なぜ、テクノロジーは常に進化し続けることができるのだろうか。
技術革新の積み重ねによって、世の中には新しいプロダクトが日々生まれ続けている。その裏側には、人や社会が求めるものを現実化する真の立役者、技術者の存在がある。
しかし、多種多様な顧客のニーズに応えるための機能をひとつのプロダクトに集約させるのは容易ではない。それでも「二兎を追う」テクノロジーを追い求め、技術者は日々進化を目指す。それは、家電製品から自動車まで、日常生活に身近な形で接することができる。
今回、男性用電気シェーバー「ブラウンシリーズ9」のスポンサー協力を得て、テクノロジーの最前線でスバルの要とも言えるエンジン設計を担当しているプロフェッショナル、佐々木礼氏に話を伺った。
■進化を続ける2つのプロダクトの対比から見えるもの
2015年11月、約8年ぶりの新製品として登場したブラウン男性用電気シェーバー「シリーズ9」は、”デュアル連動刃™”という新機能で、「深剃り」と「肌へのやさしさ」という、これまで両立できないと思われていた2つのニーズを実現させた。
この「不可能を可能にした」テクノロジーはいかに驚異的なのか。自動車のエンジン開発というまったく異なる分野で新しい技術を生み出してきた技術者の視点から「シリーズ9」を語ってもらった。話を伺うのは、富士重工業株式会社でスバル第二技術本部エンジン設計部に所属する佐々木氏だ。
スバルは、車好きメーカーとも言われるほど技術面で突出しており、特に世界でポルシェとスバルの2社だけが採用している水平対向エンジンはその象徴的なものといえるだろう。その一方で、ユーザーの声を活かした商品開発をモットーにしており、根強いファンに愛され続けているブランドだ。富士重工業の業績は、北米市場での販売台数の伸びや円高により、2015年3月期までの過去3年連続で、売上高、各利益ともに過去最高を記録している。水平対向エンジンやシンメトリカルAWDといった独自のテクノロジーを開発した佐々木氏の業績に代表される高い技術力は、その好調な業績を牽引する要因の一つにもなっているといえるだろう。
1.6ℓインテリジェント“DIT”エンジン開発のとりまとめを担当した佐々木礼氏
佐々木氏は現在も継続してターボエンジン開発を取りまとめつつ、「レヴォーグ/WRXプロジェクトチーム」にエンジン設計部の代表として携わっている。近年では、エンジンのダウンサイジングと性能の維持という、実現困難なニーズの両立を実現した。そんな佐々木氏の目に「シリーズ9」はどう見えたのだろうか。
■20数年ぶりの電気シェーバー体験「イメージとはまったく違った」
佐々木氏が日常的に使っているのはT字カミソリ。その佐々木氏が「シリーズ9」を使った感想として最初に語ったのは、一度で効率的に剃りあがることだった。
「実際に『シリーズ9』を使ってみたらイメージが変わりましたね。クルマでいえば、お店で試乗して『意外と乗り心地が良かった』と、試乗前のイメージが見直されるのと同じ感覚だと思います。手に持ってみると、触り心地がいいだけではなく、成人男性の手の幅に合わせた重さと細さのバランスを追求したことが伝わってきます。所有する喜びやステータス性も感じられますね。クルマのエンジンの”感触”ともいうべき、エンジンの音やアクセルに対するレスポンス、ハンドルやシートの皮の触り心地などにも通じる感覚です」
■技術者も驚く高度な加工技術
佐々木氏はユーザーとしての使用感に加えて、技術者ならではの”解像度の高い視点”でその特徴を語ってくれた。佐々木氏が目をつけたのは、多くの細かな部品で構成される「刃」の部分だ。
「それぞれの刃が独立して駆動するために細かなケアが施されているのが、裏側を見ると分かります。スプリングの巻き方も均等ではなくピッチを変えてありますよね。また、替刃の加工で使われている『精密電解加工』は、飛行機部品の製造にも用いられているものです。自動車部品ではあまりなじみがありませんが、そのような高度な加工技術を、これほどまでに小さなプロダクトに用いるのは純粋にすごいと思います」
