5月5日はこどもの日。「端午の節句」の由来や、鎧や兜に込められた意味を徹底解説

ゴールデンウィーク終盤の5月5日はこどもの日です。端午の節句に込められた意味とは?
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今年も端午の節句が間近に迫ってきました。男の子の健やかな成長を願って、5月5日の子どもの日は、五月人形を飾ります。

そんな風習は、いつからどんな理由で始まったのでしょうか。また、鎧や兜にはどんな意味があるのでしょうか。

五月人形に関するさまざまな知識を、1852年の創業以来、人形づくりの伝統を守り続けている「人形の東玉(とうぎょく)」に教えていただきました。

五節句の一つ、端午の節句とは

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端午の節句とは、そもそもどんなお祝いなのでしょうか。

「端午の節句は、五節句の一つです。五節句とは、1月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、5月5日の端午(たんご)、7月7日の七夕(しちせき)、9月9日の重陽(ちょうよう)を指します。

これらの起源は、古代中国の“陰陽五行説”に基づいた邪気払いです。日本では奈良時代から宮中で“端午の節会(せちえ)”をするようになり、厄除けのために菖蒲(しょうぶ)を飾ったり、薬草を摘んでつくった薬玉を送り合ったりしました。

端午の節句で五月人形を飾ることが一般的になるのは、江戸時代です。この時季に飾られていた菖蒲が<勝負>や<尚武>につながるとして武家の間で珍重され、菖蒲の葉が刀に見立てて飾られるようになりました。

そこから端午の節句に跡取り息子のお祝いをする風習が生まれ、庶民もそれに倣うようになったのです」(人形の東玉)

どうして五月人形を飾るの?

端午の節句には五月人形として鎧や兜が飾られますが、この風習はどうして生まれたのでしょうか。

「江戸時代の武家社会では、戦に使う鎧や兜などの武具は、非常に大切なものでした。ですから、梅雨を迎える前に武具を出して屋外で虫干しする習慣がありました。時期的に同じだったこともあり、そこから“端午の節句に鎧兜を飾って、跡取り息子のお祝いをする”という風習につながったと言われています。

始めは外に飾っていた武具がその後小型化し、現在のように室内に飾られるようになったのです」(人形の東玉)

五月人形として鎧や兜を飾ることには、どのような意味があるのでしょうか。

「鎧や兜は武士が戦のときに身に着けたものですから、昔から親が男の子に“強くたくましい立派な武将になってほしい”という願いを込めて飾ったのでしょう。

その後庶民は、武士の防具であった鎧や兜を、大切な子どもを“厄災から身を守ってくれるお守り”として飾るようになったのです」(人形の東玉)
 
 

鎧と兜で意味が違う? 兜や鎧を飾る意味

鎧か兜のどちらかを飾る場合は、どちらを優先したほうがいいのでしょうか。それぞれの意味についても教えてください。

「鎧は何といっても全身を守るものです。五月人形の由来が雛人形と同様に、子どもを災いや病気から守る身代わり的な役割からきていることを考えれば、男の子の人生を幅広くお守りいただくために、まずは鎧飾りをお勧めします。

兜飾りは、鎧飾りの兜の部分と弓太刀を飾る五月人形で、鎧よりもパーツが少ないため、比較的コンパクトかつ簡単に飾ることができます。お部屋に飾るスペースの関係もあり、最近では兜飾りが人気を集めています。

しかも、兜にはもう一つ大きな意味があります。鎧の中で最も大事な部分が、頭を守る兜だということです。そのため、初節句には“命を守る”という意味で、鎧飾りよりも兜飾りを選ばれるご家庭が少なくありません」(人形の東玉)

成長して物心がついた男の子が自分の初節句の写真を見たとき、親族が集まって自分の誕生を祝ってくれたことを知ることは、男の子の人生に大きな意味を与えることでしょう。

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取材協力
人形の東玉(https://www.tougyoku.com/)
 

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