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解けない問題を出された時の反応が、その人の能力のバロメーターとなる

2015年02月21日 23時29分 JST | 更新 2015年04月23日 18時12分 JST
sozaijiten/Datacraft via Getty Images
Sisters playing with number blocks, Saitama, Japan

「教室から、生徒が8人出て行きました。そのあと、12人の生徒が教室に入りました。教室には何人の生徒が残っているでしょう?」

兵庫県の小学校で、上のような問題を生徒に出題し、どのような反応があるかを観察する試みがあった。

皆様は、表題の問題を解くことができるだろうか?

(出典:独学のすすめ ちくま文庫)

この問題を出された生徒、あるいはそれを見た父母は当惑し、学校へ「解けない問題を出して生徒を混乱させないでくれ」と言った人もいたそうだ。

もちろん、極めて普通の反応であり、それ自体は何ら責められるものではない。

しかし、そのような父母の反応にもかかわらず、これは大変面白い問題である。まず最初に分かることは、「算数の問題としては解けない」ということだ。もちろん「学校」におけるテストであるから、生徒は当然、暗黙の「学校のテストにおけるルール」を意識して、すなわち、数学的に、あるいは算数として解こうとする。

しかし、それは無理である。「生徒の人数の初期値」が判明していない限り、算数の問題としては不十分で解けない。

そこで、機知に富んだ生徒は、違う側面から問題をとこうとする。例えば、

1.教室に8人とか、12人とかが出入りするような時間だから、早朝や放課後ではないはずだ

2.一気に多人数が移動しているので、休み時間、しかもトイレ休憩のような時間帯だ

3.12人というのは、休み時間が終わって戻ってきた人たちだろう。回答は一クラスの人数である30名程度ではないか。

上のような解答も、ひとつの回答である。このように、自分で推論を進める、あるいは過程を付加することにより「問題を解く」ことができるようになる。

上のような事ができる生徒は、単にお勉強ができるだけの生徒よりも、「有能」であると言っても差し支えないのだろうか。

「学校」と「企業」は異なるという。

実は、このちがいの根本的な部分は上のような話が根幹にある。

すなわち、企業においての「問題」はルールが曖昧で、すべての条件が与えられているわけではない。むしろ、不明な条件が多く、自分で条件を付加し、仮定を置いて問題を完成させてから、それを解く必要がある。

本来であれば、大学がこのような教育をするべきなのだろうが、大学を卒業しても相変わらず「習っていないのでわかりません」、「やったこと無いのでできません」という人がいるところを見ると、残念ながらまだ大学も十分役割を果たせていないのだろう。

「学校の勉強が役に立たない」 との批判も、こういった現実から起きているとみられる。

企業において、「与えられた課題をこなす」から、「自分で問題を作り出す」人が求められるようになってきた現在、「問題解決」よりも「問題創造」が重要視されるべきであるとは、金言だと思う。

・2013年9月23日 Books&Apps に加筆修正

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