、いい場所に割安で住むことができるので、暮らしにこだわりがある人が多い印象です。

設計段階から家族同士が会っているので、距離感が親密なことが多い。家族の構成や職業もわかってしまう。自宅の鍵をお隣さんに預ける人もいると聞きました。なんだかんだ、みんなつながりを求めているんだなあと感じます。

コーポラティブハウスに住んでいる僕の友人は、結婚しない主義を貫いている独身なんですが、周囲の階の住人がお見合いを何度も勧めてくるそうです。余計なお世話だよって言いながら、完全に気を悪くしてる訳でもなさそうで。

2008年に『ラスト・フレンズ』というドラマを作った時は、5人の若者を「シェアハウス」に住ませたんです。一人一人の悩みをお互いが分かち合っていく様を描いた。今回は、個人同士のつながりから、家族同士のつながりになりました。家族同士がつながりを求める時代の空気なんだと思います。複雑な事情を抱える家族同士が触れ合うことで、変わっていく姿を見せられたら、と思います。

■リアルを描きたかった

ネット上で批判が殺到する「炎上」という言葉もすっかり定着した昨今、多様な価値観を考慮して番組をつくる必要性がさらに増してきている。

これまでドラマでゲイが登場する時って、良き相談役になってくれる「オネエ」的存在とか、強烈な個性をもつキャラクターが多かったと思うんです。でも実際にはそうじゃない人もたくさんいる。このドラマでは、リアルを丁寧に描きたいと思いました。親とどう向き合うべきなのか、など多くのゲイの方が抱える悩みも扱っていきます。

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当然、表現には注意しています。人を傷付けたいドラマではないので、細かな言葉遣いや表現で誰かを傷付けてしまうのは避けたい。LGBT監修もしっかり入れて、当事者の立場からのアドバイスもいただいています。価値観の多様化が進んでいる今の時代には必要なことだと思っています。

例えば物語に出てくる、ゲイを中傷する貼り紙。ここに書かれる言葉のチョイスについては、丁寧にご意見を伺いました。選ばない方がいい言葉や、全体のニュアンスですね。

やっぱり当事者にしか分からないことはあります。不妊治療も本当にたくさんの取材をしました。こういうドラマを作るなら、やっぱり頭の中で想像して完結するんじゃなくて、当事者の意見や体験談を聞くことが大事だと思います。

■「親世代」に見て欲しい

あえて難しいテーマに挑み、綿密な準備を重ねる。それでも最後にドラマを観るかどうかを選ぶのは視聴者だ。

このドラマは、もちろん色んな人に見て欲しいんですが、特に50、60代の親世代に見てほしいなと思っています。ドラマでも親世代の意見がいくつか登場します。女の人は子どもを生んで当然だと思っている人もいるし、口には出さないけど孫への期待と不安が膨らんでいる人もいる。

昔は、結婚することも子どもを生むことも当たり前だったと思うんですけど、今はもうそんな時代じゃない。妊活世代には妊活世代の悩みやライフスタイルがあるということを、何となくでも知ってもらえると、より住みやすい世の中になるのかなと思うんです。

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ただ、僕は視聴者に対して「こんな風に感じて欲しい」という思いはないんです。「へ〜、こんな人もいるんだ」って知った上で、それをどう受け止めて、解釈するかは自分次第。それぞれの感じ方があっていい。

2007年にいじめをテーマにした『ライフ』というドラマを作りました。その時、「こんな酷いいじめのドラマを放送したらいじめが増える」と大人たちから批判されました。でも、子どもたちからは熱狂的に支持された。「初めていじめは悪いと思った」とか「これからは助けてあげたい」といったメールや電話が次々届きました。世代によって全然違う反響だったんです。

僕は、これこそドラマをやる意義だと思います。色んな人が色んな形で感じ取る。そこから会話が生まれたら、すごくいいですよね。

Marie Minami/HuffPost Japan

■ドラマだからこそできること

社会問題に取り組みたいなら、ニュースやドキュメンタリーを作るという選択肢もある。

実は僕、報道志望でフジテレビに入社したんです。社会問題にアプローチしたいと思っていたから。事業、編成と部署を異動し、編成部にいるときに初めて自分の企画が通りました。9.11のテロ事件で夫を亡くした実在の日本人女性をモデルにしたドラマでした。

この時、気づいたんです。ニュースやドキュメンタリーでは、事実しか伝えられない。でもドラマは、フィクションだから、裏側のストーリーを描いたり、視聴者に想像で補う余地を残したりできる。ドラマの方が、自分がアプローチしたい社会現象や時事問題を扱えるのではないか、と感じました。

妊活は、実際に苦しい思いをしている人もたくさんいるデリケートなテーマ。それでも、なるべく明るく、軽やかに描きたいと思ってきました。

妊活って男性側に当事者意識が低いことが多い。男性は「自分のせいじゃない」と思いたくて、どこか女性のせいにしてしまう節がある。

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ドラマの中で、松山ケンイチさん演じる大器が精子の検査を受けて、自分の精子の数が大丈夫だったとわかった時に、あからさまにほっとするシーンがあります。女性の神経を逆撫でするリアクションだと思うんですが、大器はすっごく喜んでいる。これがリアルだと思うんですよね。リアルを描けるのがドラマのいいところでもあります。

ドラマの中で大器も変わっていきます。みんな変わっていきます。色々な知識を吸収して、色んな気持ちになって、成長して行きます。そんな登場人物の成長を見守りながら、視聴者の方にも気づきを残せたら嬉しいですね。

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