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国作りの根幹は教育。教育なくして国の発展なし。 - 認定NPO法人Teach For Japan 代表理事 松田悠介

2014年11月27日 00時41分 JST | 更新 2015年01月26日 19時12分 JST

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松田悠介 (まつだゆうすけ)

1983年生まれ 千葉県出身。日本大学卒業後、体育教師として都内中学校に勤務。体育を英語で教えるSports Englishカリキュラムを立案。その後、千葉県市川市教育委員会 教育政策課 分析官を経て、2008年 ハーバード教育大学院(School Leadership専攻) へ進学し修士号を取得。卒業後、PwC Japanにて人材戦略に従事し、2010年に退職。Teach For Japan の創設代表者として現在に至る。京都大学特任准教授、奈良市教育振興戦略会議委員、世界経済会議(ダボス会議)Global Shapers Community選出、2014年日経ビジネス「今年の100人」に選出。

著書:「グーグル、ディズニーよりも働きたい「教室」(ダイヤモンド社)」。

http://teachforjapan.org

"次世代の教師に、リーダーシップを。すべての子どもに、時代を切り拓く力を。"という信念のもとTeach For Japanを創設し、全力疾走で走り続けている松田さんに、その取り組みに辿りつくまでの経緯と現在の活動、そして今後の展開への熱い想いなどを伺いました。

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OYAZINE(以下O と略):Teach For Japanという団体について教えて下さい。

松田さん(以下松田と略記):認定NPOとして活動している団体です。元々の課題意識として、日本において様々な厳しい状況に置かれている子ども達がいるという事があります。経済的な厳しさを持つ子がいれば、発達障害を抱えている子ども、地域的差別を受けている子ども、外国籍の子どももいる。そのような様々な厳しい状況により、早い段階で子ども達の未来が決定してしまっているという現状がリアリティーに存在しているんですよね。でも、それを変えたい。と思ったんです。生まれた環境に関わらず、全ての子どもが自分の可能性を活かせる仕事や分野に就き、且つどんどん変化していくその社会において、大人になった時に経済的・社会的に自立する事が出来るようにしたい。

なので、Teach For Japanは2つの課題を意識して活動しています。1つ目は、厳しい状況の中にいる子ども達に、どうその連鎖を抜け出す為の教育を提供していくのか。2つ目は、じゃあその時のコンセプト。すばらしい教育の定義ですよね。インプット型授業をやっていたのでは、貧困の連鎖は抜け出せない。時代を見据えた上で、創造性や課題解決能力、多様性、コミュニケーションや主体性を育める教室環境をどう与えていくのか。

O:つまり、その2つの課題を感じている中で、公立の学校に対してTeach For Japanは課題解決になるようなものを提供している団体なのですね?

松田:そうですね。解決の仕方といっても、人・物・金と色々なリソースがあると思うのですが、物やお金ではなく、教育は人ですよね。どれだけテクノロジーが進歩したとしても、どれだけ奨学金を沢山与えたとしても、最終的にそれを活かす人にかかってくると考えています。その上でTeach For Japanがやっている事は、課題解決が必要な学校に2年間、優秀で情熱のある人材を送っていこうというものです。

O:なるほど。優秀さって色々な定義があると思うのですが、Teach For Japanとしてはどういう人材を"優秀"と考えているんですか?

松田:まず志(こころざし)。山登りで言うと、どの山登るのかという事をちゃんと見定めている人。そのうえで、その頂上がしっかり見えている人。つまり、志・目標・ビジョンを持っている人になります。そして、そのビジョンがTeach For Japanが登ろうとしている山と一緒なのか。要するに、パーソナルミッション・ビジョンとTeach For Japanのミッション・ビジョンが一緒になっている人であるか、です。別に頭が良くて、いい大学を出ているとか、スーパーマンを想像しているわけではなくて、その人のポテンシャルが大切だと考えています。

O:ちなみに、現在1期・2期フェロー合わせて、何名くらいの方が現場に向かわれているのですか?

松田:現在1期生が11名、2期生が13名、合計24名送っています。3期生は30名送りますので、規模としては倍になります。

O:結構な人数ですが、フェローを実際に送る学校はどうやって選んでいるのですか?

