「性的撮影はメンタルヘルスに関わる問題」世界最大級のフォトサイトが取り組む、女性とスポーツの表象問題

近年、女性アスリートの性的撮影などの問題が顕在化するなか、Getty Imagesはビジュアル表現におけるジェンダー問題に取り組んでいる。

近年、女性アスリートの撮影や表象を取り巻く問題が顕在化している。

競技中のアスリートの性的な部位を強調して撮影し、その画像をSNSなどで拡散する行為が社会問題となった。スポーツ界やアスリートから撲滅にむけた声が上げられ、2023年7月には盗撮を罰する「性的姿態等撮影罪(撮影罪)」が施行された。

また、観客による性的撮影行為だけでなく、メディアの取り上げ方にも課題は残っている。性的に見える角度や瞬間を狙って撮影したり、「美人すぎるアスリート」など過度に容姿や体型にフォーカスしたりする記事も散見されるからだ。

偏ったレンズを通してではなく、女性アスリートやスポーツをする女性を映し出すには、ビジュアル描写においてどのような配慮が必要なのだろうか。

世界100カ国以上に写真や映像を提供する「Getty Images(ゲッティイメージズ)」は、スポーツに励む女性のビジュアル表現のガイドライン作成などを行っている。ジェンダーの問題に取り組むCreative Insights マネージャーの遠藤由理さんに聞いた。

消費者の7割は「女性アスリートのリアルな姿」を求めている

スターティングブロックにセットして構える女性選手(イメージ画像、Gettyより)
スターティングブロックにセットして構える女性選手(イメージ画像、Gettyより)
Tashi-Delek via Getty Images

ゲッティイメージズは、世界最大のデジタルコンテンツカンパニーとして、各国のメディアへの報道写真の配信や、企業の広告用の素材提供を行っている。ビジュアル表現におけるジェンダー問題に取り組む背景について、遠藤さんは次のように語る。

「ゲッティでは以前から『どのように女性を適切にビジュアル化していくべきか』というテーマに取り組んできました。そのなかでスポーツにフォーカスし始めたのは2018年ごろです。昔から女性アスリートの表象にはさまざまな問題があったにも関わらず、メディア側からのアクションはされてこなかった。報道写真とクリエイティブコンテンツを扱う私たちがアプローチするべきなのではと、女子スポーツを支援する慈善団体の協力を得て、女性アスリートの表象に関わる課題への取り組みを始めました」

Creative Insightチームは、女子スポーツの啓蒙団体「Women’s Sport Trust」の協力のもと、さまざまなスポーツ団体や女性アスリートのヒアリングを行った。そこで明らかになったのは、女性アスリートがメディアに取り上げられる際、性的な描写に戸惑っていること、また男性と比べて「きれい」など一面的な表情しか切り取られないことだったという。

その一方、ゲッティが市場のニーズを探る「Getty Images VisualGPS」の調査結果によると、日本を含むグローバルでは消費者の7割以上が、「女性アスリートを、美しさや魅力ではなく、技術や運動能力に焦点を当てたリアルな姿で表現してほしい」と求めていることがわかった。また、多くの消費者がスポーツ団体やメディアに対して、「女性アスリートをもっと適切に、インクルーシブに描いてほしい」と考えていることも明らかになったという。

「性的な撮影はアスリートのメンタルヘルスに関わる問題」

東京オリンピックでは、ドイツ女子体操チームが「女性アスリートが性的対象として扱われることへの抗議」としてユニタードを着用した
東京オリンピックでは、ドイツ女子体操チームが「女性アスリートが性的対象として扱われることへの抗議」としてユニタードを着用した
via Associated Press

IOCの『スポーツにおけるジェンダー平等、公平でインクルーシブな描写のための表象ガイドライン』では、〈スポーツ報道では、スポーツウーマンの「競技場外」の特徴(容姿やユニフォーム)に焦点が当てられ、彼女たちの競技精神スポーツパフォーマンスや能力よりも重視される場合が多々ある〉と指摘されている。また、IOCの2020年の調査によると、五輪の公式メディアスタッフのうち、女性は平均20%にとどまったことも分かったという。こうした発信する側、撮影する側のジェンダーギャップも大きく影響しているのだろう。

こうした当事者の聞き取りや調査結果を踏まえて、ゲッティイメージズは「Women and Girls in Sports」というガイドラインを作成した。ガイドラインをもとに現場の撮影スタッフにトレーニングを行うほか、国際大会へのインターンの派遣など女性スタッフを増やす取り組みも進めているという。

女性アスリートの撮影の問題については、これまで各国の当事者たちもさまざまな方法でアクションを起こしてきた。2021年の東京五輪では、ドイツの体操女子チームが「女性アスリートが性的対象として扱われることへの抗議」として、足首までの脚全体を覆う「ユニタード」を着用し、話題となった。また、ビューティーブランド「Lux」は2023年4月、性的に撮影されることを問題提起する「Change the Angle(カメラアングルを変えて)」と題したグローバルキャンペーンを展開した。

