さて、ヤマダ電機が去る5月27日、2019年満期のユーロ円建ての新株予約権付社債(転換社債=Convertible Bond/CB)で約1000億円の資金調達をすると発表しました。このうち自社株買いの資金に500億円を充当します。それ以外にも、この4~6月期には、東レ、日本ハム、カシオ計算機などがCBを発行しました。リキャップCB、その目的はCBを発行することで負債を増やし自己資本を減らす一方、自社株買いで発行済み株式数を減らす。これにより、ROE(自本資本利益率)やEPS(1株当たり利益)の向上を図ることです。
今回はヤマダ電機でそのリキャップCBを見てみましょう。
格付 A+(JCR)
5年(2019/6/28 償還)
・発行金額 1000億円
・ク-ポン ゼロ
・アップ率/転換価額 44.00% /540円
・募集価額 103.0%
・発行価額 100.5%
■今回のCBの特徴
今回のCBには大きく2つの制限条項があります。
■転換制限条項
このCBには、転換制限条項がついており、2019 年3 月28 日までは各四半期の最終20 連続取引日において、株式の終値が当該四半期の最終取引日において転換価額540円の130%を超えた場合に限ってのみ、投資家は翌四半期において新株予約権を行使することが可能です。要は四半期最終20営業日が常に転換価額である540円の130%である702円を上回っていなければ転換出来ないということですね。(2014年7月31日終値は369円)
■取得条項(額面現金決済型)
また更に取得条項もついており、2018年11月以降、発行体がその通知によって、その時の株式転換請求と同じ金額で社債を買取ることが可能なのですが、全てが株式ではなく、社債額面金額分は現金により支払われ、社債取得時より価値が増加した部分のみ株式が付与されます。よって実際の転換株式数は非常に少なくなります。このスキームは2008年2月にローンチされたJFE HD ハイブリッド債 3000億円が日本では最初となります。
この2つの条項により、本CBは転換目的よりも稀薄化防止を踏まえた、敢えて社債性の高いストラクチャーとなっています。
■なぜ普通社債でなく、転換社債なのか?
転換を目的としないのであれば、普通社債(Strait Bond/SB)でもいいような気がしますが、普通社債はゼロクーポンとすることが出来ないため、クレジットの高い発行体はCBで転換価額を高く設定します。
■転換社債の格付と転換価額の関係
一般的な転換社債の仕組みを記載します。
CBは一定の期限の間に一定の価額(転換価額)で株式に転換できる権利がついて債券で、
CBの理論価額はコール・オプションの部分の価値と債券部分の価値に分かれます。
債券は償還までスケジュールどおりにキャッシュフロー(CF)が発生するのに対し、CBは株価水準によっては株式への転換が進むため、CFは固定されていません。株式転換を狙う発行体からすれば、株価水準によっては償還リスクが発生する場合があります。
株式の保有者は株価変動リスクを受けるのに対し、CBの保有者は債券部分も保有しているため、株価変動に関係なくダウンサイド・リスクは軽減されます。
債券部分の価値を決めるファクターとして、クーポン(債券の表面金利)や期間、長期金利や発行体の格付によるクレジット・スプレッドがあります。
一方でコール・オプションの価値を決めるファクターとしては転換価額(転換プレミアム)を現在の株価水準に対しどの位の上乗せ価額とするかが大きく影響しますか。そのためにはボラティリティ(株価変動水準)、配当利回り、貸株コストなどが含まれます。
一般的なCBの組立をご説明すると、通常、発行体が発行価額100(パー発行)で発行したCBを主幹事が引受、それを募集価額102.5で販売します。(今回のヤマダ電機CBは発行価額100.5、募集価額103.0)
ここで債券価額90、オプション価値12.5となっていますが、主幹事は最初から、全体が102.5になるように債券とオプションを調整していきます。
債券部分は割引債と同じ考え方で、各発行体の格付けや年限により債券価値は85とか95とかは決まってしまうため、全体を102.5にするためにはオプション価値のアレンジが重要となってきます。株式転換せず償還した場合は、100で償還するわけで、当初102.5で買った投資家は2.5損をすることになりますが、通常はCBを買う投資家は償還を目的としているわけではなく、投資家はミニマムのリスクとして受け止めているのが実情です。