松田:これは教育委員会とお話をさせて頂いて、課題の緊急性の高い学校に送るという事でやっています。

O:そういう意味では、Teach For Japanから先生が派遣されているっていうのは、あまり大々的に言うものではないですね。

松田:そうなりますね。ここが日本とアメリカの大きな違いなのですが、アメリカは課題があるぞ、放置しちゃいかんだろと、課題を課題として認識し、そこから課題解決に繋げていくのですが、日本には課題を隠す習性があって。それはもちろん、隠すというと語弊があるかもしれないけど、公にしては困るという方々が多いです。

O:それはつまり、どこの学校に派遣されているという事はオープンにされていないという事ですか?

松田:はい。地区は公表していますが、学校名は公表していません。

O:なるほど。お話を聞く限りだと、既に現場にいる先生に対して、もっと情熱を持てたり、実行力を身につけてもらうようなワークショップをやっていくなどのアプローチもとれたのではないかと思うのですが、なぜ今のTeach For Japanのプログラムでのアプローチを選んだのですか?

松田:自分の原体験があるからですかね。

O:元々、教員をやっていたという?

松田:いえ。その前の経験です。私、中学校時代にいじめられた経験があるんです。毎休み時間、同級生が来て柔道技をかけてくるっていう。今でこそ人に話せるけど、当時は相当辛くて、自殺を考えた事もありました。でも私がそのいじめを抜け出す事が出来たのは、恩師との出会いがあったからなんです。体育の松野先生という先生が、自分の所にやってきて、「どうすれば強くなれるか一緒に考えていこうぜ。確かにいじめっ子は99%悪いかもしれないけど、松田が出来る事が1%あるかもしれないよ。」と。その先生と一緒にどうすれば身長は高くなるのか、どうすれば筋肉はつくのかとか、色んな事を二人三脚で乗り越える様になりました。先生は答えを与えてくれたわけじゃなくて、常に私に問いをかけて半歩先を照らしてくれていたんです。そして、最終的にいじめを抜け出す事も出来たし、他にも大嫌いだった体育が大好きになったり、大きな変化がたくさんあったんです。だから恩返ししたいなという想いで、教員というところにフォーカスしたんですよね。

O:では中学から先生になるぞと決めていたのですか?

松田:高校からですね。中学校2・3年生でいじめを乗り越えて、色々考えた時にやっぱり先生だよねって。高校生の頃には松野先生と同じ、体育の先生になろうと。恩送りをしたいという想いで先生になろうと決めました。そうして実際に先生になって、これほどやりがいのある仕事はないなと。いい仕事なんですよ、先生って。本当に楽しい仕事です。今こうやって起業したり、その前はコンサルしたり海外に留学したりしていましたけど、自分の過去10年を振り返ってみても、やっぱり教師が1番楽しかった。あれだけ他者の人生に直接影響を与える仕事ってないですよ。皆さんもきっと、自分の人生に影響を与えている先生って1人や2人いると思うんですよね。そして、それが自分の礎になっている。すごいやりがいがあるなと思ったわけです。でも自分が現場にいた時に、子どものことを考えずに、黒板にだけ向かって授業をして、学級崩壊を引き起こしている先生がいたんです。しかも、その先生は学級崩壊を子どものせいにしていたんですよね。それがどうしても許せなかった。

O:そうすると、例えば現場で出会ったそういう学級崩壊などの課題を抱えている先生に対して、何かこう手伝いをするというアプローチも取れたと思うのですが、その後どういった経緯や課題意識で、活動の方向性を決めていかれたのですか?

松田:私自身が教員だった当時は、どうすれば子どもに対して熱い想いを持った大人を1人でも教育の場に増やしていけるのかというところ、つまり教員採用の問題だと考えていたんです。でもある時、「なんなんですかね、あの先生は!」って他の先輩の先生に愚痴を言ったら、その先輩がすごく印象的な事を言ってくれて。『松田君、分かるよ。でもね、あの先生昔熱かったんだよね。』と。なるほど、子どもや教育に想いがなくて先生になる人はいないんだと。みんな何かしら最初は想いがあって、その想いが組織、文化や色々な優先順位の中で小さくなっていったのだと気付いたんです。じゃあ、熱い人を入れるだけではなくて、そういう熱い想いを持った人の想いを持続出来る仕組み作りをしなきゃいけないなと思ったんですよね。そして、その時に学校を作ろうと。そうすると、私は学校を経営する立場になるわけですから、リーダーシップやマネージメントを理解しながら、組織を動かしていかなくてはいけないと思って、教員や教育というコンテンツの中でのリーダーシップやマネージメントを鍛えていくプログラムがあったハーバード教育大学院を受験する事を決めて、血尿を出しながら勉強して(笑)、最終的に受かりました。行ってよかったなって思うのは、やっぱりTeach For Americaとの出会いですよね。その時に、自分が学校単位でやろうとしていた事を、社会全体を巻き込みながらやっている団体を見つけたわけですから。

