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長有紀枝 Headshot

銃と靴、そして停戦の崩壊

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時と場合、場所を選んで治安状況に問題がないと判断した場合に限ってのお話ですが、海外出張の折、タクシーの運転手さんと話をすることがよくあります。欧米諸国の場合、たいていは途上国からの移民や出稼ぎの人々です。出身地がAAR Japan[難民を助ける会]の事業地であることも多く、そんなときは話が弾みます。

いつどのような理由で、どのようなルートを辿ってこの地にやって来たのか。移民や難民の移動について統計からおおよその見当がついていても、実際に生身の人間を前にして、その家族構成や暮らし向きなどを聞くと、無味乾燥なデータが突然いきいきと人の顔を見せ始めます。

また、故国に家族や親せきを残し、それ故、地元と深い関係を保っていることも多く、現地では聞けない、あるいは、少し離れた地点にいるからこそ聞ける、興味深い話や情報に接することもままあります。

先日、オランダのハーグに出張したときのことです。パキスタン出身の運転手さんと話が弾みました。パキスタンはAARの事業地です。そのことがとても嬉しかったらしく、あちらもどんどん饒舌になります。

まずは、女子教育への献身的働きが評価され、昨年、史上最年少でノーベル平和賞を受賞した、マララ・ユスフザイさんを取り巻く環境の話。ただ、マララさんを通して伝わる故郷の状況には不満がある様子。父親を早くに亡くした彼と二人の姉は、母親に女手一つで育てられたとのこと。母親は教育熱心で、自分たち兄弟姉妹三人を性別で分け隔てせずに教育を受けさせてくれた。パキスタン全土で女子教育が否定されているわけではない、という主張です。

マララさんが、通学途中のバスの中で、タリバンに狙撃されて九死に一生を得た話から、話題はテロの恐怖に移りました。いかに国全体が疲弊しているか。タリバンの活動を批判しつつも、タリバンの根絶は不可能だと断言します。

なぜなら「タリバンは、一握りの人や集団ではなく、人々のマインドセット、モノの考え方だから」だと。「人は殺せても、思想は殺せない」。「こんな危険な怪物を自分の祖国に生み、育てたのは誰なのか。タリバンを生み出した国に、どこまでも責任を取ってほしい」と批判の矛先が大国に向かいます。

そして話は、混迷を深め続けるシリアへと展開しました。「ニュースの映像をみて思う。あのふんだんな銃や武器。あれを供給しているのは一体誰なのか、誰が金を出しているのか」と。

「自分は朝から晩まで、二人の娘に十分な教育を受けさせたい一心で、真面目に必死で働いている。故郷に学校も建てた。でも、生活にゆとりはなく、古くなった自分の靴一足を新調するにも何度も逡巡する。これだけ働いている自分が、靴一足で悩んでいるときに、真新しい銃を得意げに掲げる大勢の若い兵士を見るとき、その銃を買う膨大な資金の出どころと、その資金を提供している国々のことを考える」というのです。

シリア。戦前の人口2200万人の内、480万人もが難民として国外に流出し、610万人もが国内避難民となり、国内で1350万人もが人道支援に頼っています。そのシリアで、停戦が事実上崩壊したとみられています。アサド政権側を支援するロシアと、反体制派を支援する米国が仲介し、9月12日に発効していた停戦合意が破られたのです。

報道によれば、政権側は19日の声明で「テロ集団は300件以上の停戦違反をした」と反体制派を非難、反体制派も「政権が停戦違反を続けている」と非難の応酬が始まりました。

そして、この声明発表後、反体制派が支配するアレッポの北西にある街ウレム・アル=カブラで、国連とシリア赤新月社(SARC)の合同人道支援の車列とSARCの倉庫が攻撃を受け、12人もの運転手や職員が亡くなりました。国連はシリアでの人道支援物資の輸送活動を全面的に停止に追い込まれましたが、そもそも停戦の主要な目標は、包囲され、食糧、燃料、医薬品の極端な不足が深刻な地域への援助物資の輸送でした。

