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連載:アフガニスタンで平和について考えた  ~ 根本かおる所長のブログ寄稿シリーズ(全5回) (3)アフガニスタンへの難民の帰還ラッシュ

2017年06月09日 16時34分 JST

シリアに次いで世界で2番目に難民を生み出しているアフガニスタン。実は今、パキスタン、イランから難民が同国に戻る帰還ラッシュが起こっています。

2016年には100万人を記録し、2017年には120万人が帰還すると予想されています。4月29日から5月3日にかけて、同国を訪れた私は、不安定な治安状況のなか、護衛のついた防弾車で移動し、これらの人々が暮らす帰還民支援センターなどを訪ねました。

また、日本企業による女性自立を支援するプロジェクトのもと、避難民の女性が刺繍づくりに携わっている集会所も訪ね、女性たちの声を聞きました。厳しい状況下で懸命に生きる人々の様子をお伝えします。

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「アフガニスタンの今を語る上で、難民の帰還は是非見て行ってほしい」と国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)広報部のリアム・マクダウル部長に言われ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員の経験の長い私は、二つ返事で了解しました。

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カブールの、帰還する難民たちに現金の支援を提供するセンター(UNHCR Photo)

2001年11月にタリバン政権が崩壊してから15年以上経つものの、アフガニスタンは、シリアについで世界で2番目に多くの国境を越えて逃れた難民を生み出してしまっているということをご存知でしょうか。難民登録している人たちだけでも、2016年半ばの時点でパキスタンにおよそ150万人、そしてイランにおよそ100万人、世界全体で250万人を超える人々が難民として避難しています。

さらにおよそ同じ規模の人たちが、登録せずに事実上避難生活を送っているものと見られます。2016年にヨーロッパに渡った難民・移民でシリアに次いで多いのがアフガニスタン出身の人々です。

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ヨーロッパを目指し、トルコ経由でギリシャのレスポス島にたどり着いた人々。アフガニスタン出身の人々も多い。(UNICEF/Ashley Gilbertson VII)

また、紛争の影響で国内に留まりながら避難生活を送る人々についても、Internal Displacement Monitoring Groupによると、治安の悪化のあおりを受けて2016年で65万人が新たに避難を強いられ、2016年末の数字155万人は2013年の倍以上、120万人を記録した2002年以来記録を更新するまでに増えているのです。

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北部クンドゥス県で紛争の被害にあった人々に支援物資を配給。2015年10月(UNAMA/Shamsuddin Hamedi)

UNAMAによると、2014年に多国籍軍が大幅撤退して以降反体制武装勢力の活動が活発化し、こうした武装集団による事件も2016年には2015年の23パーセント増えています。武力衝突という面でも、2016年には、全国34県のうち33県で反体制派武装勢力と政府軍との激しい衝突がありました。

連載第1回で触れたように、2016年に戦闘やテロによって民間人が死傷した数は1万1,418人と、UNAMAが調査を開始した2009年以降最悪の数字を記録し、その3人に一人は子どもで、2009年初めから2016年末までに民間人の死傷者数の合計は7万人を超えています。

さらに、5月25日にニューヨークの国連安全保障理事会で行われた紛争下での民間人の保護に関する討論でグテーレス事務総長は、アフガニスタンで医療施設や医療スタッフを対する攻撃が2016年には2015年のおよそ倍に増えていると警鐘を鳴らしました。

調べれば調べるほど深刻な数字に行き当たり、巨大な結婚式場が立ち並ぶカブールの表面的なきらびやかさとは程遠い厳しい現実に驚かされます。

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2017年5月25日の安全保障理事会での議論で、グテーレス事務総長は「病院や民間人への攻撃は国際法の著しい無視だ」と警鐘を鳴らした。(UN Photo/Eskinder Debebe)

ところが、そのような状況にも関わらず、新たな動向として、2016年後半から大量の人々がパキスタン、イランからアフガニスタンに帰ってきているのです。2016年合計で難民として登録されていた人々、登録せずに避難していた人々あわせて合計100万人を超える帰還がありました。

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難民たちは家財道具をトラックに積んで帰還(UNHCR Photo)

2017年に入ってからも厳しい冬による中断を経て、5月20日現在でおよそ22万人が帰還しています。国連の人道援助部門では、2017年には120万人が帰還するものとして事業計画を立てています。

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UNHCR Photo

特に憂慮されるのがパキスタンでの事情です。パキスタン国内の治安が悪化したのに加えて、パキスタンとアフガニスタンとの二国間関係の悪化を受けて、2016年半ば以降アフガン難民が帰還せざるを得ない状況に追い込まれました。