格付により、債券価値が違うので、クレジットの高い発行体がCBを発行する場合、債券価値を95で発行できるとすれば、オプション価値は7.5で良い訳で、ということは株価ボラティリティが低くても可能、換言すれば転換価額が低くてもCB全体の価値は102.5を維持できる。ということはクジットの高い発行体は現状水準よりも若干の上乗せ価額で債券を株式に転換できるメリットがあります。
もし、この発行体が転換を目的としない、債券としての資金調達を目的としているのであれば、債券価値の低い長期債を発行することが可能です。これがクレジットの低い発行体であれば、オプション価値を高く設計しないと102.5にならない。ということは転換価額を高めに設定し、自らハードルを高くせざるを得ないといことになります。
発行体の格付けとこの仕組みを上手くマッチさせ組成することで、株式転換の促進を目的としたCBと、本件のリキャップCBの様な、転換促進が目的ではく社債償還を目的としたCBを発行体の課題解決の目的に応じて組成することが可能になります。ここは投資銀行のエクイティキャピタルマーケット(ECM)グループが行う仕事ですが、一番面白い仕事かもしれません。
■過去のリキャップCBはその後どうなったのか?
話をヤマダ電機に戻します。
実はヤマダ電機は2008年2月にも、トランシェ2本でユーロ円建転換社債型新株予約権付社債1500億円を発行したことがあります。当時は更にCoCo条項をつけることにより、財務会計上潜在株とは認識されないため、希薄化防止の役割を更に強めていました。
当時まだリキャップCBは広く認識されておらず、新聞報道等ではヤマダ電機が事業成長により、高い転換価格をコミットしたようなニュアンスですが、実際には発行体はアップ率の高い負債性のCBを発行することで、単に低コストのデッド性資金調達を行い、その資金で自社株買いを行うことでWACCを引き下げる。それを行うことで、フェアバリューと割安株価の底上げを狙うものと解釈しました。既存株主対策としての位置付けですね。
但しこのファイナンスとしては「残念な結果」としての筆頭に上がるケースかもしれません。
ローンチ当時は株価も上がりそれなりに評価されたのですが、リーマンショックを挟んで、ローンチから約1年後にCBの100億円の買入消却を行って以来、計4回で合計210億円の買入消却を行いました。
ヤマダ電機の株価はCB発行とほぼ同じころから下げ始め、08年は年間で52%も下落しました。09年2月5日に09年3月期の純利益見通しを6期ぶりの減益に下方修正すると、株価はさらに下げ、09年4月2日の終値は4160円。09年3月13日に付けた年初来安値(3250円)からやや戻したものの、第1回目の買入消却時、CBの転換価格にはほど遠く、13年満期(発行額700億円)の転換価格が1万4175円、15年満期(800億円)が1万3797円は「転換はほぼ不可能」との評価となってしまいました。
問題は、買入を決定した時、自社株買いはローンチ時の230億円しか行っていなかったことでしょう。
CB発行のうち、最大700億円、最初の設定でも350億円をプレスしていたのですが、それは成し遂げられませんでした。要は当初の目的は未達ということですね。そこでCBを買入消却したと言う事になるのだと考えております。
■リキャップCBをローンチした発行体の自社株買いを常にチェックしておくこと
当然ではありますが、その目的は、CBを発行することで負債を増やし自己資本を減らす一方、自社株買いで発行済み株式数を減らす。これにより、ROE(自本資本利益率)やEPS(1株当たり利益)の向上を図ることです。当初のプレスリリースの通り、自己株取得が計画通り進んでいるかを確認することも、我々市場関係者の役割だと考えています。リキャップCBは往々にして頭でっかちな議論になりがちですが、家に着くまでが遠足、いわゆる自己株買いを見届けるまでがリキャップCBだということを忘れずにいていただきたいと思います。
(2014年8月1日付「Hiroのグローバルで負けないリスクテイク出来る日本へ」を転載)