「アスリートの気持ちに反した、性的意図を持った写真を撮影することは、メンタルヘルスに影響を与えかねないもの。女性アスリートのインクルーシブな環境づくりを求める消費者が多いという調査結果も踏まえて、メディアはどのように撮影するのが適切なのかを考えていかなければいけません。日本ではまだ声を上げにくい面もあるようですが、女性アスリートがどのような撮影を求めているのか、当事者である彼女たちを招き、撮影スタッフにレクチャーするようなワークショップも開いていきたいと考えています」(遠藤さん)

女性アスリートやスポーツに励む女性を表象するポイント

女子ラグビーの選手(イメージ写真、Gettyより)
女子ラグビーの選手(イメージ写真、Gettyより)
Jessie Casson via Getty Images

女性アスリートやスポーツに励む女性のリアルな姿を表現するうえで、遠藤さんは次のようにポイントをまとめている。

①ボディ・ポジティブを取り入れていますか

・・・スリムな女性ばかりではなく、さまざまな体型の女性を取り入れることで、インクルーシブな女性の姿を表現しましょう。

②多様な年齢層を反映していますか

・・・生涯スポーツへの参加を奨励し、年齢にまつわる固定概念を打ち破り、将来の世代にインスピレーションを与えるため、50代以上の世代や子どもたちの割合を増やしましょう。

③多様な女性の姿を表現していますか

・・・特定のスポーツや活動に偏ることなく、さまざまなスポーツや活動を行う女性を反映させましょう。

④さまざまなレベルのアスリートが反映されていますか

・・・プロのアスリートや、プロ以外でもスポーツを実践している個人にスポットを当て、スポーツに携わる女性の献身や功績、多様な経験を紹介しましょう。

⑤女性の真の姿や感情を捉えていますか

・・・スポーツの厳しさ、勝利する喜びなどさまざまな感情を紹介することで消費者に親近感を与えましょう。

⑥「ホリスティック・ウェルネス」が表現されていますか

・・・減量や成功に焦点を当てるだけでなく、メンタルヘルスケアやセルフケアを念頭に置いた、心身のウェルビーイングのより幅広い側面を取り入れましょう。

少女や高齢女性のスポーツ場面の需要は限定的。それでも撮影する理由

相撲の練習に励む小学生の女の子(イメージ写真、Gettyより)
相撲の練習に励む小学生の女の子(イメージ写真、Gettyより)
Trevor Williams via Getty Images

こうしたポイントを踏まえて、ゲッティで配信されるクリエイティブコンテンツでは、社会や他人が決めた「理想的な体型・外見」にとらわれない「ボディ・ポジティブ」を取り入れたり、さまざまな年齢層の女性を登場させたり、女性とスポーツのインクルーシブなビジュアル表現を進めている。

だが、遠藤さんによると、こうした“信念を持って撮影したビジュアル”の需要は限定的だという。また、人気のビジュアルのほとんどが、ランニングやヨガなどの運動に偏り、プロの女性アスリートや競技スポーツの表現がまだ不足しているそうだ。

オンラインビジュアルマーケットとして「売り上げ」を追っていく一方で、それでもニーズが限定的な画像を提供していく意義とは何なのだろうか。

「たとえばフィットネス系の広告では、スリムできれいに撮影されたモデルの画像が使われがちですが、消費者からするとあまりに現実からかけ離れていると思うんです。しかし、そうした広告が街中にあふれることで、画一的な『美』のイメージが広がっている側面もあります。より現実に即した、多様なロールモデルをビジュアル化すべきではないでしょうか。

また、男の子はスポーツをしている写真が多い一方、女の子はおままごとで遊んでいるような写真が多いのも現状です。実際は性別に関わらず、ひとりひとりがアスリートとして輝いているのに、『スポーツは男の子がするもの』という偏ったイメージが染み付いてしまうこともある。たとえ今はニーズが限定的だとしても、徐々にそうした風潮が変わっていくように、今のうちから“見えにくい存在”をビジュアル化していくことが大切だと思っています」

さまざまな体型や国籍の女性たちがヨガに取り組む様子(イメージ写真、Gettyより)
さまざまな体型や国籍の女性たちがヨガに取り組む様子(イメージ写真、Gettyより)
FilippoBacci via Getty Images

視覚的なインパクトを与えられる一枚の写真が持つ力は大きいものだ。それはときに社会をより良く変えることもあれば、誤った固定観念を植え付けてしまうおそれもある。だからこそ、時代の“一歩先”を映したビジュアルを活用することは、従来のステレオタイプを破り、多様な価値観を広げることにもつながるのではないだろうか。

「数年前、男性が子育てや洗濯をするビジュアルを使用したら、『男にこんなことをさせるとは何事か』というクレームが寄せられた、という企業の話も聞きました。ですが、いまは男性が育児や家事をするのは普通の時代で、そうしたビジュアルをさまざまな場所で目にしたことで浸透していった面もあるかと思います。アスリートやスポーツに対するイメージも身近なところから変えていくことが重要ではないでしょうか」

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