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科学が好きということとSTAP騒動(その4)

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今回のSTAP問題のキーパーソンは、理化学研究所、発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長だといわれている。

STAP細胞研究の可能性を評価して、小保方さんを採用したのも笹井さんらしい。

また、先日の中間報告でも、未熟な小保方さんだけではnature掲載レベルの論文は書けないので、全体の学問的なストーリーの構成は笹井さんが行ったと言っていた。

それ以外にどんなことがあったかは、さらに調査結果をまたないとわからない。(4月1日に最終報告があったけど、論文チェックを怠った責任はあるけど、捏造には関与していないとのことだった)

笹井さんは、世界で初めてマウスのES細胞から立体的な網膜全体を作った人で、押しも押されもせぬ世界トップクラスの研究者だ。

近く、iPS細胞を使った網膜再生の臨床研究が、高橋政代プロジェクトリーダーのもとにはじまる。iPSでこの臨床研究ができるのも、笹井さんのES細胞による研究の基盤があったからこそだ。

つまり、笹井さんは、今さら、自分の功を焦る必要なんてない人なのね。

しかし、それでもある種、焦らざるを得ない状況ができてしまっていたのではないかとも思う。

そのきっかけは、iPS細胞の登場だ。

山中伸弥さんがノーベル賞を受賞して、iPS細胞が華々しく注目されたことで、日本のES細胞研究には北風が吹き付けた。

これは、しかし、山中さんがそうなるように意図したことでは決してない。

ノーベル賞を受賞したとき、山中さんはES細胞の研究も非常に大切で、これからは両者が協力してやっていかなければならないということをいっていた。

しかし、政府は結局、政策的に、予算をiPSに集中投下して、ES細胞研究は削るということをやってしまっている。

ES細胞の研究には何の落ち度もなく、着々と成果も出していたのに、研究費は削っちゃったのだ。

今回、STAP細胞が大々的に宣伝されたとき、山中さんは素早く、メディアに発表されたiPS細胞とSTAP細胞の比較には、誤りがあると指摘した。

iPS細胞はすでに研究の歴史の中で大きく改善されてきていて、登場したてのSTAP細胞より実績があるし治療に繋がるという趣旨の発言だった。

この素早い反応は、オレ的には、どこか違和感があった。その時のオレの感覚では、iPSは面白い研究だし、STAPも面白くなりそうだから、両方面白くていいじゃん。そんなことわざわざいうことないじゃんみたいな長閑な感じ。

でも、ひょっとすると、山中さんにとっても、こういう比較は死活問題と感じられたのかも知れない。

オレの『サはサイエンスのサ』にも書いたけど、すごく山中さんはスタッフ思いで、成果の発表の時は、この研究は誰々さんがやったものと、その名前をきちんと紹介していたくらい。

そういうスタッフ思いの人が、ノーベル賞受賞以降、大きな研究所をまかされ、たくさんの人たちを雇っている状況にある。もしここで、いきなり研究費が減額される様なことが起きたらと、考えざるを得ないんじゃないかなあ。

STAP細胞の発表の時、理研は、小保方さんをキャラ的に立てて、大々的にメディアに売り込んだ。割烹着を着てムーミン好きなリケジョの星みたいな。

これを、なんでそんな本筋に外れたおかしな事をするのかと、不快感を顕わにした研究者も少なくなかった。オレも、そういう宣伝臭いところはあえて無視して、100年後の基礎に貢献したいという彼女の言葉は良いかんじよねって言う話をしていた。

なぜ、メディアに向かって、派手に宣伝する必要があったのか。

それは、今から思うと、政策決定者というか、予算の配分権を握っている人が、たぶん科学をそれほど好きでもなくて、科学とは何かわかっていなくて、何が科学にとって重要なのかの目利きのできない、平凡な人だからだと思う。

もちろん、そういう目利きは皆無ではないだろう。

日本の役人はすごく優秀で、いろいろ取材してきた経験からすると、オレの人生で出会った中で、トップクラスに頭が良くて、日本の将来のことをよく考えていると感じさせる人が何人もいたからね。

でも、そう言う人がいたとしても、経済合理性こそがいちばん大事だという今の世間の風潮からすると、そういうことは言えないとか、言っても賛同して貰えないというようなことが起きているんじゃないかなあ。

iPSとESをゼロサム的に競争させる,全くしょうもない政策決定が実行されている現状を見れば、物事を決めているのは、科学をてんでわかってない人たちだということは明白だ。

その事実は、大きなプロジェクトを抱え責任を持っている研究者を、心から震え上がらせ、焦らせているんじゃないかなあ。

科学を科学としてやり抜く環境が、日本では崩壊しつつあるんだよね。

そういう科学に興味の薄い人にアピールするには、科学の好きな人から見ると、ある意味なんだかなあってな話で盛り上げる、メディア戦略もないといけないわけだ。

それをしないと、死活問題だって言うプレッシャーが、大きなプロジェクトのリーダー格の人にできちゃったんじゃないかと思う。

もちろんこれは、取材に基づかない、完全にオレのかんぐりというか、妄想ではある。でも、やっぱり、そういう力学が働いていることが、驚きのセキュリティ・ホールを開いてしまった、背後にあるような気はするんだよね。

これに関連したことでいうと、近頃は色々な研究が大学や研究機関のWebで発表されるようになって、その内容のある程度のことが簡単にわかるようになっている。

それは便利で良いんだけど、実際そういうのを読んでみると、ほとんどの場合、なんか、盛ってるんだよね。

いやまあ、それは面白いとは思うけど、そこまですごくはないでしょうてな,読んでいて気恥ずかしい感じの発表文だったり。あるいは、この研究をやった人が本当に面白がっているのは、たぶんそこではないだろ的な。

昔はそういう事はなかった。

こういう文章がwebにでると言うことは、何を意味するかというと、それは予算配分を決めている人へのメッセージなんじゃないかと思う。相手は目利きじゃないから、そういう人に気に入って貰えるような書き方をしないといけないってな思惑があるんじゃないかなあなんておもったり。

(2014年3月31日日「くねくね科学探検日記」より転載)

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