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コロナイゼーションの進展としての東京電力福島第一原子力発電所事故対応

2015年07月12日 20時42分 JST | 更新 2016年07月12日 18時12分 JST

現代の日本社会で一番深刻化している病理は、プライドとつまみ食いです。

プライドも、オモテに出ている実績や何らかの能力や所有物についてのプライドであれば、そこには見るべきものがあります。しかし実際にはプライドが高いのに、オモテではまるで謙虚であるかのようにほとんど自虐的に振る舞い、ウラで自分がつまみ食いできるパイの確保と拡大に徹底的にこだわるようなプライドの高さが、次第に高じてしまっています。

オモテで流行している理屈や綺麗事には口先の賛意を示しますが、こころの底ではあらゆる論理や徳目を軽蔑して憎悪しているかのようです。合わせるふりをしてその精神を殺しています。そして、本気になるのは、ウラで展開される寝技や腹芸で自分たちの既得権を確保して拡大していく時です。そのためには、オモテの名目には、それを見下していることを周囲に知られないギリギリで、なるべく軽くだけかかわることがよいと考えています。

日本社会は、平成23年に東京電力福島第一原子力発電所の事故を経験しました。

その後の対応として行われたことは、部分的には顕彰されるべきすばらしい面があり、英雄的に頑張った(頑張っている)人々がいましたが、全体としては残念な展開をしています。私はそれを、社会学者の開沼の言葉を借りて「コロナイゼーションの進展」と呼ぶことにします。

本論の考察を進めるために二つのテキストを参照します。一つは、経済学者の野口悠紀雄による『1940年体制―さらば戦時経済』です。本書によれば、日本においても1940年代以前には企業では英米型の株主優先の会社、非終身雇用、直接金融が中心であったそうです。それが、1940年代に太平洋戦争における総力戦に向けて金融システムも整備されて戦時経済に移行しました。

「間接金融」という国全体のお金が一回は中央に回収されて、それから国策に則って分配される、という仕組みになりました。1940年代以前までは、何らかの事業を行いたい人は、その事業ごとにお金を集める方法(直接金融)が日本でも主流だったそうです。それが間接金融というシステムで動く社会になると、日本社会を単一のシステムとみなして、その中で格上とみなせる位置を占めることが、個別の事業の内容に精通している以上に、資本を含めた多くの富の分配を期待できる社会体制となったのです。

私はよく「日本的ナルシシズム」という言葉を使いますが、これを個人の病理の水準で考えた場合に、少なくとも短期的には、野口の語る「1940年体制」にもっとも良く適応した生きた方ということになります。この場合に、日本人が想像上で共有している格付けの中で上位を得ることが何よりも重要です。個別の経験を深めることも大切ですが、むしろそれに深入りし過ぎないことも、上を目指すためには必要であると考えられるようになります。

そして、これが病理的な水準に達すると、「目立つおいしいところはきちんと立派に仕上げるが、それ以外はなるべく手抜きをして、もし何かあれば責任はだれかに押し付ける」ということになります。偽装が起こりやすくなりますし、面倒なことには必死に関わらないで逃げる姿勢を身につけるようになっていきます。集団の空気にそぐわない言動を行うことは、社会の中の自分の格付けを下げるリスクが高いので、なるべくそのようなことにならないように細心の注意が払われるようになります。

やはり注意するべきなのは、この体制が戦争を遂行することを目的に作られていることです。戦争の目的は、古典的には何かを打倒してそれを支配下におき、その対象を搾取できる植民地にすることでした(植民地化:コロナイゼーション)。第二次世界大戦が終了した後も、日本では現在まで1940年体制が維持されていると考えられています。それでは、戦後に打倒して支配すべきコロナイゼーションはどこに求められたのでしょうか。

本論で参照する二つ目のテキストは、社会学者の開沼博による『フクシマ論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』です。開沼はその著書のなかで、「原子力ムラ」が成立した背景を、国家を単一の価値観でまとめあげて総力戦体制を作り上げ、戦争や経済発展を求め続けた日本という国家の近代の問題と結びつけて考察しました。「コロナイゼーション」を不断に遂行することが国策であり、それが実現している姿が国体だったのです。開沼はこれのような統治システムが高度化していく過程を、3つの段階で分けました。