UNHCRが帰還民に調査したところ、警察による家宅捜索やハラスメント、パキスタン政府の政策により難民登録証が無効となる危険性などが帰還の主な理由に挙げられました。厳しい現実の中での選択だったことがわかります。

長い人になるとソビエト連邦のアフガニスタン侵攻の時代から30年以上にもわたるパキスタンでの暮らしをあとにしての帰国になります。

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アフガニスタンに帰還する女性と子どもたち。トルカム国境検問所で(UNAMA/Kirk L. Kroeker)

定住先もなく、UNHCRの調査では、半数は元の故郷には帰らず、パキスタン北西部からトルカム国境検問所を経てアフガニスタン側のナンガハール県、そしてその隣で首都のあるカブール県などに留まっています。

身寄りがない、定住場所がない、仕事がないという不安定な状況に加えて、ただでさえ脆弱な学校や医療サービスなどの社会インフラを圧迫しているのです。

追跡調査に応じた人たちの75パーセントは「帰還してよかった」と回答し、「帰還したことを後悔している」の5パーセントを大きく上回っていることに救われます。

私はUNHCRがアフガニスタン政府や多くの援助機関と協力して運営するカブール近郊の帰還民支援センターを視察しました。

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カブール近郊の現金化センターにて(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

UNHCRは登録難民の帰還、国際移住機関(IOM)は登録されていない難民の帰還、という区分けで責任分担し、ここは登録難民が帰還した際に一人あたり200ドル程度(出身地までの距離によって多少の違いがある)という現金が手渡されるencashment center(現金化センター)です。

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日本政府も支援国の一つ(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

子どもの予防接種、栄養失調の子どもへの栄養補給、地雷などの危険回避教育、土地問題の相談など、様々なサービスを一度に総合的に受けられる効率的な流れになっています。

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様々な分野の支援サービスがまとめて受けられる仕組みに(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

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地雷などの爆発物について真剣に耳を傾ける人々。特に子どもたちが被害に遭いやすい。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

現金を受け取ったところを見計らって一人の年配の女性に声を掛けてみました。

「そのお金は何に使いますか?」

「これは部屋を借りるのに使うわ」

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この女性は人見知りなどせず、明るく話してくれた(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

「故郷はどちらですか?何年パキスタンにいたのですか?」

「北部のクンドゥスだけど、そこには帰らないでカブールで暮らすつもり。頼れる親戚もいるしね。パキスタンには30年以上いたけど、やっぱりアフガニスタンに帰ってきて嬉しいわね」

もう少し若い人たちとも話してみました。「パキスタンで生まれました」というモハマドさんは28歳。同じく28歳の妻と小さな子ども3人で北部のクンドゥスに戻ります。

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UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

「アフガニスタンでの生活を知らない中で、帰ってくることを決めた理由は?」

「警察にいろいろと嫌がらせを受けるようになって、それならもう帰ろうと思いました。クンドゥスに戻るのは不安ですが、一応親戚や家族もクンドゥスにいるので、帰ります」

クンドゥスという政府軍とタリバンとがしのぎを削っている前線に帰るというモハマドさんは苦しい胸の内を語ってくれました。先ほどの女性のあっけらかんとした感じとは正反対です。一家の無事を祈らずにはいられません。

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UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

カブールには治安の悪化のあおりを受けて故郷を後にした人々が集まりますが、厳しい避難生活を送る女性たちの自立を支援するプロジェクトを日本企業が始めています。

読者の皆さんの中にもユニクロの店頭などでもう着なくなった服を回収する呼びかけをご覧になったことがある方も多いでしょう。

ユニクロ、GUなどのブランドを持つ株式会社ファーストリテイリングは、2006年の全商品リサイクル活動の開始以来、2017年初めまでに合計5000万点を回収し、世界の難民・避難民らに寄贈してきましたが、世界の難民のおよそ半分が子どもという状況の中では子ども服が十分に集まっていません。

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© ユニクロ(撮影場所:ルワンダ 撮影年:2016年)

そこで、人気刺繍作家の小林モー子さんとコラボして、小林さんデザインのモチーフをアフガン女性たちが刺繍して作ったチャームを、「世界難民の日」の6月20から8月31日までの「子ども服回収強化月間」に子ども服のリサイクルに協力してくださった方々先着1万人にプレゼントするというのです。

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人気刺繍作家の小林モー子さんのデザインをモチーフにしたチャーム(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