こうした中ニューヨークで開催された、国連の「難民・移民に関する国連サミット」。安倍首相は2800億円の難民対策を約束しました。この貴重な資金拠出は、関連する国連機関、難民を受け入れている周辺国政府、JICA、そして私たちNGOを通じ、難民の人が明日への命をつなぐための大変重要な支援につながる筈です。

しかし、不適切な比喩をお許しいただけるならば、壊れた水道の蛇口を放置したまま、流れ出る大量の水を手のひらですくい続けても、事態の抜本的な解決は望めません。人々の命を明日へつなぐために、人道支援や教育支援、そして傷ついた人々への治療やリハビリは絶対的に必要です。

しかし、AARの事業地で、シリア難民の方々の声を直接聞くたび、また、日々彼らと接する現地駐在の職員たちから聞こえてくるのは、多くのシリア難民が切望しているのは、難民として、先進国で暮らすことや、援助に頼って生きていくことではなく、本国で、それまでそうしていたように、自らの力で働き、自活し、学び、あるいは子どもたちに教育を受けさせ、ただただ、「普通」の生活をしていくことです。

その実現のためには、どれほど重要で尊い支援であっても、人道支援のみでは不十分で、必要とされるのは停戦に導く外交努力や、政治努力、市民社会も一体となった平和を作りだすための努力です。

もちろん、シリア問題を解決に導くのは、至難の技であり、到底日本の外交力で太刀打ちできるものでもない。日本にそのようなことができるとは、国際社会の誰も期待していない、という声もあります。

しかし、シリアの和平に、何がしかの貢献を「試みる」ことも、日本に求められる貢献策の一つといえるのではないでしょうか。シリアでは、内戦の様相に加えアサド政権を支援するロシアとイラン、反体制派を支援する欧米やサウジアラビア、トルコなどが介入して代理戦争の様相を帯び、国連は言うまでもなく、米ロを議長国に欧州や中東諸国、国連を加えた「国際シリア支援グループ」(ISSG)の努力も暗礁に乗り上げています。しかしあらゆる場所で、あらゆるステークホルダーにシリアの和平を働きかけていくことも日本にできる、貢献策だと思います。

たわごとに聞こえるかもしれませんが、シリアの和平は不可能、もはやできることは何もないと認めたら、そこには、ただただ深い絶望しかありません。そして外にいる私たちが絶望するには、シリアの情勢やシリアの人々が置かれた状況は、あまりにむごく、絶望からは、何も生まれない、と思います。

残念ながら、日本は、直接当事者に働きかけたり、影響力を行使したりをできる立場や地位にはないかもしれません。しかし、シリアの和平よりも、自国の国益を優先する国家や、国際社会のルールを無視する独裁的な国とは異なる日本だからこそ、あるいは東京五輪を4年後に控えた日本の発言だからこそ、耳を傾けてくれる国や人々がいるのではないでしょうか。貴重な人道支援を継続しつつ、機会あるたびに、あらゆる場所で(和平の鍵を握る関係者は、「ディアスポラ」として、あるいは移民として世界中に散らばっています)シリア国内や難民の窮状と和平交渉の必要性を訴え続けることはできる筈です。

先日、久しぶりに訪れたボスニア・ヘルツェゴビナで、運転手をしてくれたのは、1児の父となったばかりの元難民の青年でした。ボスニア紛争勃発直後に、父が殺され、母親と姉とともに、難民としてドイツに暮らし、そこで教育を受けました。不況と高い失業率と20年が経過しても戦後の余波にあえぐボスニア・ヘルツェゴビナですが、それでも彼ら家族は帰還し、母国で新しい家庭を築いています。国が安定すれば、難民は帰還するのです。そこにかすかな希望を見た思いがしています。

追記:私たちにできることとして、AARでは、現地でのシリア難民・国内避難民のための人道支援に加え、絵本「サニーちゃん、シリアへ行く」(絵:葉祥明、文:長有紀枝)を発行しました。純益は、すべてシリアへの支援活動に充当します。ぜひお手にとってください。

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(2016年9月23日)