O:Teach For Americaに出会って、学校を作ろうと思っていたその気持ちや考えが変わったという事ですか?

松田:はい。自分がやろうとしていた事を社会を巻き込みながら、年間6000名の教員を派遣して、且つ就職ランキング1位にもなっているなんて、インパクトが計り知れないわけですよね。同じ考え方なのに、スケール感が違うと。それと出会ってしまった自分の責任みたいなのを感じました。そこで "Teach For Americaの日本での実現の可能性"という、修士論文を書いたんです。日本での実現は極めて難しいという結論になったんですけどね。とは言え、そのプロセスで多くのTeach For Americaの先生に会って、みんなすごい情熱なんですよ。それがもう頭から離れなくて。どれだけ自分の修士論文で出来ない理由をぶわぁーと挙げたとしても、日本では実現出来ないとどんなに他者に言われたとしても、これはこうだから出来ないではなく、これを変えれば出来るんだという発想の転換をして、今に続いているというわけです。

O:ではどうして持続し続けることが出来ているのでしょうか?

松田:まずやってみないと分からない。拙著でも、"試し食いの理論"と書きましたが、日本でやるのは難しいと諦めちゃうのではなく、やろうと前に進む事です。やってみると、やりがいや大変さ、様々な課題が見つかる。実際、NPOへの寄付文化がない・教員免許がないと教壇に立てない・日本の教員には新卒採用を重視する文化があるという3つの壁があったんですけど、当事者となって考え、やってみるからこそ、見える解決策があって、乗り越えて今があるんだと思います。

O:なるほど。それではその3つのポイントとなる壁を乗り越えてきた今だからこそ、今後目指していきたい道や目標、今後のお話をお聞かせ下さい。

松田:国作りの根幹は教育なんですよ。教育なくして国の発展なしなんですよね。特に日本なんて資源は何もないんだもん、人しかいないんですよ。だから、この"人"をどうしていくかっていうのがすごく重要だなと思っています。我々Teach For Japanのインパクトを、ただ単に1人のフェローが1つの教室を作っているというだけのものでなく、一つのモデルになり、それを他の先生達も受ける事が出来るそもそものシステムに根付かせるというインパクトにしていきたい。ゆくゆくはTeach For Japanなんてなくていいんですよ。自分達の仕事をなくす事が仕事だと思っています。

O:フェローの先生に対しては、現場に入っていく中で自分のクラスというだけでなく、そういう先生が入った事による学校全体への影響もある程度期待しているという事ですか?

松田:そうそう。そこが見えていないと、Teach For Japanのフェローになる意義ってないと思う。Teach For Japanのフェローになるメリットは、そういう熱い仲間達が結成して、20年後、30年後日本の教育のインフラになる可能性があるっていうところ。そこにワクワクする人でないとダメっていう事ですよね。

O:それがフェローである2年間であるわけですよね。ではその2年間を経た人に対して期待する事ってあるんですか?

松田:2年間の経験が人生の礎になって成長し、どんな立場でもいいので各々の立場で教育課題へ取り組むリーダーであって欲しいなと思っています。

O:そのようなフェローを育てていく為に、当然彼らの研修プログラムやそれにかかる費用っていうのも必要だと思うんですけど、今何か取り組んでいる事はあるんですか?

松田:この記事を読んで共感して頂いた方には何かしらアクションを取って頂けたら嬉しいです。今私たちがReady Forで取り組んでいるクラウドファンディングで寄付をして下さるのもひとつですし、TFJサポーターとして月々の寄付をして下さる、?