「デュアル連動刃」に2枚の内刃で通常は剃りにくいヒゲを捕らえるように設計されている。特に連動刃の片方となる「極薄リフトアップ刃」の製造が難しく、試行錯誤が繰り返された。
■技術者の目が見抜いた「相反するニーズの両立」を実現した工夫
最後に佐々木氏が指摘したのは「両立」だ。デュアル連動刃によって「深剃り」と「肌へのやさしさ」というニーズを両立させた点を、技術者である佐々木氏は見逃さなかった。
「デザインと機能とを両立させることは、私たちの手がけるプロダクトでも非常に苦労します。その『苦労の跡』がところどころに感じられます。例えば、替刃の曲面や出っ張り部分を見るだけでも、よけいなものは最小限にしか見えないようにして高級感のあるデザインを損なわないように工夫されている。エンジニアとしても、このプロダクトを見ているとワクワクします」
■技術的にあるべき姿を追求する。そこにブレイクスルーが生まれる
ブレイクスルーが生まれる瞬間とは、一瞬のことではなく、技術者の理想を追求し続ける過程から始まっていると、佐々木氏は語る。
「”技術的にこうあるべきだ”と究めようとすると、脳に汗をかいて考えるようになります。それが技術革新につながり、不可能だと思われていたことを突破するブレイクスルーが生まれるのだと思います」
自分たちの業界で培ってきた知識だけでは、ブレイクスルーはなしえないと語る佐々木氏。そのヒントは、畑違いの身近なもののなかにあるという。
「身近なものをパッと目にしたときに、技術的な行き詰まりを解決するヒントが見つかることは絶対にありますね。『シリーズ9』の替刃のなかで見つけたような小さな発見を、常日頃から感じ続けるのが重要で、その繰り返しが自分たちの技術のブレイクスルーにつながる可能性を秘めているのだと思います。そうしてできあがったエンジンを構成する部品を見ていると、そのひとつひとつに、携わったメンバーの顔が思い浮かぶんですよね」
2014年に投入した新車種レヴォーグ専用のエンジン「FB16"DIT"」では、スバルに求められる走りと時代に応じた環境性能を高次元で両立するために、エンジンの燃焼を更に向上させる必要があった。佐々木氏たちのチームは試行錯誤を重ねる中で従来の常識をくつがえすアイデアを発見し、レギュラーガソリンで「動力性能」と「環境性能」という、2つのニーズを実現させた。
「できないと考えられていた『二律背反』をブレイクスルーする動機は、クルマであれば環境性能へ対応しなければ生き残れない現状や、市場の要望によるものが多いですが、それに応えられたのは『技術的に愚直にやってきた』ことが大きいと思っています。それは『シリーズ9』も同じだったのではと思います。理想を追求して改善していった結果、この製品が世に出たのだと感じます」
佐々木氏をはじめとする多くのエンジニアの力によって生み出された、ターボエンジンと『シリーズ9』に共通する二律背反への挑戦。技術の粋を結集した2つのプロダクトには、意外な共通点があった。そしてそれを見逃さなかったのは、理想を追求し続ける技術者の目だった。
【佐々木礼氏プロフィール】
富士重工業株式会社 スバル第二技術本部エンジン設計部。直近では、現在同社が採用しているすべての第三世代水平対向エンジン(ボクサーエンジン)の先行開発 から量産化に至るまでを担当。そのプロダクトの”代表作”が、2014年6月発売の「レヴォーグ」に搭載された「1.6ℓインテリジェント“DIT”」エンジン。2.0ℓ直噴ターボエンジンの技術をベースに、排気量を1.6ℓへとダウンサイジングしながら、2.5ℓ NA(自然吸気)エンジン相当の出力性能を達成 した。同時に、より難易度の高い「レギュラーガソリン対応」を実現し、燃費性能を大幅に向上させた点も評価され、同年度の日本燃焼学会「技術賞」を受賞した。