最初が、「外へのコロナイゼーション」で、戦前の1895年から1945年までです。次が、1945年から1995年までの「内へのコロナイゼーション」でした。外国に植民地を求める活動は太平洋戦争における敗戦によって継続することが不可能になりました。しかし、「植民地」を求めて止まない社会構造は、日本国内の沖縄などの地方に、それまで外地の植民地が担ってきた機能を求めるようになったのです。福島などに原子力発電所が設置されたのも、東京などの都市部に電力を供給する役割を負わせつつ、事故などが起きた時のリスクを一方的に原発立地に押し付けるコロナイゼーションの問題と結びついていました。

そして(3)が、1995年以降の「自動化・自発化されたコロナイゼーション」でした。地方が原子力発電所を引き受けることには、交付金を自給することによって苦境にある故郷を支えるというメリットももちろん存在します。そこには問題もありますが、メリットもデメリットもある政治的・経済的問題として当事者が熟考した上での判断であるのならば、それは少なくとも精神科医が口をはさむような問題ではありません。しかし現実的な検討能力を欠いたまま、原子力発電所は絶対に事故を起こさないといった「安全神話」を共有し(これは現実の重大な否認でした)、自分たちが作り出したそのような虚構を、原子力発電所を押し付けた方も押し付けられた方も本気で信じるにいたる場合、それは病理的な精神現象であったと考えられます。

筆者も、そのような安全神話を共有していた日本人の中の一人でした。このようなナルシシスティックなこころは、自分たちが想像上で共有している内容を、現実が示す危険性の徴候よりも優先する傾向が強くなります。開示されている資料からは、東京電力等が、津波が起きた場合の原発の安全対策について軽視していたことが分かります。

私は、平成23年の事故をきっかけに日本社会は変わるべきだと考えました。野口が1940年体制と呼び、開沼が内なるコロナイゼーションと呼ぶものに対応する心理・社会体制を私は日本的なナルシシズムの現れと見なしています。これへの真剣な反省が行われるべきなのです。

しかし、平成23年以降に現実に日本社会で進んでいるプロセスは、むしろ「コロナイゼーションの進展」と思えるような出来事です。震災から4年が過ぎた時点でも、避難を継続している人は約23万人いると考えられ、震災関連死と認定された人は福島県だけで1900人に迫ろうとしています。しかしそうであっても、この社会・心理システムは無謬であり国民からの全幅の信頼を要求することが当然であると主張するかのような姿勢は一貫し、ある面ではさらにそれが強化されています。

私は平成24年4月から福島県南相馬市に暮らしていますが、強い違和感を持ったのは、賠償金の取り扱いでした。通常、災害に遭った人々が賠償を行う場合には、次の3つの方法が可能です。(1)東京電力に直接請求する、(2)原子力損害賠償紛争解決センターに和解の仲介を求める、(3)裁判所に訴訟を提起する。しかし請求にかかわる労力等を考慮すると、ほとんどの場合に(1)が選択されます。

私は本職が精神科医なので、つい、いろいろな出来事の心理的な影響を考えてしまいます。今回の事故後に被災地で賠償請求を行う場合には、被災者の多くの方が、東京電力の指定する書式で請求し、その可否の判断を東京電力から伝えられることになります。この場合に、マイナスで怒りを向ける部分があったとしても、全体としては事故後においても東京電力の影響力・支配力の大きさを体験してしまうのではないでしょうか。社会的な葛藤解決における第三者性は、ほとんど導入されていません。

私にとっては望ましいことと思いますが、(2)・(3)の方法を選択する人も増えています。

賠償金の払い方に極端な差をつけていることも、問題だと思います。このことが地域のコミュニティーの分断を招き、少なくない被災者の方々に「地元の人間同士で話ができなくなった」という思いをさせています。これは、大地震・津波・原発事故、その後の避難生活等の困難を耐えている人々に上にさらにつけ加えられた、深刻な精神的苦痛を増す要因となっています。