ファーストリテイリングのグローバル・パートナーであるUNHCRを通じて現地のNGOと連携し、カブールの国内避難民の女性たち、そしてマレーシア、インドで暮らすアフガン難民の女性たちに刺繍を行ってもらい、女性たちに手間賃を支払うという職業訓練・収入創出のスキームです。

日本からのデザインと材料がカブールに届き女性たちが活動をスタートさせたと聞いて、UNHCRチームの案内で活動現場に向かいました。幹線道路から脇に入り、土を固めただけの道を車はどんどん進みます。

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幹線道路から少し入ると道はデコボコに(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

行き着いたのは民家を活用した集会所で、UNHCRの男性の広報担当は中には入れません。この時ばかりは、自分が女性で本当に良かったと感じました。集会所では、白衣を着た女性たちが机に向かって一列に並んで座り、練習台の布を使ってお手本に倣って慣れるまで練習をしているところでした。

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集会所には男性は入れない(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

女性たちは「刺繍は普段からやっていますが、こうしたデザインは初めてです。でも、新しいことを学ぶのは楽しいし、それが収入にもつながるのでとてもやりがいがあります」と嬉しさを口にします。

武力衝突の激しいナンガハール県、クンドゥス県から避難してきた女性たちにとって、少しでも収入につながる機会は大変貴重です。

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集中して刺繍をする女性たち(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

中には収入のある人が家族におらず、自分が家計を支えることになるという人もいました。赤とピンクの刺繍糸という色鮮やかでかつ柔らかいものに触れることも、先の見えない避難生活を送る女性たちにとって心理的にポジティブな効果があるのかもしれません。

私は大学時代に母親に教えてもらいながら自分で簡単な服を縫って着ていた経験があります。日本から提案されたデザインを見ながら一生懸命に針仕事をするアフガン女性たちの姿を拝見し、国境を越えたつながりを感じ、何だか熱いものが胸に込み上げてきました。

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UNAMA/Anna Maria Adhikari

「ご家族は皆さんが家の外で仕事をすることに賛成してくれているのですか?」

「すぐ近所に住んでいるので、家族もサポートしてくれています」

「手間賃をもらえるので、家族も喜んでいます」

こうした前向きな答えが聞こえるものの、写真を撮ってもいいかと尋ねると、スカーフで顔を隠す仕草をする女性たちもいて、やはりそこはカブールに暮らしているとはいうものの、前回ご紹介した女性活動家のライルマさん、サイフォラさんなどとはまったく異なり、伝統的な価値観の強い地方出身者なのだなと感じました。

撮影 根本かおる

ところで、今回の視察ではアフガニスタン治安当局と国連の安全担当チームとの護衛もついて、UNHCRチームの車と車列を組んで移動しました。車は防弾車で、ドアも防弾仕様になっているため非常に重く。ドアの開け閉めにも一苦労します。

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アフガニスタン治安当局の護衛の車が先導(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

難民の現金化センターに向かう中で、突然大きな爆発音がし、振り向くと自分たちが来た方角で黒煙がモクモクと上がっているのです。

後でインターネットを確認すると、北大西洋条約機構(NATO)の軍の車列を狙ったイスラム国の自爆テロで、少なくとも8人の民間人が死亡、アメリカ軍関係者を含むおよそ25人が負傷、多くの民間の車両が巻き添えになったとありました。

もし私たちの車列が少し遅れていたなら、大変なことに巻き込まれていたかもしれません。アフガニスタンの人々、そしてこの地で働く同僚たちが日々強いられている緊張感を思い知らされた瞬間でした。

そして、ラマダン中の5月31日。カブール中心部は恐ろしいテロ事件に見まわれました。報道によると、各国の大使館などが集中する地区で大量の爆発物を積んだバキュームカーが爆破し、少なくとも80名が死亡、350人が負傷するという最悪の事件でした。

日本大使館職員、国際協力機構(JICA)関係者の日本人2名も爆風で割れた窓ガラスで軽傷を負っています。

山本忠通アフガニスタン担当事務総長特別代表は抗議声明の中で、

「今日起きた攻撃は、はかり知れない苦しみを多くの人々にもたらしました。それ以上に、平和なラマダンの期間中、一般市民が暮らす地域を狙った大規模なトラック爆弾の爆発は、道徳上許されない非道な行為です」

と強く非難しています。アフガニスタンで出会った人々のことを思うと、憤りを感じると同時に、何もできない自分にもどかしさを抱きながら、ただただ平和を祈るばかりです。