あまりに露骨です。「原発事故の影響はほとんどないから、現在も廃炉の作業を行っている福島第一原子力発電所のできるだけ近くまで、とにかく帰還を目指すように」という方針を受け入れてその方向で努力する人には、多くの賞賛と応援が行われます。そうではなくて、自主的に避難を行っている人への支援は、はるかに少なく、その差が顕著なのです。

賠償金の運用については、他にも細部にわたって様々な問題がありますが、一人一人の被災者に寄り添ってその生活の再建を援助するというよりも、オモテでは声高に主張されない国の方針に、金の力で誘導するような方向性が目立ち、現地の生活はまだ混乱したままです。個人の水準では、自ら自分の人生を切り開こうとする自我の力の芽生えは足を引っ張られたり搾取されたりして、日本的ナルシシズムの病理に沿ってそれを進展させるような振る舞いが報われやすい状況が続いています。

やはり目立つのは、除染の問題です。さまざまな社会的な葛藤が未解決な被災地ですが、「とりあえず除染をする」という点では行政と被災者の間での合意が得られやすいのです。他の社会的な葛藤が未解決なままで、この部分だけが国策として進むと、どのようなことが起きるでしょうか。環境省が設置している除染情報サイトのHPによれば、特措法の施行のための予算(環境省要求分)として、平成23年度第3号補正予算において2,459億円、平成24年度当初予算において4,513億円、平成24年度東日本大震災復興特別会計特第1号補正予算において104億円、平成25年度当初予算において6,095億円、平成25年度第1号補正予算において804億円、平成26年度当初予算において4,924億円が措置されています。この合計が1兆8899億円です。

もちろん、これが必要な事業であることは理解できますが、やはり莫大な額です。そして、地域で生活していて実感するのは、地元の復興のために必要な対策は除染だけではありません。例えば、震災後の混乱の中で、元来から脆弱であった医療・介護・福祉の体制も大きな影響を受けました。一時休業を余儀なくされた施設が多数存在し、医師や看護師として地域で働く人の数は減少しました。南相馬市に暮らす人は震災前で7万人以上でしたが、現在は5万人前後とされています。

放射線の影響を警戒して避難を続けている人は若い世代が多いため、65歳以上の人が占める人口の高齢化率は平成23年3月で25.9%だったのが平成26年1月で33.2%に上昇しました。震災後に避難生活の影響もあって認知症を悪化させた高齢者が増えましたが、それに対応する医療・福祉の人員は大幅に不足しています。特に、日本社会での格付けが低く抑えられ、低めの報酬に甘んじてきた女性の看護師・介護師の待遇を改善させようという動きは、行政からも地元からも中々活発化しません。

そもそも、医療・福祉の分野だけではなく町全体に働き手が不足しているのです。建築業を中心に活発に行われている震災からの復興事業に関して、平成26年10月に相双ハローワークが発表した建築業の有効求人倍率は、6.69倍でした。地元では、「大工さんが足りない」ということがよく話題となっています。住民の中の思いの強い人は、過労な状態が続いています。

除染等の作業のために県外から来て県内で作業している人は、福島県全体で1万6千人という話もあります。南相馬市内でも、あちこちに作業員の宿舎ができましたし、食堂や居酒屋は本当に作業員の方で賑わっています。大多数の方が非常に真剣に地域の復興のために必要な作業に従事してくださっていますが、地元では地域の治安が悪化したという噂を聞くことが増えています。実際に私の知り合いから、「自宅の近くに作業員の宿舎ができて、たくさんの見知らぬ男性が出入りしている。だから、他地域に避難させている孫娘を自宅に呼び戻すのをあきらめた」と聞くことがありました。そうなってくると、何のために除染をしているのかについて疑問を抱いてしまいます。

その作業員たちも守られていません。見知らぬ土地で暮らして慣れない作業に従事し、地元の人々から疑いのまなざしを向けられていたら、息抜きすることすらできないでしょう。地元の病院